8年前に起きた看護婦による大口病院入院患者点滴殺人事件について、検察側は一審(無期懲役)を量刑不当として、求刑通り死刑判決を求めていたが、東京高裁が控訴棄却して無期懲役を支持したとの報道が19日にあった。

8年前の殺人事件など忘れたかもしれないが、私はこの事件について2回もブログを書いている。犯人逮捕の時はもう解決したと思い特に記事にはしなかった。

 

 

旧大口病院の3人点滴死、東京高裁「更生の可能性がある」と元看護師への1審・無期懲役を支持

読売新聞

横浜市の旧大口病院で2016年9月、高齢の入院患者3人の点滴に消毒液を混ぜて中毒死させたとして殺人罪などに問われた元看護師・久保木愛弓被告(37)の控訴審判決で、東京高裁(三浦透裁判長)は19日、無期懲役とした1審・横浜地裁の裁判員裁判判決を支持し、検察、弁護側双方の控訴を棄却した。

 

 

何故2回も書いたかというと、この容疑者看護婦だが、余りにも大量殺人を疑われていたからだ。

 

1回目は事件直後の2016年10月3日に記事を書いた。

 

2回目は5年後の2021年10月7日に記事を書いた。

 

この横浜市にある大口病院というのは、高齢者を主に受け入れている病院だった。

その病院で死亡者が異様に多く発生していたのである。

そして今回の事件はある関係者からの異常事態への告発から始まった。「横浜市へ告発したが、何も動かない。病院は何もする気がない。ついにしびれを切らしての警察への告発で事件が発覚した」のであった。

以下はネットのニュース。
 「横浜市神奈川区の大口病院で入院患者が中毒死した点滴連続殺人事件で、4階病棟では県警の捜査が入った9月20日以降、亡くなった患者がいないことが1日、捜査関係者への取材で分かった。

7月1日から事件発覚までの約3カ月間には、被害者の2人を含む計48人が死亡、1日に複数人が亡くなる日もあった。神奈川署特別捜査本部は、事件と関連している可能性もあるとみて、経緯などを調べている。

  (中略)
  同病院では20日以降、9月30日に別の階で入院患者が亡くなったが、4階での死亡例はないという。事件発覚時、同フロアには港北区の男性を含む18人が入院しており、その後一部は転院するなどし、新たな入院患者は受け入れていない。別の階で亡くなった患者は司法解剖して不審な点がないか調べている。
    一方、4階で入院患者が死亡するケースは7月以降に増えており、1日に複数人が亡くなる日も相次いでいた。いずれも病死と診断し、警察に届け出ることはなかった。ただ、遺体の大半は火葬されるなどして残っていないという。
  同病院の高橋洋一院長は死亡者数について「やや多い」との認識を示しつつ、「院内感染を疑って実際に検査したが、問題は見つからなかった」などと説明。症状が重い終末期の高齢患者を多く受け入れている性格上、他病院に比べ死亡率は高いとの見方を示す。(後略)」

 

私は最初の記事で、余りにも杜撰で無責任な病院側を批判した。つまり48人もの大量殺人が発生している可能性があるのに、そういう感覚が病院に感じられないのだった。

「…「病院の高橋洋一院長は死亡者数について「やや多い」との認識を示した」とのことだが、この院長がかなり怪しい。犯人という意味でなく、病院に異常が起きていることを知りつつ、何らかの理由で放置していたことだ。院内感染を疑ったなら、保健所に届けるべきだし、その可能が無くなったなら、なおさら大量死亡の原因を疑わないとおかしい。

  新聞記者も阿呆だと思うのは、48人の死亡者数について「やや多い」と述べた院長に何の追及質問をしていないということだ。

  3か月に48人だから、月平均16人の死亡だ、2日に一人死亡だ。これでやや多いということは、例えば月13人、3か月なら39人の死亡。通常の23%増。このくらいが「やや多い」という人数だ。この人数が多いか少ないかは、記者が一言質問を追加すれば異常か異常でないかすぐわかることだ。

 「6月までの3か月間の死亡者数は何人ですか」又は「6月以前の月平均死亡者数は何人ですか」と。

  何でこんな簡単な質問ができないのか。つまり48人の死亡を、勝手に院長の言うとおり「ああこの病院は高齢患者が多いから、他の病院に比べ多いのか。3か月なら30~40人の患者が死亡しているのかな」と勝手に判断したのである。新入社員もやらない思い込み判断ではないか。

  6月以前と比べてその後3か月の死亡数が極端に多いとその場で判断できたなら、事件の様相は早い時点から異なってきたし、そのように報道できたのではないか。

 その後ほとんど患者が死んでいないのは、新規入院もないこともあるが、大量殺人の可能性も出てきたのだから、6月以前の平均患者死亡数がこれまで以上に重要になったのだ。

  もし私の憶測通り、6月以前の患者死亡数が少なく、院長の言う「やや多い」が全くの嘘で、「とてつもなく異常な死亡数」ということがわかったなら、もう一度院長に会見を要求すべきなのだ。

 あの院長。最初の会見から何か変だった。あまりに冷静で他人事のような受け答えだった。何か知っていて、隠そうとしている風だった。その証拠にまだ初記者会見にもかかわらず、3人の弁護士を従えていた。

 普通、事件についてまだ社会的に指弾されてもない段階で、あんなに弁護士を従えての会見はないだろう。余計な言質を取られたくないために、弁護士に記者質問を制御してもらいたかったのではないか。

(中略)

そのまま事件が発覚しなければ、大量殺人はその後も進行し、「大口病院は死神のいる病院」と有名になって、別の意味で名を上げたことだろう。
 あの院長の責任は重い。犯罪に加担したと同じくらい重いものだろう。

  神奈川県警は事件を解決することができるのだろうか。もしできないとすると、大口病院は診療を再開するのだろうか。再開したら、犯人が近くにいることはわかっているのだから、いつ殺されるのかとびくびくして入院を続けるのだろうか。

高齢患者がその後亡くなった場合、殺人か病死か毎回警察が介入するのだろうか。こんな病院が社会に存続できるのだろうか。残念ながらそんな病院は世間が許さないだろう。

全く日本の犯罪史上まれに見る殺人事件といえる。一刻も早い解決が望まれる。」

(引用終わり)

 

当然この時点では犯人は見つかっていなかった。

5年後の記事より。

「次々と事件は起きるので、もう忘れてしまった大口病院不審死事件が、いま看護婦を被告として裁判が進められていると報じられた。

「横浜市の旧大口病院で2016年9月、入院患者3人の点滴に消毒液を混入して中毒死させたなどとして3件の殺人罪などに問われた元看護師の久保木愛弓(あゆみ)被告(34)は1日、横浜地裁の裁判員裁判(家令和典裁判長)の初公判で「すべて間違いありません」と起訴内容を認めた。弁護側は被告が事件当時、統合失調症による心神耗弱状態にあったとした。」

あたかも入院患者3人の点滴に消毒液を混入して中毒死させただけの事件のように見える。しかし、当時の関係者はそんな程度の事件ではなかったことを忘れていないはずだ。

 

 

この大口病院不審死事件は看護婦の久保木愛弓が3人を殺したとして裁判が行われていたのだが、当時から3人では済まないと疑われていた。3か月間に48人も死亡しているのである。

(当時の週刊朝日)

「20人以上の殺人が裏付けられれば、国内の犯罪史上もっとも多い毒殺事件となる」

 ここまで捜査が長引いた理由について、捜査関係者はこう明かす。

「発生直後から重要参考人としてマークし、早々に事情聴取を始めていたが、決定的な証拠がなく、身柄を取れなかった。鑑定で久保木容疑者の看護服のポケットからヂアミトールの成分が検出されたのが、16年の暮れ。ただこれもシフトに入っている人間だから決定的ではなかった。」

 

つまり大量殺人の証拠が見つからなかったから確実な3人の殺人として起訴されたのである。それはそれでやむを得ないかもしれないが、マスコミも警察も3人ではないと疑っていたのである。

しかし、3人以上の殺人であれば「死刑」だ。検察は当然死刑を求刑した。

 

もう一度先日6月19日の読売新聞記事の後半を引用する。

「…21年11月の1審判決は、久保木被告には完全責任能力があったとした上で、16年9月に入院患者3人(当時78~88歳)の点滴に消毒液「ヂアミトール」を混入させて中毒死させるなどしたと認定。検察側は死刑を求刑したが、「更生の可能性がある」として無期懲役を言い渡した。検察側が改めて死刑を求め、弁護側は完全責任能力はなかったと訴え、それぞれ控訴した。

 高裁は、1審と同様に完全責任能力を認め、「死刑の選択は十分に考えられる」と言及。しかし、久保木被告が、死亡した患者の家族からどなられるなどしたことでうつ状態になり、不安軽減のために犯行に至った過程を踏まえ、「被告の努力ではいかんともしがたい事情が影響したとの一審の評価は首肯できる」と述べた。

 その上で、「裁判員裁判で慎重な評議がなされ、真にやむを得ないとの判断に至ったのでなければ、死刑を科すことは許されない」と結論付けた。」

 

裁判官は陪審員が無期懲役と判断したのだからそれを尊重するとしたのである。結果的に最高裁に行く前にこの元看護婦の犯人は「無期懲役」が確定したことになる。

 

しかし、この事件をずっと追っていた事件ジャーナリスト戸田一法氏がDIAMOND onlineで次のような記事を書いている。これはとてもドラマチックで法廷ドラマを見ているような気がした。

 

検察側は一審の被告人質問で「起訴された事件の前に消毒液を入れたことはありましたか」と尋ねた検察側が起訴内容以外の“犯行”について質問するのは異例で、家令裁判長は「任意で答えるのであれば」と許可したが、被告は「お話したくありません」と拒否した。

 筆者と長い付き合いの弁護士はこの点について「本当に反省しているなら、真実を包み隠さずすべて語るはずだ」と指摘。「裁判員はだまされたかもしれないが、プロはその辺をきちんと見る。被告がしていたのは反省ではなく、犯行がバレたことに対する後悔だろう」と皮肉った。」

(引用終わり)

 

一審ではこの被告、まだ判決は出ていないものの検察は死刑を求刑するだろうことは想定したはずだが、陪審員裁判でもあり、死刑求刑に至らない可能性も考えていたはずだ。

しかし、検察はこの看護婦が3人の殺人でなく大量殺人を犯していたと疑っていたから「起訴された事件の前に消毒液を入れたことはありましたか」と起訴内容以外の“犯行”について異例の質問をしたのである。

つまり、本当に被告が3人しか殺していないなら、他の患者に消毒液を入れたことなどない、と堂々と否定すればよかったのだ。なのに、「被告は「お話したくありません」と拒否した」のだ。つまり、一瞬の逡巡、嘘を言うときの戸惑いがここに見て取れる。

 

検察はこんな質問をしたからと言って大量殺人の訴追をここから始めることなど出来ないことは分かっている。それでも質問したかったのである。「検察はお前が大量殺人したことを疑っているぞ」と。つまり精いっぱいの被告への「嫌がらせ」?いや検察の「意地」だろう。

だから、事件ジャーナリスト戸田一法氏の知人弁護士はこの質問一つで「裁判員はだまされたかもしれないが、プロはその辺をきちんと見る。被告がしていたのは反省ではなく、犯行がバレたことに対する後悔だろう」と語ったのではないか。

 

しかし、結果として検察の負け、被告看護婦の勝利で終わった。

大量殺人しても死刑にならず、無期懲役。無期懲役は死ぬまで刑務所にいることを意味しない。

一審では「更生の可能性がある」とまで言われて判決が出されたのである。刑務所で真面目に勤めれば10数年で出所できるかもしれない。

恐らく3か月に48人の異常死亡者が発生した直後に病院、警察、神奈川県が動いていれば証拠保全はできたのではないか。病院側の不祥事隠ぺいの思いが強くて事件にするのが遅れた。これが被告の運命をハッピーにした大元だ。この看護婦は大口病院院長にいくら感謝しても感謝しきれないのではないか。