1979年 アメリカ
☆監督・・・リドリー・スコット
☆キャスト・・トム・スケリット、シガニー・ウィーバー、ベロニカ・カートライト、ハリー・ディーン・スタントン
ツタヤの棚から探し出した「エイリアン」。店員さんの手書きのポップに、「映画好きはすでに観ている...えっ?まだ観ていない?それはヤバイですよ、早く観ないと... 」て言う風に書いてあった。そりゃあたしの事だ(^_^;)
何故かそんな古い作品という認識がなく。ジャンル的にもかなり現代的というか。でも実際1979年制作なんですねー。えええ?って感じ。イメージ的に90年前後くらいのような気がしてました(^_^;)
しかし、その当時見たらかなり斬新だったことでしょうね。
前振りも詳しい設定の下地とか説明たらしい部分はほとんどなく話は始まっている。乗り組み員の会話からだいぶ地球から遠く離れた宇宙を航行中であることが分る。やたら給料の中身を気にする乗り組み員がいたりして、長旅の疲弊と閉塞感が感じられる。そんなこんなの道中、生命信号をキャッチしたとある惑星へ着陸し、探査へ向かう3名の飛行士。
むむ、ここで「プロメテウス」で見た三日月みたいな形の宇宙船が。内部へ進み、例の壺のようなものが所狭しと並んでいて、一人がそこでへんなタコみたいなのにがばっと顔を喰いつかれてしまう![]()
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感染者を船内に入れるべきじゃない、とシガニー・ウィーバー演じるリプリーが反対するが、「プロメテウス」と同様に結局は『災いの種』を持ち込むことに。(彼女がまことに若くて可憐な雰囲気でびっくり!?)
しかしこういうエイリアンものって「エイリアン」以前はほとんどなかった訳でしょ?そこに、元気になったように見えた感染者から突如、腹を食い破って出てくるエイリアンのグロテスクな出現シーンは、さぞやセンセーショナルだったことでしょうね(・。・;しかも恐ろしいスピードで成長して異形の生命体へと進化してしまうなんて。
自分のこういうエイリアン系映画の処女体験がどの作品だったのか、今となっては分からなくなっちゃったな。ま、た」とえば「バイオハザード」を主役のミラ・ジョボビッチ素敵~♪よし、観よ!程度のノリで観て、その現実には存在しえない「もの」の衝撃度が、その後かなーりトラウマ的に影響与えてた事を考えると、「エイリアン」っていうまったくの空想の産物が、もしや、でも...(もしかしたら、あり得るのかも)なんて、嫌でも想像たくましくさせられちゃったんじゃないかしら。当時の人々も。
なにせ宇宙に生命がいるかどうか、なんてこれだけ科学が発展してもまだオカルト的論争に終始して、(いや、実際はもう一部の人にはかなりの事実が分かってるのかもしれないけど)結局のとこ、謎ばかりなわけでしょ??作り物の映画の世界としてユニークでよくできてるわー!(^^)!なんてあくまでエンタメとして評価しつつも、「いや、実際、こういう現実が待ってるのかも...」なんて疑念がチラリとでも頭をかすめ出してきたら、それはリドリー・スコットの思うツボってことでしょうね。
「フィフス・エレメント」で神父やっていたおじさんが、乗組員を監視するアンドロイド役でした。なんかこの人わりと好きです。しっかし「プロメテウス」のアンドロイドとは違ってやたらナマ生しいわ、熱っぽいアンドロイドでした(^_^;)口からダラダラ白い液体出過ぎでしょ(^_^;)
宇宙船ノスモス号のマスターコンピューターにエイリアンへの対処法を質問するも、「未知の生命体」を地球に連れ帰るのが至上命題なので、求める答えは返ってこない。乗り組み員の安全など二の次だった((+_+))次々にやられていく乗組員たち。リプリーが宇宙船に爆破タイマーをセットし、小型船で脱出するところまで本当に手に汗握って見てしまった(^O^)
もちろん先日見た「プロメテウス」からしたら近未来感は少し落ちるけど、それでもとても30年以上前に撮ったとは思えない宇宙船内部の作りだったり世界観でした。たまに「つくば博」のニュース映像とかをTVで見かけたりするけど、そっちの方がかなり古臭く感じるものね。あれだって近未来的なコンセプトで会場を作ってたはずだと思うけど。リドリー・スコットの感覚の鋭さがすごいんだろうな。
食わず嫌いしていた「エイリアン」ですが、観てみたら想像とは違ってエイリアン本体の場面はさほど多くなかった。むしろ気配を匂わしてなかなか姿を見せず、恐怖心を煽られます。最後まで目が離せません(ノ_・。)
まだ見てないアナタ、映画好きなら見なくちゃダメよ!(b^-゜)
