はじめに~
前回の日記の最後の方で、
「私達がUFO(~)で、宇宙を飛び回り~」
とありますが、間違えました。
「彼等(進化した宇宙の人々)がUFO(~)で、宇宙を飛び回り~」
の誤りです。
編集の仕方が分からなかったので、ここで訂正させて頂きます。
m(_ _)m
さて~
人が、それぞれの土地に生まれ、その地にて活動することには意味があると思われ~
それぞれの人が、任せられた土地(生まれた土地でなくても縁のある土地に於いても)の自然を想い、共鳴して、程良い守護空間を保つことは、存在する意義を表すこととなるでしょう。
そして、自然との日々の交流があってこそ~
すべてが可能であることを知るのかもしれません。
また、自身が関わる土地で穫れたもの(清浄な湧き水も含め)を頂くことは、その土地のエナジーと共鳴という意味でも大切であり~
他の土地へ足を運んだならば、その土地で穫れたものを頂くことも礼儀的?共鳴という意味でも大切に思います。
縄文時代は、1万年以上続いたと云いますが~
それは、法則(理)の下、自然を敬い(自然と意識的に共鳴して)、足るを知り、豊かな感性で暮らしていた為であると思われます。
意識という意味で、現代よりもずっと進歩的であったと私は考えます。
縄文時代の終わりのキッカケは、現代の文明の基となる概念(価値基準)が入り込んで来たことによると思われ~
ある意味、現在まで続く、あらゆる災いの始まりであったのかもしれません。
この時のトラウマ(カルマ?)みたいなものが、今でも私達を苦しめている様を見掛けることがあります。。
因みに、
輸入したものばかりを無関係な土地で頂くことは、どうなのでしょう?~
ある種の意識(精神)的誤作動に繋がらなければよいのですが。。
以前に、
食品などにても民衆(日本人?)の精神性を低しめるという作戦があるらしい~
という噂を聞いたことがありますが、どうなのでしょう?。。
とはいえ、
宇宙的な視点に立って、
「地球は一つだから良いのでは?」
という方もおられることでしょう~
ですが、
その場合(何かを頂く際にも)、絶えず広い視点に立って、
「地球~人類は一つ」
であるという想いを持ち続けることが条件となるでしょう。
私達は、意識することから始まります。。
ところで、
「愛~
ハグ~
ONE(世界は一つ)・・」
なぜ、私達は、それを唱えるのでしょうか?
私達は、その理由をそれぞれが認識する必要があるのかもしれません。
確かに、ひと時(イベントなどで)、みんなが仲良くすることは、波長も高まり良いことですが~
目先の愛の概念では計ることの出来ない大いなる法則性(愛)があることを念頭に置かれますならば、もっと、意義深いものとなるでしょう。
創造主~
宇宙の意識(想い)は、宇宙の隅々にまで行き渡っており(隅って、どこやねん!笑)~
その意識により、
銀河系や太陽系が運営され~
惑星~
鉱物や植物やその他の生き物達~
存在する全てが、
「真」(魂の中心)の部分で繋がっていると私は考えます。
そういった在り方~
神(創造主)、宇宙の意識(想い)の懐にあるがゆえの
「愛~全ては、一つ」
であるという概念をベースに置かねばならないと思います。
そして~
宇宙~自然界は、
与え合い、補い合っている。。
一見、残酷に思える生物達の捕食のシーンも広い視点で見ると補い合う自然界の法則性を表しているのかもしれませんが~
決して、
弱肉強食的な
「強い者が勝つ」
といった稚拙さを表すものではないでしょう。
ありがとうございます~
宇宙(自然界)は、
「愛」~
補い合い、与え合っている
「大いなる意識」~
その懐に於いて、私達は、
「一つ」。。
先日、たまたま観たテレビでハッブル望遠鏡が写し出した映像を見た。。
私が、宇宙のことなど、あまり知らなかった少年の頃~
夢の中で、部屋の窓を開けると、
様々な色や形の銀河系が夜空を埋め尽くしていた。。
まさに、ハッブル望遠鏡の映像そのものだった。。
私は、知っていたのです~
やはり、宇宙(すべて)は、
「一つ」~
繋がっていたのですね。。♪
私達は皆、「放蕩息子」~
どんなに誤作動をして、取り乱したとしても、
魂的視点で見るならば、いずれは、創造主(宇宙)の元へ帰る(その懐を知る)道理となっているのです。。
「御名に於いて~」
私達が、神(宇宙の想い)の内にあることを知ったならば、恐れることはありません。
悪魔でさえ、神の内側にいるのですから~
どうか、神の想いに則した「真」を貫いて下さい。
御名に於いて、
すべてが可能なのです。。
なんてね♪
(笑)





