先日(11.8)TBSテレビ「マツコの知らない世界」という番組で、また三省堂国語辞典のバカ編集者が偉そうな顔をしてしゃべっていたのを見て、頭に来たので、1年前に書いたことと同じ中身になるが、もう一度書くことにした。

 

このバカ編集者の名前は飯間浩明(55歳)で、去年8年ぶりに改訂された三省堂国語辞典では使われなくなった約1700の項目を削除したということで有名になっていた。

この番組ではこの編集者の仕事に密着と題して、若者の新語が数多く生まれるアキバに向かい、生きた言葉を採集する編集者を映し出していた。

番組内では、訳の分からん若者言葉を新語として紹介していたが、それらも次期改訂版では新語として追加されるのだろう。

 

しかし、考えるとおかしいのは、特殊若者グループ内で使われる言葉はいざ知らず、最近流行又は使い方が変化した新語などは辞書に追加しなくても誰もが知っているものなのだ。

例えば「○○ロス」で「ロス」の使い方が変化していると番組で紹介していたが、そんなことは誰でも知っている言葉ではないのか。だから、流行して使われているのではないのか。

 

そんな言葉をこのバカな飯間は新語として採集して載せようとするのだが、それは誰向けなのか。今の人間が、「ロス」の言葉使いを調べる奴なんておらんやろう。

それは過去の言葉となったものを知りたい人向け、つまり将来の人を対象として採集しているのではないか。

つまり、辞書を利用するその時はもうその新語は古い言葉(死語とまでは言わないが)となっているのである。

 

つまり、飯間は「新語を採集」するといっているが、それは使われる時は、常に新語ではなく、「古くなる新語」(当たり前だが)なのではないか。そしてそれが正しいというか一般的な辞書の機能だろう。

 

何が言いたいかといえば「最新の新聞や雑誌、ネットでほとんど使われなくなったもの、テレビやラジオで見聞きしなくなったものは、“死語化した”と判断して、言葉を削除している」という飯間の編集方針は全く矛盾しているということだ。

 

今飯間が集めている新語は遠からず「使われなくなるのだから」全て辞書から削除しないといけなくなるはずだ。そんなバカなことするはずがない。辞書は死語化するのが当然の言葉を博物館のように収蔵しておく機能が一番大事なのである。

 

そんな辞書の基本がわからずに、30年間も辞書の編集者をやっている飯間浩明はバカというしかないし、こういうデタラメがまかり通る社会だから日本は劣化していると言われるんじゃないか。大げさだけど。

三省堂国語辞典編集部は、飯間を首にするか、もう一度この男に基本を教え直すかしないと、誰も三省堂国語辞典なんて買わなくなるけどいいのかね。

 

先日イチョウの黄葉が敷き詰められた道をみていて、奥村チヨの歌を思い出した。

「落ち葉の舞い散る停車場は…」という「終着駅」という歌。

「停車場」って情緒を醸し出すことばだ。今田舎の駅を停車場なんて表現することがあるのだろうか。

若者は「停車場」という言葉をみて、駐車場を思い出すんじゃないか。当然今では死語だろうね。ということは、飯間編集の三省堂国語辞典には載ってないだろうね。調べてないけど。

 

今日(10.31)の納得いかないこと 死語といって最近の言葉を削除する辞書 編集者の辞書知らず!」2021年10月31日(日)

最近、ちょっと前の言葉をもう使われなくなったといって、死語として削除する辞書が話題となっている。

 

約8年ぶりに全面改訂される三省堂の国語辞典。

8年ぶりの改訂となる同辞典では、日常生活に仲間入りした新語など約3500項目を新たに追加される一方で、使われなくなった約1700の項目が削除される。

これらの中では「ミニディスク(MD)」が削除されることがネットでも大きな話題になっているが、これ以外では「パソコン通信」も姿を消すようだ。
削除の理由としては「最新の新聞や雑誌、ネットでほとんど使われなくなったもの、テレビやラジオで見聞きしなくなったものは、“死語化した”と判断して、言葉を削除している」とのことで、ほかにもIT関連では「BBS」も削除対象となっている。

(引用終り)
 

死語として削除される主な言葉

「キーパンチャー」「携帯メール」「ゲル」「コギャル」「コレクトコール」「地味婚」「着メロ」「デタント」「トラバーユ」「ニュートラ」「パソコン通信」「派手婚」「PDP」「BBS」「プラスチックマネー」「ペレストロイカ」「ミニディスク」「メタルテープ」「モートル」「闇将軍」

等々。

 

辞書から削除する理由を「三省堂国語辞典」編集部は以下のように説明する。

「国語辞典は、今の日本語を映し出すので、現代の人が使わない言葉、通じない言葉は削除している。

 削除の基準は、最新の新聞や雑誌、ネットでほとんど使われなくなったもの。テレビやラジオで見聞きしなくなったものは、”死語化した”と判断し削除する。」

 

この「三省堂国語辞典」編集部はバカである。

「国語辞典は、今の日本語を映し出すので、現代の人が使わない言葉、通じない言葉は削除」するのなら、明治や大正時代に使われた言葉は全て削除しないといけないではないか。

そうなると、古い小説、森鴎外や夏目漱石の文章でよくわからない言葉が出てきたとき、この「三省堂国語辞典」を調べても載っていないということだ。

もし古い言葉が載っていたら「現代の人が使わない言葉、通じない言葉は削除」するという方針に反しており、次の改訂版から全て削除しなくてはいけない。

 

しかし、そんなバカげたことがあるのか。この三省堂国語辞典編集部は辞書の意味を分かっているのか。

「現代の人が使わない言葉、通じない言葉は削除」するというのは、新語流行語辞典のことじゃないのか。普通の国語辞典で死語になったからといっていちいち削除してどうするんだ
 

昔の本や新聞で昔の言葉や事柄が出てきてわからないときに辞典で意味を調べようとするんだろう!死語だから削除していたらそれは欠陥辞書じゃないか!

学校の先生も困るだろう。教科書で分からない言葉は辞書を引いて予習しなさいと言っても、生徒は、「先生、辞書に載ってませーん」と言うしかなくなる。
 

そもそもの間違いは、「日常生活に仲間入りした新語など約3500項目を新たに追加」したいということにある。つまり、新語を多く入れると辞書が分厚くなるから、死語と言う形で削除したくなるのだ。

 

辞書は新語が重要なのではない。

「日常生活に仲間入りした新語など」は誰も知って使っているのだからむしろ辞書に載せる意味がないのだ。古く死語になった語こそ大事に載せるべきなのだ。

国語辞典・辞書とはことばの博物館のようなものか。

 

例えば民芸博物館や技術博物館でもう使わなくなったので、廃棄します、いうだろうか。逆だろう。使われなくなったから博物館に収めるんじゃないのか。

 

全くこの辞典編集者は、辞書を新語流行語辞典と勘違いしているのだ。バカなのだ。

自分たちで辞書を使ったことが無いのだろう。だからこういうバカげた発想をするのであろう。

辞書がどういう時に使われるかわかっていない、辞書編集者自身が辞書のことを知らないなんて、そんな辞書は売れないぜ!

 

ネットの当たり前の声。

・死語も残ってないと困ると思うんだが。ちょっと昔の読んで意味不明な場合はどの辞書を使えばいいんだ?

・古語辞典でも見ろってことか? 三省堂は「死語辞典」を出さんとおかしいよな。

・こうやって削除しなければならないのはなぜか。残しておくとページが増えて重くなったりコストが嵩んでしまうから。紙媒体の限界を感じるな。wikipediaに完敗するわけだ。

・知らない単語を調べるための辞書だから、むしろ死語になった単語ほど意味ある気がするけどな。現役で使われる事はないが、古い文献では説明なく当然のように使われてる単語、こういう時に役立つはずだろう。

・辞典こそ死語だろ。分厚い本のページをめくらなくてもネット検索で一発。用例も豊富に表示されるし、使われなくなった言葉の登録を取り消す必要もない。