前置きが長くなりましたが~
って、これからが、本題?(笑)
18日(月)、ゆえ 有りて、徳川様のところへ。。
今日も 千葉ちゃんスイッチ入ってます!(笑)
久能山東照宮さんです。
御社殿に参りますと、徳川家康公と共に、
織田信長公と豊臣秀吉公が祭られていることに、ビックリしていたら。。
「一つと、せい・・」
という言葉が湧いた。
宇宙的な「一つ」という意味にも通じるかもしれませんが、おそらく、この場合、
「織田方、豊臣方、敵味方、関係なく 尊重せよ・・」
という意味であるように思われる。。
手を合わせ、
「東京(江戸)をはじめ、この日本をお見守り下さいますように・・」云々、祈り始めると~
いきなり、突風が吹いた!
話しは ズレますが、
幕末~片や イケイケのノリ(開国)、と言ったら、怒られますが~
それに対して、無血開城。。
その お心(懐)、お分かりか?。。
といった感じも致します。
その後、人心を含め、日本の在り方は、どうであったのか?。。
たとえ、当時、幕府が存続していたとしても、いずれは、世界の空気を読み、制度も変わり、チョンマゲなども自然と消えて行ったのではないか?と、思ったりもます。
また、現状、天皇陛下も政をなされておられないことからも、結局は、現代と変わらない 状況、風俗なりになっていた可能性もありますね?。。
(つまり、皆様が おっしゃいますところの時間軸云々、パラレル?)
ポイントは、どういう道(動機)を辿って来たか?
という過程で、それにより、本質の部分が違っていたとも思われます。
因みに、外国の方が称賛なさる「日本」とは、大抵、明治より以前に由来するものだったりもします。
勿論、幕府側、倒幕側、双方の「思い」を尊重致しますし、天皇陛下(皇室)を好く思っております。
坂本(龍馬)さんは、ある草案を温めておられたそうですが、
新しい国(日本)のリーダーに、幕府側の人物(藩主?)を立てようとしていたという推測がなされていましたが、
もし本当なら、それを「裏切り」と、早合点した身内(尊皇側?)により、暗殺されてしまった可能性もあります。
それに、幕府側としては、
「坂本さんは、勝さんと交流があるから、あまり、手を出さない方がいい・・」
といった、暗黙の了解みたいなものが あったかもしれないからです。
暗殺により、坂本さんの「想い」~双方を融合させた、母性的でもある、地に足を着けた意味での「一つ」という概念が消えてしまったのでしょう。。
次なる進化の道へ向かう この時代の私達は、純粋な宇宙的情報を得て、自身の中の軽薄さや悪意ある部分と向き合い、乗り越えて、地に足を着けた後、本当の精神的新国を築いて行きたいものですね?♪
長くなりましたが~
この後、神廟といわれる、家康公の お墓所へ。
誰も おられず、貸切り状態でありましたが。。
手を合わせると、再び、突風が吹いた!
そして、なにやら、圧迫された感があり、めまい というか、クラクラとした。。
それにしても 不思議だ。。
時代が時代ならば、簡単に、お目通り叶わない 天下人(様)と 称された 御方と、今、こうして向かい合っている。。
でも、どこか、寂しい気もした。。
最後に、駿河湾を望み、
「海へ、 恵みの感謝と 安らかでありますようにの祈り」を致しました。
こちらの銅像は、駿府城跡にて。
肉人には、会えませんでしたが。。(笑)
※人の一生は重荷を負て遠き道をゆくが如し、急ぐべからず。
不自由を常と思へば不足なし。
心にのぞみおこらば、困窮したる時を思ひ出すべし。
堪忍は無事長久の基。
怒は敵と思へ。
勝つ事ばかり知りて負くる事を知らざれば害其の身に至る。
己を責めて人をせむるな。
及ばざるは過ぎたるよりまされり。
(東照公御遺訓より)




