「インターネットと仕事」について
今更こんなことを言うのはなんだが、オフィスワークって時代遅れな感じがしてならない。
所謂、現場でないと出来ない仕事というのは存在するし、そういう業種には当てはまらないとは思うけれど、組織に身を委ねることが当たり前の時代はもう当たり前ではない気がする。
まぁ、組織に属したことの無い私に言う筋合いは無いのだろうけれど、個の持つ力を活かせるだけの会社って極少数しかないのが現実なんじゃないのだろうか。
だからと言って、私が個の持つ力を活かせるだけの術を持っているわけでもないのだが。
そこらへんは一経営者としてはまだまだで、個人としても考え方が甘い部分は反省すべき点である。
会社を設立した経緯を述べると日が暮れるので割愛するが、私は自分の会社に対して属しているといった考えは持ち合わせていない。そこらへんは経営者なのだから当たり前かもしれないが、私の考えを悪く言えば会社は信頼を得る為のひとつの手段と捉えている。
対企業、対銀行への信頼は個人よりも法人の方が高いのが現状であり、世界の流れは分からないけれど、日本では個の力が軽んじらている傾向が根付いている気がする。
ただ、IT関連の仕事に於いては、個も重んじられているようだ。
個人的に仕事を請け負っているデザイナー、コーディネーター、プログラマー、エンジニアなどに、企業が外注で仕事を依頼することが多いように見受けられる。
確かに外注で個人に発注するメリットは大きい。
デメリットも多分にあるだろうが、社会保険などの雇用関係の経費が掛からないのだから多少高くても構わないのである。
その点から言えば、私が法人として仕事をするのは、自分に自信がないからと思われるだろうが、そこには先の考え以外にも理由があるので、決して私が対外的な理由だけで法人を経営しているわけではないことは明確にしておきたい。
先に述べたような対外的信頼含め、節税対策しかり、雇用の問題もあっての上で法人としている。
さて、話が少し逸れたが、インターネットの普及が影響しているのか、現代社会がそうさせているのか、対人関係がうまくいかない人が多い現代では、組織に属するよりもフリーで仕事が出来る環境というのは大いに受け入れられているであろう。
しかし、フリーと言うのは、責任が無いとい意味ではない。
仕事は仕事であるから、生き残れるのは責任感のある人に決まっている。
フリーと言うのは、そのスタイルに対しての意味で、オフィスへの出勤義務が無いといった程度の意味ではないだろうか。
その代わりに、すべては自己責任に帰するのだから、自己管理が出来ない人間にはそもそもが不可能と言える。
私が学生の頃、確か世界史の担当だった先生が仰っていたと思うのだが、「自由」の定義をこう話しておられた。
「自由とは、規律の範囲内で、規律を守っている人たちにのみ許されている」
正確に記憶していないが、ルールがない「自由」は「我侭」であり、真の自由とは意味が異なるということだろう。
私もそう思う。
若年層に対しての「自由」という言葉は、「我侭」と同義語にしか理解出来なくて当たり前である。
また若さとは「我侭」を伴うものだから、我が道を通せばいい。
その「我侭」の先に自分を見つけていくのが思春期ではないだろうか。
ここで最初の話題に戻るが、オフィスワークの在り方を劇的に変えることが出来るのは、インターネットが出現したからである。
どこぞの喫茶店でお茶を飲みながらでも仕事をこなせる時代なのだ。
自分一人の時間を守りながらでも、しっかりと仕事が出来るのであればこのスタイルは十分に確立する。
最近は、小説家だって原稿用紙にペンで文字を書く方より、ワープロの方が圧倒的に多いらしい。
漫画だってパソコンを使う。
パソコンは生活以上に仕事での必需品であり、インターネットはさらに、パソコンの活用性を最大限に引き出せる道具である。
まだまだこれから色々な活用法が出てくるであろう。
今ならiPadやiPhoneを使って原稿を書くことも出来る。
もはや最も普及しているパソコンだけがツールではない。
性能的には劣るとしても、最低限のことは他のツールでも出来てしまうのである。
しかもそれが携帯電話もといスマートフォンでも出来るのである。
すごいことだが、けったいな時代とも言える。
会社にいないのに、仕事をこなし、収入を得るなんて昭和にはなかなか理解出来る人が少ないのではないか。
インターネットは今後さらにビジネススタイルに対して加速的な変化をもたらしていくだろう。
それはやがてライフスタイルにも多大な影響を及ぼすと思われる。
噂によると、外国の一部の国では、ライフラインをインターネットで管理するという俄には信じ難い事実が拡がっているらしい。
つまり、光ファイバーによる情報伝達で賄えるところを最大限、人の生活に取り入れようということらしい。
テレビのデジタル化に始まる日本のデジタル家電化も、やがては白物家電にも採用され、インターネットを通じて家を管理出来る時代が到来するとかしないとか。
外出先から洗濯機を回したり、クーラー付けといたり、冷蔵庫の中身をチェックしたり、お風呂沸かしたり。
いつか描いた未来がそこまで来ているのかもしれない。
インターネットに携わる仕事をしている者の一人としては情けないが、ビジネススタイルだけではなく、ライフスタイルにまで多大な変化を及ぼそうとするこの技術には、関心することばかりである。
と言うことは、ここにはまだまだビジネスチャンスが潜んでいるのだとも言える。
さて、変化を迎える前の今、私に出来ることは何なのか。
これを考えながら今日は眠りたい。
そして二時間半後には目覚めよう。
ワールドカップ南アフリカ大会最後の試合が始まる。
それではみなさま一先ずおやすみなさい。
所謂、現場でないと出来ない仕事というのは存在するし、そういう業種には当てはまらないとは思うけれど、組織に身を委ねることが当たり前の時代はもう当たり前ではない気がする。
まぁ、組織に属したことの無い私に言う筋合いは無いのだろうけれど、個の持つ力を活かせるだけの会社って極少数しかないのが現実なんじゃないのだろうか。
だからと言って、私が個の持つ力を活かせるだけの術を持っているわけでもないのだが。
そこらへんは一経営者としてはまだまだで、個人としても考え方が甘い部分は反省すべき点である。
会社を設立した経緯を述べると日が暮れるので割愛するが、私は自分の会社に対して属しているといった考えは持ち合わせていない。そこらへんは経営者なのだから当たり前かもしれないが、私の考えを悪く言えば会社は信頼を得る為のひとつの手段と捉えている。
対企業、対銀行への信頼は個人よりも法人の方が高いのが現状であり、世界の流れは分からないけれど、日本では個の力が軽んじらている傾向が根付いている気がする。
ただ、IT関連の仕事に於いては、個も重んじられているようだ。
個人的に仕事を請け負っているデザイナー、コーディネーター、プログラマー、エンジニアなどに、企業が外注で仕事を依頼することが多いように見受けられる。
確かに外注で個人に発注するメリットは大きい。
デメリットも多分にあるだろうが、社会保険などの雇用関係の経費が掛からないのだから多少高くても構わないのである。
その点から言えば、私が法人として仕事をするのは、自分に自信がないからと思われるだろうが、そこには先の考え以外にも理由があるので、決して私が対外的な理由だけで法人を経営しているわけではないことは明確にしておきたい。
先に述べたような対外的信頼含め、節税対策しかり、雇用の問題もあっての上で法人としている。
さて、話が少し逸れたが、インターネットの普及が影響しているのか、現代社会がそうさせているのか、対人関係がうまくいかない人が多い現代では、組織に属するよりもフリーで仕事が出来る環境というのは大いに受け入れられているであろう。
しかし、フリーと言うのは、責任が無いとい意味ではない。
仕事は仕事であるから、生き残れるのは責任感のある人に決まっている。
フリーと言うのは、そのスタイルに対しての意味で、オフィスへの出勤義務が無いといった程度の意味ではないだろうか。
その代わりに、すべては自己責任に帰するのだから、自己管理が出来ない人間にはそもそもが不可能と言える。
私が学生の頃、確か世界史の担当だった先生が仰っていたと思うのだが、「自由」の定義をこう話しておられた。
「自由とは、規律の範囲内で、規律を守っている人たちにのみ許されている」
正確に記憶していないが、ルールがない「自由」は「我侭」であり、真の自由とは意味が異なるということだろう。
私もそう思う。
若年層に対しての「自由」という言葉は、「我侭」と同義語にしか理解出来なくて当たり前である。
また若さとは「我侭」を伴うものだから、我が道を通せばいい。
その「我侭」の先に自分を見つけていくのが思春期ではないだろうか。
ここで最初の話題に戻るが、オフィスワークの在り方を劇的に変えることが出来るのは、インターネットが出現したからである。
どこぞの喫茶店でお茶を飲みながらでも仕事をこなせる時代なのだ。
自分一人の時間を守りながらでも、しっかりと仕事が出来るのであればこのスタイルは十分に確立する。
最近は、小説家だって原稿用紙にペンで文字を書く方より、ワープロの方が圧倒的に多いらしい。
漫画だってパソコンを使う。
パソコンは生活以上に仕事での必需品であり、インターネットはさらに、パソコンの活用性を最大限に引き出せる道具である。
まだまだこれから色々な活用法が出てくるであろう。
今ならiPadやiPhoneを使って原稿を書くことも出来る。
もはや最も普及しているパソコンだけがツールではない。
性能的には劣るとしても、最低限のことは他のツールでも出来てしまうのである。
しかもそれが携帯電話もといスマートフォンでも出来るのである。
すごいことだが、けったいな時代とも言える。
会社にいないのに、仕事をこなし、収入を得るなんて昭和にはなかなか理解出来る人が少ないのではないか。
インターネットは今後さらにビジネススタイルに対して加速的な変化をもたらしていくだろう。
それはやがてライフスタイルにも多大な影響を及ぼすと思われる。
噂によると、外国の一部の国では、ライフラインをインターネットで管理するという俄には信じ難い事実が拡がっているらしい。
つまり、光ファイバーによる情報伝達で賄えるところを最大限、人の生活に取り入れようということらしい。
テレビのデジタル化に始まる日本のデジタル家電化も、やがては白物家電にも採用され、インターネットを通じて家を管理出来る時代が到来するとかしないとか。
外出先から洗濯機を回したり、クーラー付けといたり、冷蔵庫の中身をチェックしたり、お風呂沸かしたり。
いつか描いた未来がそこまで来ているのかもしれない。
インターネットに携わる仕事をしている者の一人としては情けないが、ビジネススタイルだけではなく、ライフスタイルにまで多大な変化を及ぼそうとするこの技術には、関心することばかりである。
と言うことは、ここにはまだまだビジネスチャンスが潜んでいるのだとも言える。
さて、変化を迎える前の今、私に出来ることは何なのか。
これを考えながら今日は眠りたい。
そして二時間半後には目覚めよう。
ワールドカップ南アフリカ大会最後の試合が始まる。
それではみなさま一先ずおやすみなさい。