医師から見た「良い病院」

 

(過去のブログと一部重複しますが見方を変えて)


(解説)

封建的な医療スタッフが少ない                                                                   

 

人間は必ず失敗をする。医者とて同じです。

「私、失敗しないので!」というセリフは、医者誰しもが言ってみたい言葉を表現しているから、とあるドラマでもヒットした。

医者が失敗しそうになったときに、医療事故にまで発展させないために機能するのは、上下関係を超えた医療従事者からの指摘!。

1エンジンが故障しても、第2、第3エンジンが機能すれば事故は防げる。

権威ある年配の医師に対しても、若手医師や若手の看護師らから気軽に指摘ができるような環境づくりはとても大事だと思う。

「裸の王様」を作らない環境づくりが、医療の安全性を確立させる大きな要因だと思う。

 

じゃあ患者さん側はどこで判断するのか?

実は、患者さん側から見ても、医師が看護師らと会話をしているときの様子、医師同士の回診の様子などで、封建的な病院かどうかは区別できる場合も多いと思います。

 

この「裸の王様」を作らないという危機管理システムは、医療界だけではなく、すべての社会で適応できると思います。最近の不祥事、すなわち、官僚、スポーツ界、領域を問わず同じことだと思う。

上司に対しても悪いことは悪い、間違っていることは間違っている、というべきだ。

そしてそれを言った人を優遇する組織にしてほしい。

 

②患者さんを幸せな気持ちにさせない

                                                                                                                                  

良い病院は、患者さんをそれほど幸せな気持ちにさせないことが多いと思っています。

患者さんが医療機関を出てきたときに、「なんとなく幸せな感じ」と思った場合、多くの場合は、医療スタッフの愛想がよく、患者さんにいいことばかりしか言わない医者の場合が多い気がします。

 

本当に患者さんに対して思いやりのある診療をしているとしたら、適度な励ましの言葉がありながらも、「こんな生活をしていたらダメだよ!」「この手術や治療を受けた場合には、体にこんなデメリットも生じる可能性があるのです」と、患者さんにきちんと注意警告します。仮に無愛想でも診断結果を説明し、患者さんの質問に具体的に答えてくれるのが本当の名医。

もっとわかりやすくたとえるなら、例えば銀座の高級クラブに行って、お酒をたくさんすすめられ、 煙草を持っただけで火をつけてもらい、たいへん幸せな気持ちで店を出る場合と、 場末のスナックで、「お客さん飲みすぎだよ!  タバコもそんなに吸ったら体に悪いし」と、おばちゃんに笑顔で怒られる場合と、どっちが「自分のことを考えてくれるのか」という違いかと思います。

 

患者さんの体をキチンとさわる

 

医療現場は、血液検査、画像診断に医師らは頼り、今後はAIが医師に代わって患者さんを診断する時代。だけど、診断過程で最も大事なことは、患者さんの体を触ること、よく見ること。触診、聴診、打診、視診です。

たとえば炎症の広がりや重症度は、画像ではなく、医師の手が最も大切な情報を得ることになる。

 

患者さんが診察室に入ってきて、パソコンばかり見ている医師も多い。確かにパソコン入力になってから患者さんを直視する時間は減ったように思いますが、でも、患者さんが入ってきたときの顔つきや顔色、歩き方からよく見て、そして患部を触るのが医学の基本だ。どんなにAIなどの技術が発達してもこれに勝ることはない。