東金子の歴史 Ⅰ | どどへいのブログ

どどへいのブログ

おけらだって、あめんぼだって、いなごだって みんなみんなともだちさー 生きているから、哀しんだ

イメージ 1

イメージ 2

写真 : 尋常小学校善行表彰  ; 東光寺の古樹「タラヨウ」

明治憲法と同じ年に生まれた東金子小学校は来年、120歳になります。
800年前に建てられた龍圓寺内の校舎に、生徒120名が通いました。
この時分の尋常小は6年制ではなく、4年制でした。
明治34年、龍圓寺が火災に遭った為に、近くの東光寺に5教室を設け、学校が移転しました。

江戸時代の子供たちは主にお寺に通って、勉強をしています。
慶応年間、全国には2万の寺子屋があったそうです。

東光寺境内に聳える樹齢約300年の多羅葉は入間市の天然記念物に指定されています。
タラヨウの葉っぱの裏に文字を書くといつまでも残ることから 「はがき」 の語源となったといわれています。
はっぱで手紙を出すなんて、ちょっとロマンティックではありませんか?

東光寺に移ってから10年後、東金子村々民打ち揃い、自力にて約2千坪の今の土地に木造平屋瓦拭きの新校舎を完成させます。

学ぶことに熱心な日本人を支える地域の力を見る思いがします。
先生たちも国家の礎はこどもが立派に育つことにあると考えて、心を揃えて熱心に指導してきました。

昭和20年決戦教育措置要綱により、学校は空白となりますが、この時期を除けば、120年間倦まず・絶ゆまず教育が続けられたことになります。