先日、高級オーディオで聴く80年代のニューミュージックの体験をまるで旅行のようだと書きました。

私がここまでの経験をオーディオでできる様になったのは、耳だけを信じて工夫したからと言う自負はあります。また、YG Acoustics という素晴らしいメーカーのスピーカーと出会えたことが大きいと思います。

 

B&W 801 D4や802D4,805D4などはいろいろなところで聴く機会もあり、正直なところ、非常に素晴らしいスピーカーだなと思いますし、特にD3からD4に変わって以前感じた『これでもきけや!!』って感じの押しつけ感がなくなり、非常に柔らかく、それでいて解像度が高い音に変わって、YG Acoustics等が持つ音に近づいたなと感じています

 

もし、私が感じる、聴く、と言うよりも体験する、にちかいオーディオ体験をしたいという方がいらっしゃれば、コストパフォーマンス、性能、入手性の高さ等から、筆頭になるようなスピーカーだなとも思います。

以前にもあげた、創造の館の主が、一つ前のD3シリーズとエソテリックのアンプ群について述べている動画

 

 

これは、何度見ても酷すぎます。彼の動画全てを否定するつもりはありませんが、彼の『科学的』な分析の多くが、周波数特性と歪み率、一本槍の『科学』で全てを説明している点に余りにも事実を無視しているとしか思えないのです。

彼のやっている事は、高速で動く物体内の時計が静止した時計とずれてしまうと言う事実があっても、『それは観測者の気のせいだ。なぜなら、ニュートン力学ではそんなことは絶対に起きないのだから』と言っているのと同じに見えるのです。実際には相対論というさらに上位の概念があるにもかかわらず、それを限定的な状況では真実であっても、全てではない古くさい理論、ニュートン力学が絶対だとして、観察事実を認めようとしない、というのと同じだなと思うのです。

 

ちょっとこの動画の内容を文字起こししてみます。

『再生がはじまると音場がスピーカーの背後にふわっと立体的に広がります。音源を意識させません、まるでスピーカーが消えたかのようです。でも何かおかしいんですね。楽器の音が左上とかスピーカーの外側から聞こえるんです。』『ちょっと変だという事で、試しに同じ曲をJBLの4367というスピーカーで出してもらいました。こちらは日本のスピーカーの間に平面的な音場が広がります。B&Wのすぐ後に聴くと、高域が引っ込んで芯が無くて全体的にぼやっとした感じです。B&Wの方が明らかにいい音に聞こえます』(ちなみに、彼はしきりに『おんば』といいますが、正式には音場(おんじょう)です)

この動画を見ると、JBL 4367を買う人が居なくなっちゃうかもです。

『でも、どっちが正確でソースに忠実かと言えば、JBLの方だと思うんです。』

 

そして、その後、『正確なステレオ再生とは』というタイトルを表示して、次の様に説明します。

『左右のスピーカーから同じ音を出すと、左右のスピーカーの真ん中に定位します』

→実はこの説明自体がすでに間違っています。同じ音を出しても音の種類によって定位がどこにするかは変わってしまいます。簡単に試すなら、6000Hzとかの高い音のサイン波を左右から出すと、定位は非常にあやふやで、部屋中に音が広がり、頭の上の方から音が聞こえてきたりします。実はサイン波などの純音は自然界には存在せず、そのため脳が音源の位置を特定する計算が出来ないのです。

 

上のリンクに音像定位の仕組みが載っています。音源の定位は、ITD(Interaural time difference):両耳間時間差、ILD(interaural level difference):両耳間音圧差という二つの情報を統合して脳内で処理されているのでは無いか、というのが現在の定説です。純音では上記のうち、ITDの情報の左右差が無くなってしまうために位置の特定が極めて困難になるのです。

 

実際には、周波数によってもこの二つをどのように利用して位置の特定をしているか、や頭係数といわれる自身の耳や頭に反射した反射音などを脳内で処理して位置の特定をしていると考えられており、彼が言うように音量の違いだけで音像定位が起こるわけでは決してないのです。

 

 

実際には、ミキシングや録音の現場では、様々な経験的なテクニックで、ステレオ空間内に音を配置していきます。上のリンクにはその方法の簡単な説明が載っています。

 

おそらく高級スピーカーは非常に正確に音を再生できるので、ミキシング時にミキサーが工夫した立体感などが再生側の空間に再現され、それがスピーカーが消えたように音が空間に満ちた状態になるのだろうと私は考えています。

 

さて、では、多くの人が科学的で納得できた、とコメントしている創造の館の説明はどうなっているのでしょうか。

 

『理想的なステレオ再生では、この線(スピーカーの間に弾いた直線)の上にずらーっと音像が定位します線から上下にずれることはありません』

『では何故、B&Wのスピーカーでは三次元立体的な音場が出来るのでしょう。その原因の一つに位相ひずみがあります。音源を複数のスピーカーに分けると・・・・位相ひずみが生じます。これはB&Wのスピーカーに限ったことではありません、立体的な音場というのはこの位相ひずみを人間が良い方向に解釈したんでしょう。それでもかっちりした音像を知覚できるのは点音源に近いツイーターのおかげです』

 

どうでしょうか。脳科学での音像定位の仕組みや、現実世界でのミキサーの工夫など全く意に介さない、科学的な解釈とは逆立ちしても言えない主張だという事が分かると思います。

 

『それと、こういうバッフル板を持たないスピーカーは音が四方八方に散りますから、壁の反射や定在波の影響を受けやすくなります。買ってみて部屋に置いてみたけど上手くならないというトラブルが予想されます。これはセッティングでどうにかなるという問題ではありません』

 

全くなんの根拠も無い発言です。書き起こして見ると余りのいい加減さに吐気がしてきました。私が、B&Wの社長なら営業妨害で訴えたいぐらいです。

 

さらに『B&Wの音の秘密』とタイトルをつけて以下の解説をしています。

『B&Wのスピーカーの特徴に図のような紡錘型のエンクロージャーがあります。ノーチラスヘッドとかタービンヘッドとか呼ばれてます。この構造はこんな感じです(おそらくホームページからパクった画像を示して)。中には吸音材が入っていなくて空洞になっているようです。この場合、スピーカーの後ろから出た音はどうなるでしょう。だんだん先細りする管を進むうちに音は消えるって思うかも知れませんが、吸音材が無いところで音は消えません。音は直線的に進むわけでは有りません。広がりながら進みますから、内部で反射を繰り返して、結局表面から出てくることになります。これが残響の様な効果を生み出します。アビーロードスタジオがB&Wを採用した理由にホールトーンが良く出る、という事がありました。これはソースに残響をプラスして出すことで、ホールトーンが強調された結果かも知れません。』

 

寒気がするほど酷い内容です。いくつもの間違い、勘違い、大嘘がこの中に濃縮されています。何一つあっていることが無い、というのが驚くほどです。、音は空気の疎密波ですから、反射を繰り返すと、定在波のように共振周波数で共振すると同時に、打ち消し合います。空間の形状を工夫することで、様々な周波数の音を減衰させることは可能で、その仕組みを利用したのが消音器です。

そもそも、密閉型スピーカーで筐体をがっちり作ると、スピーカー背面の音は外にはほぼ出てきません。木などの響きがある素材でエンクロージャーを作ると吸音材が必要になるのですが、例えば、私の持っているYG acousticsにはほとんど吸音材は使われていません。それは筐体が分厚いアルミニウム製だからです。これはMagicoも同じです。B&Wも現在のタービンヘッドは分厚く、そしてリブで強化されたアルミで作られており、外に響きが出てくることなど0ではないでしょうが、ほぼ無視できるほどでしょう。奇麗な球体の表面から残響音として音を発散するから、奇麗にホールトーンが出る、って説明自体が良く恥ずかしげも無く発表できるなと言う感じです。B&Wの技術者だけではなく、アビーロードスタジオの関係者をも愚弄しています。

 

『つまり、スピーカーが消えたかのようにふわっと三次元的な音場が出来るそのからくりは、位相ひずみとこの残響にあると考えられます。このようなスピーカーにソースに正確な再生を期待することは出来ませんが、音楽を鑑賞する上で悪いことではありません。実際ホールトーンが強調されるアイテムが歓迎されています。カラオケでもエコーがあったほうが気持ちよく聞こえますよね。これと同じ事です。』

 

彼は、本当に良いスピーカーで音を聴いたことがあるのでしょうか。例えば、我が家にあるGENELECのモニタースピーカーは、ふわっとした立体的な音場をデスクトップ上にミニチュアに再現してくれます。その筐体は分厚いアルミニウム製で、筐体の振動は最小限に抑えられていますが、ホールトーンも良く出ます。そして、GENELECはソースに忠実なモニタースピーカーとして多くのスタジオで採用されていますし、GENELECには残響を付け加えるようなノーチラスヘッドはありません。私のYGアコースティックのスピーカーもタービンヘッドは無いのに、極めて三次元的な音場を形作ります。

 

とにかく、少なくとも、ここまでの、この動画、勘違い、間違い、嘘のオンパレードで、何一つ真実がないという恐るべき内容にもかかわらず、結構な方が納得しているようです。

 

この動画についての最大の懸念は、立体的で三次元的な音場が、実はソースに忠実な再生ではなく、位相ひずみとエンクロージャーの残響の賜で、正確な再生ではない、と考えてしまう人が出てきてしまうことです。B&Wで聴いても、YG acousticsで聴いても、Magicoで聴いても、実は3次元的な音の配置はほぼ同じように配置されます。つまり、歪みやエンクロージャーが響いて残響が加わったという説明ではあり得ない現象が、明確にあるのです。それに、はじめに述べましたが、聴覚の位置知覚は彼が言うように単純ではないのです。その単純ではない位置知覚を再生側で再現するために正確に振動板を震わせ、位相ひずみを極力小さくし、エンクロージャーの振動を極限まで下げているのが今の多くのハイエンドスピーカーで、それらは同じような音がするのです。

 

ぜひ、こんな動画を信じないで、是非とも御自身の耳でハイエンドスピーカーを聴いてみてください。どの機種も、同じように立体的で、明確な音像定位が得られていることがわかると思います。