収容車に乗りました。
これまで唯一DNFだった富士登山競走は自力で動けましたし、そもそもあんなところまで収容車は来られないので、これが初めての収容車でした。
目を瞑るとスタッフの話し声が聞こえてきます。
「こっち (収容車) に向かって歩いてくる人がいる。」
「けどちゃんと歩けてるんだからゴールか次のエイドまで歩かせよう。」
そんな感じの会話をしていたと思います。
というわけでこの収容車に乗ったのはスタッフの方以外には自分とまゆみさんだけでした。
ぶっ倒れて自力で乗りこめない人間を乗せたにしては、やけにスタッフの方々が平然としていました。
そのこともやっぱりこれは夢なんじゃないかと思わせます。
後から考えてみれば、萩往還ではこんな人が出るのは日常茶飯事なのでしょう(笑)
しばらくすると大会本部に着きました。
椅子に座らせてもらい、毛布をかけてもらいました。
そしてたっきぃさんファミリーがやってきました。
かなりの消耗度だったので、全然ちゃんとした対応が出来ていなかったと思います。
たっきぃさんいわく、うなされるように「まだ走れる」と言っていたとのことでした。
これは「足が痛いの?」と聞かれたのに対し、「足は痛いけど、痛いのはやめる理由にならないから、まだ走れる」とセミナーの教えを忠実に守った答えをしようとしていたからな気がします。
たっきぃさんの車に乗せていただき、ホテルまで送ってもらいました。
車の中で何があったかはあまり覚えていませんが、まだ動き続けていたガーミンが刻む1km毎のオートラップ音だけはやたらと耳に残っています。
ホテルに着いたら、たっきぃさん達に両肩を抱えられ、部屋のベッドまで連れていってもらいました。
その後すぐに眠りにつきました。
6時間くらいが経過した真夜中に突然目が覚めました。
もの凄く頭がスッキリしていて、あぁ、現実世界に戻ってきたなという感じがしました。
脚に疲労感はあるので、レース後であることは確信。
問題はどこまでが現実だったのか。
まゆみさんと答え合わせをしたところ、ほぼ全てが現実でした。
唯一違っていたのは、自分は何度もまゆみさんに「これは夢の中だよね?」と聞いていたつもりだったのですが、そんなことはなかったようです。
それと、もう1つの答え合わせ。
これが萩往還の軌跡です。
これにて萩往還レポは完結です。
250kmという距離に相応しく、その10まで続く超長編大作になりましたが、最後までお読みいただきありがとうございました。
おまけ) レース翌日夜の脚。
なお、こんな脚では到底脱げなかったので、CEPの高級ゲイターは切断されました。





