「・・・この千村に"ちむらわかされ"と 呼ばれる辻があったんだそうな。

そんな昔のある日のことですと。

その日は、大変に寒く、いつもなら旅人で賑わう"わかされ"ですが、さっぱりと人通りがなく、ただ寒い西風が吹きすさび粉雪を舞い上げていたんだと。

ぴゅうぴゅう吹きすさぶ西風に送られて来られたのでしょうか。

それはそれは美しい お姫様が ただ ひとり、とぼとぼと...。

お姫様は、"わかされ"まで来ると、急に胸をかかえ よろよろと膝まづいてしまったのだそうだ。

そんな姿を見た村人は驚き、お姫様を抱き起こしました。

そして、あれやこれやと労り、手厚く看病しましたが、そのかいもなく、村人に抱かれたまま、とうとう還らぬ人となってしまったのですと。

お姫様は、苦しい息の中から、

『わたしは、都(みやこ)の者でございます。

名前は、"かりがね"と申します。故(ゆえ)あって...。』

と、そこまで やっと話されましたが、あとの声は小さくなっていき 聞き取ることが出来なかったそうだ。

村人達は、あまりの急な悲しい出来事に、ほろほろと涙を流し、"かりがね"をねんごろに、"わかされ"に弔いました。

そして、そこに 一本の松を植えました。

松は すくすくと大きくなり、その見事な枝振りは 口では たとえようも ありませんでしたと。

一枚一枚の松の葉は、雁(かり)の羽のように。

大きな枝は、羽を広げた雁のように。

村人の中には、"姫よりも美しい松"と言う者さえ出て来ました。

いつの間にか、誰言うともなく、その松を、

"かりがねの松"とか、"かりがねの姫"と、呼ぶようになり、姫の美しさと その哀れさを慕って、松と一緒に いつまでも語りついて来たのだということですと。・・・」

(丹沢山麓・秦野の民話、かりがねの松より)

 

先日、激しい雷雨の後、暫くぶりに、

"かりがね"さんのところへ行きました。

雨後に、急に晴れたので、辺りは なにやら、イオンな感じ♪

ヽ(´▽`)/

 

"かりがね"さんに、

「お久しぶりで ございます・・」

とか何とか、ご挨拶♪

 

因みに、裏手には、こういった石碑もあります。

初めて、冒頭の民話を知った時には、なにやら突然、

「助けたい!(行かなきゃ!)」みたいな衝動が起こり~

気分は、こんな感じでした。。

 

今日も、千葉ちゃんスイッチ入ってます!

(笑)

 

助けると言っても、既に昔の出来事~

"かりがね"さんの霊を助けるにしても、既に、成仏なさっていそうだし。。?

何なのでしょう?

この衝動は?。。

(確かに、初めて来た時は、成仏していないかも?と、思っていたりもした。)

都(みやこ)の人でありましたから、秦氏の遺伝子の関係なのか?

それとも、魂の ご縁なのか?。。

 

因みに、既に成仏なさっていて、転生などもなさっていなかったならば、"かりがね"さんの魂は、この お社(祠)には おられないので、

やはり、ここで会うことは、「密会」という理屈になるのであろう。。

(*^^*)

 

お戯れは、さて置き~

改めて、お社(祠)の前にて手を合わせ、真言などを交えて、生前の"かりがね"さんの お姿を想い(想像して)祈りをする私。。

 

何か、ビジョンは見えぬものか?と、集中したけれど、今日はシックリ来なかった。。

いつも、しゃがんで祈り、語り掛けているのですが、

「では、今日は これにて・・」

と、腰を上げようとした瞬間!

「ありがとう・・」

と、響いた~っていうより、ハッキリ耳元で聴こえた!

 

たとえは悪いですが~

まるで、VTRに入っていた霊の声みたいな聴こえ方で、

不覚にもっていうか、失礼ながら、一瞬、鳥肌が立ってしまいました。。

(^o^;)

 

でも、古い時代の おっしゃり方ではなく、

普通に、「ありがとう」と、おっしゃいましたので、

ある意味、"かりがね"さんの霊的自由さを感じ安心しました♪

 

お社を後にして、振り返ると~

そこに、右手で着物の袖を優しく持ち、左手を静かに、お淑やかに振る"かりがね"さんの お姿が あったのでした。。

(脳裏の映像)

 

因みに、以前に、"かりがね"さんの お帰りになります お姿に、ビックリしてしまったので、

今回は、お淑やかさを強調なされたのかもしれません。。

(;^_^A

 

最後に~

以下は、"かりがね"さんに会いに行く時に、私の脳裏で流れている曲(歌)です♪

(映像は、まったく関係ありませんが~)

 

 

 

 

 

「父よ、彼等をお赦し下さい。自分が何をしているのか知らないのです。」(ルカによる福音書23章34節)

前回、次元上昇云々と書きましたが、
私は、新たな地球へ移行、進化して行くことを否定するものではなく~
私の過去のブログをご覧頂ければ、そのことをご理解頂けることと思います。

ただ、30年以上前、ヘタしたら幼少の頃より、宇宙的な何かに触れ、物理的な世界の立ち位置にて、その狭間で確認出来る物事(現象)、感動を吟味などして参りました関係から、
「安易さ」というものを警戒しております。
(研究家のようなことはしておらず、あくまでも、私の内部での活動です。)

その昔、アダムスキーさんは、UFOも宇宙人も物理的なものであるかのようにおっしゃり、
コンタクトしていた宇宙人も幽霊はいないみたいにおっしゃっていたようですが~
今思うと、当時、あのように伝えることが、ベストであったのでしょう。

見えない何かを否定していないことは、アダムスキーさんが、「テレパシー」とか「意識」などの話をなさっていたことからも窺うことが出来ます。

おそらく、当時から、様々な意識体やら何やらの情報が混線していて~
純粋で、洗練された情報を得て欲しかったのかもしれません。

因みに、私も近頃、彼等(宇宙の人々や見えない存在達)が、単純(純粋)な想いな交流を求めているように感じます。

私が、前回、あのように申しましたのは、
ある心配要素を捕捉していたからでありまして~
決して、批判することを楽しんでいるような者ではありません。

率直に申しますと~
つまり、私と致しましては、
古い時代のネガティブは、次の時代(新しい世界)に持ち越すべきではないと考えております。

ゆえに、次元上昇と云うなら波長云々と申し上げたのですが、ある意味、潔癖症なのかもしれません。
(笑)

次元上昇というか?進化は、自動的に成るような生易しいものではないと思われる為、
どこまでも、自身と向き合って行かなければならないと考えられます。
(あくまでも、私的に。)
そうでなければ、私達の日々の労苦や学び取る意志と行動は、無駄な事象ということになります。

ここで云うネガティブとは、
誰かに何かをされて、腹を立ててしまった残念な自分(感情)などのことではなく、
他者に対する意地悪心~誰かを吊るしたり、策略したり、誰かと誰かがブログ(ネット)上で争うことを期待していたりする心もそうですが~
攻撃的ネガティブ、意図的ネガティブのことです。

これ等(フツと湧く、些細な意地悪心を含め)を次の世界に持って行って欲しくないのです。

別の言い方を致しますと、
次元上昇というなら、波長を上げ、意識的に進化の流れに合わせて行かなければならないのは、当然と思われます。
思考は波長に繋がりますからね。。

近頃、ニュースなどでも、
パワハラやら「なんで、あの地位にある人が?!」みたいな人的問題が報道、取り上げられていますが~
おそらく、皆様が、よくおっしゃっていた、
「膿出し」のシンクロなのかもしれません。

そうなんです~
非難とか批判とかではなく、
この時期、私もまた、「膿出し」とシンクロ~浮き彫りにさせる作業を手伝っているかのようであります。。
(浮き彫りにさせようという意図はありませんでしたが~)

お互いに、それぞれの空間にて、
自身の中の意地悪心やら対抗心などとシッカリ向き合い、浮き彫りにして、一つ一つ徹底的に削除して参りましょう!
勿論、私も完璧ではないので頑張ります。

「古い時代のネガティブは、ウィルスのようなもの・・持ち越す訳にはいかないのです・・」
と、宇宙のお友達が言ったかどうかは分かりませんが~
彼等、宇宙の人々が、今まで簡単に地球の人々と交流出来なかった要因、または、原因の一つに、価値観というか?心の在り方の決定的な違いがあったからなのかもしれません。
私達地球人類は、とてもネガティブであったのです?(笑)

聖書にあります、
「むしろ分滅」とは、「膿出し」のことでもあるのでしょう。。




映画「最後の誘惑」より拝借。
m(__)m

※以前に、
「すべては可能」とか「自分で創造出来る」とか「幸せになってもいい」みたいなことを書いたと思いますが~
やはり、上記のクリアは必要かと思われます。
あっ、あくまでも、私的に。。

 

追記:ここ数日、「百合(ユリ)」というメッセージ?が、浮かんでいます。

調べましたら、百合の花は、西洋では「聖母マリア」を表しているのだとか。。

やはり、「母性」的思考は、新しい世界に移行するにあたり、重要なキーワードでもあるようです。