こんにちは 柴田です。
この記事のタイトルを読んだあなたは、どう感じましたか?
男性が家事をすると、2億円になる?
もしも、それが本当なら、多くの夫が仕事を辞めて主夫になるかもしれませんね。
さて、本当に意味はどうなのでしょうか?
妻から合格点をもらえる家事・育児 超入門 by:東洋経済oneline
家事をしない夫を「改造」したい女性も必読!
家事を巡る夫婦喧嘩をなくすための秘訣とは?(写真:アフロ)
アベノミクスでも注目を浴びる、「女性の活用」。一見、聞こえのいいこの言葉、実は大きな問題をはらんでいるという。
本連載では、そんな「男と女」にかかわるさまざまな問題を、異色の男性ジェンダー論研究者が鋭く斬る。
ヘーベルハウス(旭化成)のサイトで紹介されている、こちらの動画をご存じでしょうか?
妻が皿洗いをした夫に「お皿洗いありがとう、一応もう一度洗っとくね」と言ったり、料理をしている夫に「かくし味とかいらないからね」。
さらには「いいのよ、頼んだ私のミスだから」などなど、厳しいダメ出しをし、男性が家事をやる気を失うというCMです。もしかしたら、ご覧になったことのある方もいらっしゃるかもしれません。
「妻の家事ハラ白書」なるものですが、そもそも「家事ハラ」の意味するところが、和光大学の竹信三恵子氏が提起した、元の定義とは違うものだったため、ジェンダー論の世界では用語法自体が問題となりました。
ただ、今回はそこには立ち入らず、この「妻による夫の家事のダメ出し」をどうとらえるかという観点から議論をしようと思います。
動画を見ると、妻の発言はトゲがありすぎるように描写されており、背景の音楽も過度に深刻な印象を与えます。
「そこまで大げさなこと?」と思いつつ、両側の気持ちもわからなくはないので、調停を試み、最終的に男性が「合格点」をもらえる家事・育児水準を考えてみようと思います。
原則は「男女半分ずつ」
「合格点」といっても、最終的には男女がほぼ半々やる、というのがあるべき姿なのは変わりません。
女性は半分しかやらないと「家事をやらない」と言われ、男性は半分負担すれば「すばらしい!」と言われるのですから、ルール自体がおかしい、女性に不利なゲームであるのは間違いありません。
男性は明らかに、水増しされて評価されています。その出発点におけるズレは決して忘れてほしくありません。
女性のみなさんには、この文章が少しでも現状を改善する助けになればと思っています。
そのうえで、今はヘタすると0点かもしれない男性が、どうやったら60点くらいとれるようになるかという、「補習教室」だと考えてください。
まずステージ1の前に、
ステージ0。家事・育児は「手伝う」ものではありません。
パートナーが専業主婦であっても、家事はまだしも、最低限、育児は「手伝う」という意識を持つのをやめましょう。
何の行動も、時間も伴いません。意識を変えるだけです。育てているのはあなたの子ども。「手伝う」などと言えば、「誰の子どもやと思てんねん?」と非難されるのは当然です。
ステージ1。ゴミ出しは家事ではありません。
よく「ダンナの家事はゴミ出しだけ」という話を聞きますが、あれは「ゴミが移動している」のであって、家事とは言いません。
家中のゴミを集め、何種類もに分別し、集積場に持って行き、かつ元のゴミ箱に新しいゴミ袋をセットするのなら、1ポイントと換算してもよいですが、出勤の際にすでに出来上がっているゴミ袋を渡されて、ポンと出してくるというのは、ゴミと散歩しているだけです。
ここからが「家事」です
ステージ2。家事が始まるのはここからです。食事を作ってもらったのなら、最低限、皿洗いはやりましょう。
面倒なら食洗機を買うのでもかまいません。とりあえず、女性側の負担を減らすことが優先です。
そして洗濯。「洗濯機を回す」といっても、あんな重いものを持って振り回すのではありません。ボタンひとつで洗ってくれて、干せばよいだけです。それも面倒だと言うのなら、洗濯乾燥機の導入を検討しましょう。
ここからが家事なので、ヘーベルハウスのいう「家事ハラ」も、この辺からになっています。動画には青ざめた表情の男性が映っていますが、そこまで深刻に考えることでしょうか? ダメ出しされたら、「次は気をつけるからどうすればいい?」と聞けばよいだけです。
先日行った講演でも、男性の感想で、「100グラム○○円の肉を買って帰って、妻に怒られ、やる気をなくした」というのがありました。
そんな1回のことでやる気をなくしていては、この先続きません。子育ては最低でも15年くらい続くのですから。
女性側がイライラする気持ちはわかります。子どもでもこの程度のしつけは受け入れるのに、「逆ギレするな」と思うのももっともです。
ですが、たとえばクルマを運転しているとき、男性側にダメ出しをされてイライラした経験はありませんか?
クルマがパンクしたときに、男性はふつう自分で何とかしなければならないのですが、女性は人を呼べばいいと考えているように思われてなりません。ジャッキを使ってタイヤ交換をするときに、腕力なんて不要なのに。
もちろん、だから性役割分業は必要だ、と言っているのではありません。そのまったく逆で、男女双方が両方をできるようにするには、ある種の「想像力」が必要だと思うのです。
お互いにできるように努力するという前提の下で、自分が言われて不快だと思うような発言は控えたほうがよいのではないか、ということです。