2025年11月5日(水)
 おととい、阿刀田高さんの『90歳、男のひとり暮らし』を読みました。静かに老いと向き合う日々が淡々と綴られていて、ひとり暮らしの工夫や体力の衰えとの折り合いが、どこか自分の未来と重なって見えました。


 アラカンの今だからこそ、「老後をどう生きるか」という問いが胸に残りました。その流れで、今日は佐藤愛子さんの『九十歳。何がめでたい』を読み返し、プライムビデオでも映画版を観ました。

 

 こちらは一転して、怒りも弱さもユーモアに変えてしまう痛快さが魅力。思うようにならない身体や世の中への不満を、笑い飛ばすように書き切る姿に、九十歳の“開き直りの強さ”を感じます。

 

 阿刀田さんの九十歳は、静かで、暮らしを丁寧に整える老い。  佐藤さんの九十歳は、にぎやかで、心の叫びをユーモアに変える老い。同じ九十歳でも、こんなに違う。その対比が、老いの姿をより立体的に見せてくれました。

 二つの作品を続けて味わったことで、「私はどんなふうに歳を重ねたいのだろう」 。そんな問いが自然と浮かびます。

 無理をせず、でも自分らしさは手放さず。小さな“めでたさ”を見つけながら、肩の力を抜いて生きていく。アラカンの今だからこそ、そんな生き方を静かに選びたくなる読書体験でした。