気仙沼線は震災後、分断されてしまった。津波で線路や駅舎が流された区間は鉄道復旧を断念すると正式に発表があった。残ったのは内陸部の前谷地から柳津までの17.5キロ。前谷地から気仙沼線の列車に乗り、終点・柳津に下車した。
2016年3月撮影。
柳津駅の駅舎
前谷地-柳津間は1968年に柳津線として開業
その後、1977年12月に柳津-本吉間がつながり
気仙沼線は全線開業となった
駅舎の脇に気仙沼線BRTの待合所がある
駅前から気仙沼を結ぶBRTが発着する
柳津に到着した普通列車
駅名標を見ると片方向の隣の駅だけ表示されていた
ホームから気仙沼方面のレールを眺める
錆びたレールには二度と列車は走らない
気仙沼線には1994年全区間乗車した
昔自分が乗った路線が廃線になったのを見るのはつらい
柳津駅の駅名標
震災を経て再び終着駅となってしまった
消えた駅名は陸前横山
そこは内陸部で津波被害はない
しかし、列車は柳津で折り返す
跨線橋から折り返しの列車を見下ろす
その向こうは廃線跡
ホームは1面2線の島式
震災前はこの駅で列車交換もあった
ちなみに、宮脇俊三「時刻表2万キロ」に、気仙沼線全線開業当日の熱気に包まれた柳津駅が書かれている
「日の丸の小旗を持った町の人たちが、ホームの端から端まで、まるで密植された植物のように生え揃って埋めつくしている。いつ線路上にこぼれ落ちるかもしれないので、ディーゼルカーはホームの手前から速度を極端に落としてそろりそろりと進入する。駅前では溢れた人たちがこれも小旗を振り、大太鼓を積んで祭の山車のように飾りつけたトラックもある。」(第14章)
誰もいないホームを見ていると、開業時の喧騒は想像できない
ホームの電柱に「S52.3」の文字が残っている
昭和52年3月、全線開業を前に設置されたことがわかる