2012年4月14日(土)雨晴れ
 午後から雨が止んたので、花見に行ってきました。
木曽長良背割堤(せわりてい)は、「明治治水」と呼ばれる、1887年(明治20年)から1912年(明治45年)に行われた木曽三川完全分流工事で作られた木曽川と長良川の合流を隔てる背割提。提に沿った2kmの区間に約250本の桜が植えられています。
 
 すでに散り始めで、花びらが散って道路にびっしり敷かれていました。写真の右側が長良川、左側が木曽川です。(河口まで24.5Km)
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 後ろに見える赤い橋は東海大橋で、木曽川・長良川にかかっています。自動車は東海大橋から直接乗り入れできませんので、さらに上流の馬飼大橋、南濃大橋から入るしかありません。この堤は通り抜けできませんので車で行かれる方はご注意ください。
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 木曽三川分流碑(岐阜県海津町成戸)
 明治改修における三川分流工事の完成を記念し、大正12(1923)年3月に建てられたもので、羽島市桑原町に隣接する海津町の木曽長良背割堤付け根にあります。碑には宝暦治水を経て、三川分流を目的とする明治改修工事に着手せざるを得なかった経緯などがしるされています。しかし、不思議と明治改修の中心人物であったヨハネス・デ・レーケについての記述はなく、わずかに「明治6年、官、蘭人を聘して地勢を測勘し行程を企画する」としてあるそうです。めずらしく歴史に夢を馳せる私でした。
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