今日は今のネットワーク環境と電源環境にしてから初めてSADEのデビューアルバム、DIAMOND LIFEを聴いています。
本当に全てが分離して生々しく、素晴らしいの一言です。音源はQOBUZのストリーミングです。現在我が家の環境では圧倒的にストリーミングの方が音がいいです。NASにはDELA N5というかなりの高級機を使っているにも関わらずです。
あれほど鮮明だと思っていたNASからの音が実は薄いベールをかぶっていたと気がついた時にはびっくりしました。
それぐらい光絶縁カスケード、分離LANケーブル、TAISアダプター&リポバッテリー電源などの電源環境で武装した音は別次元です。
Frieve-Aなる人物の著作というか主張本は、実体験に基づかない偏見に満ち溢れています。
彼は高価なケーブルは必要なくモガミやベルデンで十分と言いますが、少なくとも我が家で聞く限り、それらのケーブルでは音が鈍ってしまいこんなに生々しくはなりません。
高価ならいいというわけではないのは確かですが、モガミやベルデンが到達点という彼の主張は笑止と言うほかありません。
彼の著作の最大の欠陥は、理論と実装の混同です。理論的にはそうかもしれないが、実装をして動作を理論通りにするためには膨大なコストがかかるため、ほぼすべての商品は妥協の産物なのです。それを補うアクセサリーには科学的な意味があるし、効果もあるのです。
確かに電源ケーブルやタップで音が変わるのは不思議ですが、私は最近明確にこれらのオーディオ用の電源機器は何らかのフィルターもしくはアース電位安定の役割を果たしているに違いないと考えるようになっています。
彼は現代の電源は電源電圧変動除去比が優れているので、電源ケーブルやタップで音は変わらないと言っていますが、実感としては大きく変わります。
また人間の知覚が認知を形作る上で思いのほか微妙な差異を畳み込んでいる可能性を考慮していないことです。そして未だに分かっていない事が人間の知覚については大部分だと言う点を全く考慮していないことです。なぜ聴覚が衰えているはずの高齢者がオーディオに熱狂するのか?その事実を見つめれば、まだ明らかになっていないオーディオや聴空間、聴覚認知の理論が明らかになるかもしれないのに、彼は周波数特性の衰えだけで、幻想と切り捨てます。
私の本業では真実が10000あるとしたら、今分かっている事は100も無いのでは無いかと考えながら仕事に当たっています。
その意味では彼や創造の館の主は現代の科学に信頼を置きすぎです。まるで世界は火と水と土と風とでできていると硬く信じていた中世以前の世界の人のようです。
確かにケーブルで音が変わる理論は謎ですが、例えば分離LANケーブルはツイステッドペア間の僅かなクロストークが受け側の負荷を生み音質に影響する可能性を排除しようとして効果がありました。クロストークの減少が本質かどうかはわかりませんが、とにかくLANケーブルで音が良くなったと僅か300円のケーブルが10万円のケーブルを凌駕してしまって感じるのです。とてもプラセボとは思えません。
彼の著作を信じることは勝手ですが、信じた人たちが今私が聴いているこの至福の音には絶対に手が届かなくなってしまうこともまた事実なのです。
その意味で明確に害があると感じます。
