今日はなぜだか『戦争は知らない』にはまってしまいました。この曲は元々、1961年に坂本スミ子さんの歌唱でリリースされますが、あまり売れずにフォーククルセーダーズがライブで取り上げ、それを帰って来た酔っぱらいのB面に収録した事で広く知られるようになったそうです。
この曲のオリジナル、坂本スミ子さんのバージョンはデジタル化されていないのかもしれません。少なくとも私が探した限り見つかりませんでした。
内容は母親のお腹の中にいた時か、もしくは赤ん坊の頃に父親が戦争で亡くなって顔も知らずに育った娘さんが20歳になって結婚する事を心の中で父に報告するのです。それが軽快なメロディで語られます。
私が好きなのは本田路津子さんのバージョンです。
とにかく歌詞がスッと心の中に沁みて来ます。全く感情的になる事なく綺麗な声で歌い上げるのですが、微妙に声のトーンが変わるのです。それが涙を誘います。
作詞は寺山修司さん
歌人として、詩人としても活躍された寺山修司さんの歌詞は味わい深いものがあります。
戦争が悲惨だと直接言うのではなく、戦後に残された家族の悲しみが本当に強く伝わってくる反戦歌です。
最近では
制服向上委員会さんがカバーしています。彼女たちはアイドルでしたが、その後は結構政治的な発言や活動をしているようです。しかしこの歌を歌ってくれていることはありがたいなと思います。
私は戦争には絶対反対です。戦争ほど公衆衛生を破壊し、寿命を短くしてしまうイベントはないからです。
この図は、1980年の国勢調査の15歳以上の各歳別人口です。35歳、34歳に男女とも深い谷があります。また、54歳以上の男性が女性に比べて極端に人口が少なくなっています。前者は1945年生まれと、1946年生まれが非常に少なかったからです。日本全国が空襲にさらされ、栄養失調などで、流産が多く、そもそも国内に若い男性が極端に少なく、子どもを作ることができなかったのです。54歳以上の男性の減少は終戦時に20台半ばだった男性が兵士として大量に死んだからです。この減少こそが、戦争は知らない、の主人公の女性のような父親の顔を知らない大量の子どもたちを生んでしまったのです。
世の中には勇ましいことを言う人たちが増えています。私たちは今こそ、ナチスのヘルマン・ゲーリングがニュルンベルク裁判の間に語ったという以下の言葉を思い出す必要があると思うのです。
「まあ、一般の人たちが戦争なんて望まないのは当たり前だ。
そんなことは誰だってわかっている。
でも、結局のところ国の方針を決めるのは指導者側で、
国民を戦争へと引っ張っていくのは、実はとても簡単なんだ。
それが民主主義の国であろうと、ファシストの独裁国家であろうと、議会制の国であろうと、共産主義の独裁国家であろうと、関係ない。
国民に発言権があってもなくても、指導者が望む方向へ動かすことはいくらでもできる。
やり方は簡単だ。
“自分たちは攻撃されている”と言い、
平和主義者を“愛国心がなく、国を危険にさらす連中だ”と非難すればいい。
これはどんな国でも同じように通用する。」
Gilbert, Nuremberg Diary, p. 278 より
今の社会の状況がまさしく彼が言う状況に似ていると感じるのは私だけでしょうか。
本田路津子さんが歌う「戦争は知らない」に涙しながら、そんなことを考えてしまいました。



