2018年8月13日(月) 
天竜浜名湖鉄道「二俣本町駅」から徒歩約10分。
二俣城(ふたまたじょう)は、遠江国豊田郡二俣(現在の静岡県浜松市天竜区二俣町二俣)にあった日本の城。山城。天竜川と二俣川に挟まれた天嶮に恵まれた中世城郭として名高く、武田信玄・勝頼親子と徳川家康がこの城を巡って激しい攻防を繰り広げた。また、家康の嫡男信康が悲劇の切腹をとげた城としても知られる。




本丸の西側には天守台が残されており、二俣城の見どころの一つとなっています。

本丸天守台
本丸には高さ4.5mの天守台が残されています。 野面積み石垣の本丸天守台が素朴さと逞しくさを感じさせます。
本丸には高さ4.5mの天守台が残されています。 野面積み石垣の本丸天守台が素朴さと逞しくさを感じさせます。

二俣城周辺地図
標高90mの蜷原台地に蛇行した天竜川と二俣川に囲まれた要害堅個な城跡となっています。
標高90mの蜷原台地に蛇行した天竜川と二俣川に囲まれた要害堅個な城跡となっています。

二俣城跡説明板
二俣城は徳川・武田の攻防の地であったことが記されています。尚天正3年以降の徳川領となってからは徳川重臣の大久保忠世が在城しています。そして忠世在城中の天正7年(1579)に家康嫡男信康の自害事件が起ります。
二俣城は徳川・武田の攻防の地であったことが記されています。尚天正3年以降の徳川領となってからは徳川重臣の大久保忠世が在城しています。そして忠世在城中の天正7年(1579)に家康嫡男信康の自害事件が起ります。

本丸の南側には二の丸が広がり、枡形門跡を見ることができます。二の丸の先は蔵屋敷、南曲輪と続き、それぞれの間には堀切が設けられていました。

本丸の東側には食違い虎口が残されており、他にも随所に土塁や堀跡を見ることができます。また、二の丸には城山稲荷神社が、北曲輪には旭ヶ丘神社が建立されています。
