時々、オーディオ好きの人の中には「クラシックできちんと録音されたものが最高」とか「生楽器の音がわからなきゃオーディオを語るな」とか、まるでオーディオ装置が自然界にある音を正確に録音して再生するためにあるかのような主張をされる方がいらっしゃいます。確かにそう言った主張は一つの理想かもしれませんがそれはあまりにも偏狭な物事の見方と言わざるを得ません。



 例えば米津玄師さんの曲やKing Gnuの曲はその多くの部分がもともと電気的に作られており、データとしてリスナーの手に渡り、そこで様々な手段で音に変換されることを前提に作られた音楽です。そこではオーディオ機器は音楽をリスナーに届けるために不可欠な要素で楽器と言ってもいいぐらいの役割を担っています。

 ある人はiphone とAirPodsで、ある人はもっと高級なイヤホンで、ある人はミニコンポで、ある人は高級オーディオ機器でそのデータを再生して楽しみます。再生されたそれぞれの音が、人を楽しませることができればそれがアーティストが意図した音楽そのものだと思うのです。そこに優劣はなく違いがあるだけです。

 そう言った音楽や音楽の楽しみ方が今の主流なのです。(その意味で米津玄師さんの曲の多くが環境に左右されにくいというのは素晴らしい特性だと思います。)



今から200年以上前に現代で言うところのクラシック音楽が確立した時代、音楽をリスナーに届けるためには生演奏を聴かせるしかありませんでした。その時代の音楽であるクラシック音楽は自宅で演奏家に演奏してもらったり、コンサートホールで聴いたりするのが本来的な楽しみ方だったのですから今の時代に自宅でオーディオ機器を通して聞こうと思えば、確かに生演奏と同じように再生されることは不可欠な要素でしょう。


しかし残念ながら、クラシック音楽やアコースティック音楽の愛好者は全体から見れば今や少数派です。私はそのことがオーディオが衰退している最も大きな原因ではないかと思うのです(と言うかオーディオ自体は以前に比べて遥かに普及していますよねみんなイヤホンしてるし)。だって、米津玄師さんの音楽が本当はどんな音かなんて誰も知らないんですから。一人一人の耳元で再生された音がそれぞれ本当の音だとも言えるのですから。それで十分楽しいんですから。

 

 私がこのブログを始めたのは良いオーディオ機器で聴き慣れた好きな音楽を再生すると全く気が付かなかった発見があったり、その曲の持つ魅力がいっそう増したりすることがあるとお伝えしようと思ってのことでした。その意味ではハイエンド機器はすごい実力を持っています。ただ、それを手に入れるためには、頭のネジが外れる必要があります。ですので、これからも比較的購入しやすい価格のスピーカーなども積極的に取り上げていこうと思います。もともと原音再生が最もいいかどうかはよくわからないなとも思っていますので、その点はお許しください。


ちょっと思うところあって長文を書いてしまいました。