みなさま、新年あけましておめでとうございます。
本年も微力ながらドイツ親善大使(非公式)として、粛々とドイツ困惑日記を更新してまいりますので、今年も異国の文化に日々翻弄されるdododoitsuをよろしくお願いいたします。

 
 今年もなんとか無事に年が明けたようである。めでたいめでたい。

さっそくではあるがここしばらく日記が滞っていたので少し時間を戻すことにする。


家族で静粛にキリストの生誕を祝い、たらふく鯉やガチョウの丸焼きを食した彼らは毎年年明けまでの5日間、年に一度の食傷気味の時期にさしかかる。胃腸の具合と財布のひもが急にキツくなる。


家族や親戚、友人へのプレゼントをたくさん購入し、また同時に色んなものを頂戴した彼らが、この時期一番にする事は決まっている。


頂いたプレゼントの返品・交換の旅である。


何事にも合理的な彼らは、祖父母や年配者などからもらったあまりにも自分の趣味に合わない物や、単純にサイズが合わなかった物は、たとえ贈り物といえども贈り主に正直にその旨を伝え、レシートを入手して購入された先へと向かう。

毎年恒例のことながら、ドイツ人たちがいっせいにレシート片手に店を訪れ、年末5日間は商店が大混乱であったそうだ。夕方のニュースにもなった程である。同様にガソリンスタンドも年明けの値上がりを危惧する人の波で大混雑であった。

この辺のことにかける彼らの情熱は将来、発電技術に生かせるようになるだろう。


 さていよいよ年の瀬も残すところあと2日。

ヨーロッパの人々は日本とは逆にクリスマスを家族と静かに、大晦日・新年は友人達と盛大にすごすのが通例である。

法律で禁じられている花火や爆竹類も年に一度、大晦日の前後のみ解禁となる。

デパートや商店はこの時期、ワゴン山盛りの打ち上げ花火を大売出しする。


これがけっこう立派な花火で、単独のものはビールの大瓶くらいの極太のものや、20連発のマシンガンタイプのものもある。

この国で手もち花火などという風流で上品なものはほとんど見かけたことがない。

本人達に自覚こそないが、どこか大きいものが良いものだとする傾向が確かにあると私は思う。



 年が明けるその瞬間に、人々は自宅の庭や道路に出て思い思いの花火を打ち上げる。

ゆうに10メートルは上がる、家庭用としては特大サイズの花火を住民がそれぞれ打ち上げるものだから、その眺めは圧巻である。

ベルリンの自宅は向かいがマンション郡なのですべては見渡せなかったが、一昨年まで住んでいた地方の丘の上の家からは、0:00ちょうどになると数百発の打ち上げ花火が一斉に夜空に昇る。


ドイツに来て初めての冬、何事かとカーテンを開けてこの光景を目にした時、私は息を呑んだ。


今まで日本の夏祭りなどで5尺玉は何度か見たことがあったが、こんなにも多くの花火が見渡す限り次々に上がっていくさまは、日本ではなかなか体験できないような気がする。


ドイツに住んでいて、私が最も幸せに感じるひと時である。




 窓を開けて30分ほど色とりどりの夜空を堪能した後、窓を閉めてしばらくテレビのイベント中継を観賞し、床についた。


時刻は2時40分。

外ではグループがシャンパンを飲み干し、そのグラスを思いっきり地面に打ちつける音がする。

この国では物が割れるのは縁起がいいとされ、新年や結婚式には必ず皿やグラスなどを数枚、故意に割る。

そして花火はまだ続いている。




  ヒュルルルルー・・・ドゴーンッ   ドンドンドン  バチバチッ  バラバラバラ  シュイーーンッ  パーーン


・・・・・・戦時中の夢を見た。

  
陸軍少尉だった亡き祖父は、きっと戦地で間違いなく夜な夜なこのような轟音の中で眠っていた事だろう。

いや、わが祖父のみならず、この国の年金世代もいわゆる「同志」であったはずだ。

今ごろ壮絶な青春時代を思い出しているにちがいない。







4時28分。  ヒュルルルードーン パララララ    ピーポーピーポー



さすがに私は


 「もうええっちゅうねんっっ!!!」


と怒鳴りながら耳栓をさして再び布団にもぐり込んだ。




2008
年の目標のひとつであった「人にやさしく心は広く」は わずか施行から4時間半後に破られてしまった。