テキサスもやっと 携帯を使用しながらの運転禁止の法律が
この5月1日から施行されました。
ついに、という感じですね。
耳にかけるタイプのマイクロフォンを使用しての携帯利用は許されるそうですが、
私は 仕事に行く途中の30分間 いつも誰かに電話していたので
とっても寂しく思っていますが これも安全のためですから 
しかがありません。

今日も病院に詰めている おまわりさんと話をしていたんですけど
彼、いつもパトカーのハンドルの上に携帯をのっけて 運転しながらメールを打っていたそうですが、
それができなくなり残念だと言っていました。
それで、5月に入って 急に事故が増えたとか。
携帯使用禁止令が施行されたとたんに、いったいどうしたんでしょうか。

それは、今まで前を向いて運転しながら堂々とメールを打てたのが
できなくなって おまわりさんに捕まらないように
携帯を右下において メールを打つようになったから。
もちろんそうなれば 前を向いていませんから当然のことながら事故はおきますよね。

ちなみに捕まったら 114ドルの切符代に加えて、裁判所で80ドル払うことになるそうなので 
エルパソのみな様、お気をつけくださいませませ。

それから 日本にはない道路交通法ですが アメリカでは赤信号で右折できるんですけど
必ず一旦停止しなければいけないそうで・・・
私はその法律をアメリカに来て以来もう20年くらいになりますが
知らなくて 何千回も何万回もおそらく違反していたんですが、
先日ついに 御用となりまして、カメラに撮られてしまいました。
ネットで、ビデオをレビューできるようになっていたのでそうしたところ
私はなんで違反したのかよくわからなくって 免許取立ての娘に
法律違反を指摘されました。

エルパソのみな様、これも75ドルの違反ですので お気をつけくださいませませ。
ちなみに 私が御用となった交差点はフランクリン高校の手前の大きな交差点でした。
くやし~い!!!
うちのすぐ近くに 独立して暮らしのできる比較的社会援助を必要としないご老人のための施設があります。
歩いてすぐのところなのですが、その長屋のようになっている施設の一室の入り口のまん前に いつも山というほどの美しい鉢植えのお花を育てていたところがありました。
花
私は、 あんまりきれいなので どんな方が住んであられるのだろうかと いつも様子を伺っていました。

そして、ある日・・・

めずらしくお休みの日、夕方犬を散歩に連れて歩いていると
その鉢植えにお水を差しているご老人が。
私は思わず 施設の中庭に立ち入り、声をかけたのでした。

” How beutoful!”

振り返った女性は なんと日本人、日本人だったんです。
ソフィアさんというお名前でした。日本名は確か、キヌさんだったかしら。

私たちは当然のことながら 世間話に花が咲きました。

彼女は 1950年代にアメリカ人と結婚してアメリカにやってきた戦争花嫁のひとりでした。
その当時、アメリカにこうやってやってきた日本女性は4万人とも5万人とも言われています。
そう、国を捨てた女として メディアからたたかれた女性たち。

彼女はもうすでにご主人を亡くしていました。
今から2年ほど前のことだったそうですが、高齢のため 視力と聴力を失い最後の半年ほどは
ほんとうにたいへんだったそうです。

自宅で高齢の彼女が末期がんのご主人のめんどうをみていたそうなんですが、看病疲れを心配して 
5日間だけ ご主人を山手の老人ホームで預かってもらうことになりました。

朝、10時ごろに老人ホームにご主人を訪ねると おむつはじゅくじゅく、あきらかに
換えてもらっていない状態。そして 朝ごはんのトレイがそのまま手付かずのまま
テーブルにのっています。

彼女は ご主人が目も耳も不自由だから 食事は簡単に飲めるスープや流動食にしてほしいと
たのんであったのにもかかわらず トレイの手付かずの朝ごはんはふつうの人用のお食事でした。

二日目、三日目になると 右うでにあざができはじめ、 どうしたのかと担当の看護婦に聞くと
壁にぶつけてあざができたんだろうと言いました。
しかし、ベッドのまわりには クッションが施され、
だれかが強く押さえつけるか 引っ張るかしないとそういうあざはできなかったにちがいないと
彼女は確信したそうです。

ご主人は末期のガンを患っていました。

「うちの主人はほんとうにいい人だった。」

彼女は何度もそう繰り返しました。
戦後の混乱時に、愛と夢を求めてアメリカ大陸へやってきて幸せをつかんだ勇気ある日本女性の本音でした。

その、美しい鉢植えがなくなって 今日でちょうど一年。
ソフィアさんを偲んで これを書いています。






いいろいろなアレルギー反応を起こして
ERに駆け込んでこられる患者さんが
私たちのマジックショーのような治療の結果よくなられるのを
見るとき、ほんとうに医者冥利に尽きることがあります。

ピーナッツアレルギーというのは、けっこうありますよね。
アメリカでは ピーナッツバタージェリーサンドイッチというのがとてもポピュラーです。

作り方は簡単。
小学生でも簡単に作れちゃいます。
食パンの片面にそれぞれ ピーナッツバターとジャムを塗りたくって 
中あわせにぺたんとくっつけるというしろものです。
あんまりお料理をしないというか、ぜんぜんしないアメリカ人にとって
こんなに 簡単で栄養価の高い経済的なお料理はないわけなんですね。

それで、毎日の学校のお弁当が ピーナッツバタージェリーサンドイッチという子供たちは少なくありません。

日本人はこういう手抜きをしないからこの感覚はよくわからないでしょうね。

もっとすごいお話で ある保育園では 朝ごはんにシリアル、お昼ご飯にシリアル、そして3時のおやつも
シリアルを出すそうで これには開いた口がふさがりませんでしたが・・・

ところで、ちょっと前にピーナッツバターサンドイッチを食べた恋人にキスをされた女の子が
救急車でやってきました。

ピーナッツアレルギーから お顔がはれ上がって呼吸困難を起こしていました。
でも・・・

エピネフリン 0.3mg

ソリュメドロール 125mg

べナドリル 50mg

このマジックコンボのお薬で みるみるうちに よくなりましたよ。

アレルギーもひどくなると、ほんと生死にかかわることになりますから
たいへんですよね。結局 体の中もアレルギーによって腫れあがってしまうからなんですが。
喉の中、気管が腫れあがって呼吸ができないというのが一番やばいです。

お帰りは、エピペンという 自動注射の処方箋とともに 恋人とERをあとにしました。
今度、ピーナッツアレルギーから 呼吸困難を起こしたら
自分で自分の太ももに、エピペンを注射すればいいわけで、
エピペンから筋肉に注入されるエピネフリンというお薬は
アレルギー反応の奇跡の救世主なんです。

ところでうちの看護師長さんのひとりに えびが大好物の人がいます。
私もえび、大好き。特にエビフライが好きです。

ところが、彼、実はえびにアレルギーなんですね。
大好物なんだけど、食べるとアレルギーを起こして たいへんなことになります。
一度は ほんとうにすごいことになって 入院しなければいけなくなったそうで・・・

それで、彼、えびを食べる時にはいつも看護師のためのラウンジでだけ。
つまり、えびを食べて反応が起きると すぐに対応できる病院の中でしかえびを食べないんです。
それと、実験に実験を重ねたところ えびを8個以上食べると100%アレルギー反応がでることがわかり
5個以下だと絶対大丈夫だということがわかりました。

先日も病院から出た夜中のおやつが、えびのサラダだったんですけど
私の目の前でパクパク食べて、えびは3個だったのでだいじょうぶでした!


大好物を食べるのも命がけ?なんですね。(笑)



テレビを見る習慣がない私は、案の定 バンクーバーオリンピックでのあのすばらしいフィギアスケートの
華麗なる舞を見逃してしまってわけなんですが、浅田真央ちゃんの演技は ほんとにすてきですね。

ネットで、演技を見たのですが ほんとうに感動しました!

私の父は 満州生まれの満州育ちで あの寒い中国大陸で スケートで滑りながら学校へ通ったと
教えてくれました。アイスホッケーなんかも上手だったそうで 弟と二人を何回かスケートに連れて行ってくれたのを時々思い出します。

そんな時、なんでも夢中になる私は、フィギアスケートに超あこがれて 私もあんなふうに華麗に
銀盤を舞い踊りたい!なんて思ったものでした。

実は今日、私は すばらしい華麗なスケーターにお会いしたのです!

彼は、32歳。

自称、華麗なスケーター!

ぐでんぐでんに 酔っぱらったこの患者さん 痛みのために叫びまくって 救急車に乗ってやってきました。

診たところ、右足が、かなり変形していて腫れあがっています。
右手で左の肘をかかえて うんうん 唸っています。
左の肘もかなり変形していて、骨折しているか脱臼しているか そんな感じ。

本人は 泥酔状態で 何がなんだか分かりやしません。
搬送してきたパラメディックのお兄様によると
どうやら スケートボードに乗っていて ころんだらしい。
あきらかに すばらしいスケーターだったわけです!

レントゲンを撮りますと
右足の第2,3,4の中足骨が、ばらばら事件を起こしていてみごとに骨折。
左肘は脱臼を起こしていました。

ちょっと待てよ。右足のかかとも 骨折してるぞ。

踵骨が折れているということは、相当な力がかかった証拠。
ほんとにまあ、お気の毒です。

この患者さん、きっと酔いが覚めたら、
なんで、病院にいるのか、疑問に思うことでしょうね。

それで、プロポフォールで、ちょっとだけおねんねしていただき、
足の骨と肘の脱臼を整骨して差し上げました。

せっかく華麗なるスケーターにお会いできたんですからね。




アメリカ

「ご搭乗のみなさまへご案内いたします。
機内前方にて 急病人が発生いたしました。
医療関係の方で、ご協力いただける方はどうか、当機前方までおこしくださいませ。」

大型ジェットのコックピットの近くでは 急に気分が悪くなって気を失っている初老の紳士を取り囲んで
キャビンアテンダントが 助けを求めていました。

そこへ現れた二人の紳士。

「あのう、何かお手伝いできますでしょうか。」

「ええ、ぼくも 医師のはしくれですので・・・」

しかしこの二人は、気を失っている急病人を前にただただ なにをしていいのかわからない。

キャビンアテンダントが、不思議に思ってこう聞きました。

「先生方、どうかされましたか?」

すると、一人がこう答えました。

「僕は、ただの小児科医でして・・・」

もう一人も、

「実はぼくも 病理が専門でして・・・ いったいどうしていいのか。」

ふたりは 顔を見合わせうなだれてしまいました。

これは、私が夢で見たお話。
ここで目が覚めちゃったので 続きはおあずけ。

実際のところ 最近では CPR(心肺蘇生法)の資格を持っていないとキャビンアテンダントにも
なれないですし、保育所やなんかでも勤められないですしね。一般の間でも CPRはこちらではかなり普及しています。
日本でもAEDが普及しつつあるとか。

ほんとうに喜ばしいことですね!

飛行機
2年ほど前ですが ヒューストンでエルパソ行きに乗り換えている時 ほんとうにそういうことが起こって
私の出番と相成ったわけだったんですけど、私がしたことは、ただ備え付けの酸素マスクをつけてあげただけ。
地上でしたから すぐにパラメディックが到着して後は引き継いでくれました。
酸素あげただけでしたけど、感謝されて ファーストクラスにのせてもらって エルパソに帰りました。



きのう一日お休みで ふだんやれないことをやって 仕事のことをすっかり忘れていましたら

どうやら お休みモードからお仕事モードに切り替えるのをすっかり忘れてしまいました。


それで、今日、ERのパーキングに車を止めて 降りたとたん、


し、しまった!IDバッジを忘れた!


IDバッジがないと ドアというドアはすべてロックがかかっていますから

ERの中に入れません。

 

何とか、警備の人に頼み込んで顔パスで入れてもらったまではよかったんですが・・・


さっそくトリアージュのナースに呼び止められて

喘息でゼーゼーいっているおじいちゃんの診察を頼まれ、


し、しまった!聴診器、忘れた!


まったくついていません。


おじいちゃん、ごめんね。ちょっと、聴診器 借りてくるから。


ほんと、今日の私は、いったいどうしちゃったの?誇り高きプロフェッショナリズムはどこへ??


さてさて、バッジは新しく作ってもらい、聴診器は、親切なパラメディックのお兄様にお借りしまして

なんとか 一日をスタート。


不思議なことに最初の二人の赤ん坊はそろいもそろって 頭の怪我、それも頭蓋骨折を起こしているケースでした。それも続けて、ほんとうに立て続けにです。


一人目は、7ヶ月の赤ん坊。


母親いわく 頭の右側が腫れているが、それは 蚊に刺されたのではないかというお話。

よくよく話を聞いてみると 母親が、とまっている蚊を見つけて それを手ではたいたらしいんですが

どうやら 力加減が過ぎたようで・・・

CTスキャンで、頭蓋骨が、線状に骨折しているのが発見されました。


二人目は、5ヶ月の赤ん坊。


教会の帰り、おばあちゃんに抱かれていた赤ん坊、おばあちゃんがなんと道端の小石につまずいて

転んだ拍子に 道に落っこちました。

この赤ん坊は 後頭部の陥没骨折を起こす重症で 運ばれてきた時からICUに転送されるまで

けっこう具合が悪くて 肝を冷やしました。


こういう日もあるんですよね。

日本でも最近はカラフルになりましたが、

やはり髪の毛の色は 基本、黒ですよね。


こちらでは、もちろん 髪の毛は人それぞれで、

肌の色だって十人十色ですから、

うちの子供が人の絵を描くと

クレヨンの色が24色でも足りないくらいです。


もうかれこれ10年くらい前になりますが エルパソに駐在でみえた

日本の家族がありました。


学校の方から 今度ぜんぜん英語のできない男の子が引っ越してきたから

ちょうど日本人同士だから 助けになってあげてくれないかとたのまれました。

その子も小学校の高学年くらいだったんですよね。


当時は、もちろんかわいい男の子。

髪の毛はきれいに坊ちゃん刈りしてあって もちろん色は黒色でした。


中学に入って 英語もずいぶん上手になって

でもまだまだ日本人の中学生、ていう感じででしたが、

高校に入った頃から、髪の毛が、茶色、赤、金色と 七変化。


髪の毛が金色に光りだした頃には 残念なことに麻薬にはまってしまって

どうしようもなくなったそうで

とうとうご家族で、日本に引き上げていかれました。


こういう例は日本人の駐在ファミリーの中ではかなり例外的なものですが

やはり こちらでは受験がなくて本当に自由な分 友達関係など、かなり親が気をつけていないと

たいへんなことになりかねません。


お隣の校区には、たくさん日本人のファミリーが住んでいます。

奥様方、英語がぜんぜんできなくても 駐在期間中生きていける世界なんだそうです。


一般に日本の駐在ファミリーのお子さんたちは 日本へ帰ることを基本としているので

日本人の補修校に毎週土曜日に通って おけいこごとや、英語の家庭教師を雇ったりで、ほんとうに忙しいみたいです。


先日中学生の息子が、バイオリンのソロのコンテストに参加。娘が、ピアノ伴奏をしてくれたんですけど、

たまたまいっしょに コンテストを受けた子達は、すべて日本人か、韓国人だったそうなんです。


それで、もちろん上位はすべて日本人!

日本人は、ほんと 優秀ですねぇ。特におけいこごとの世界では。


一緒にいた日本人の子が うちの子供たちのことを こそこそ


「ねえ、あの子達だけが アメリカ人だよねぇ?」


なんて日本語で言っていたと、娘があとで話してくれました。


うちの子たちは どう見ても日本人にはみえないので・・・






子供たちがいろいろな異物をあちこちに 入れ込んで ERに登場するのは 日常茶飯事のことです。


昨日も3歳の子供、クウォーターのコイン(25セントで、けっこう大きい)を飲み込んだと言ってお母さんとやってきました。

クウォーターは、けっこう大きいので食道の中間点でつかえてしまって 食道破裂の危険生があるため 胃腸科か、耳鼻咽喉科の専門医による内視鏡術で取り出してもらうんですが、この子の場合は もうコインが腸に到達していたので ホッ。そのうちうんちといっしょに出てくることでしょう。

よかったですよね。


とってもくさ~いお話もありますよ。

小さいお子さんが くさ~い鼻汁を出しているというので かかりつけの小児科医が 副鼻腔炎だろうと 抗生物質で治療。それでもくさ~いのでERにやってきたケース。


なんと、この子の鼻の中には 腐ったスポンジが入っていましたよ。


そう、お鼻がくさ~い時は 異物を疑いましょうね。


さて、大人の異物。


だいたい大人の異物というとなんか変なんですけど

女性の場合ですと タンポンを出し忘れて自分で取れなくなってしまったケースなんか、けっこうありますね。

なんで、忘れちゃうのか ??? ですけど。


それで、そういう時はけっこう日にちがたってから思い出したようにERにおみえになりますから

どういう状態になっているかはご想像にお任せしますが・・・とにかく 


くさ~い! のひとことです。


もっと理解を超えるお話。


男の方で、あそこに りんごを入れて取れなくなったケース。


レントゲンにちゃんとりんごの形がうつりましたよ。


きわめつけはこれ!


33歳男性。

昨日のお話しですが なんと、あそこに バイブレーターが・・・

なんでまた? これもご想像にお任せします。


これは、私たちではとれませんから 入院していただきました。

今日にでも手術室で取り出すそうです。


私の大好物はおすしです。


今回も、もうすぐ東京へ用事があっていくんですけど

おすしは最低1回は食べたいとおもっています。


日本のたべものはほんとおいしいですよね。


アメリカの食文化は ほんとうにPOORであります。


特にデパ地下は日本特有のものですね。

私なんか、大丸のデパートの地下の食品売り場に行くたびに

発狂しております。


あと、駅弁やおべんとう、たまらないですねぇ。


ここエルパソにも おすし屋さんや和食の食べられるお店はないことはありませんが、

とにかく文化がメキシコ系で 純粋なアメリカのものとも違う特別な地域ですので

ほんと、たいしておいしいものが食べられるというわけではありません。


ほとんどの おすしやさんが 韓国系のオーナーで、

かろうじて 沖縄のシェフがやっているおすし屋さんが一軒。


それも車で1時間も東の方に行かないといけなくて おいしいんですけど

せっかく行ってもしまっていたりでなかなか おいしいおすしに巡り合えません。


さて、あるお休みの日、娘とドライブがてら

その沖縄のシェフがやっているおすし屋さんに行きました。


いろいろ注文して、私が日本人であるのにシェフが気が付いて、

会話が弾んで、それで、シェフが沖縄の方だというのがわかった次第でした。


私も過去3年ほど 沖縄の那覇管制部というところで 管制のお仕事をしていたこともあり

沖縄の話、なつかしくしていました。


それで、シェフ、私のことすっかり気に入ってくださって、


「うちで働きませんか。ウェイトレスで 優遇しますよ!」


と言ってくださったのでありました。


うちが遠いのでと丁重にお断りしましたが


今のお仕事がだめになったあかつきは おせわになるところがあるようで、

 ほんと、私はラッキーですね?!


ああ、おすし、おすし、食べたいなあ!!!