2013年4月下旬、しなの鉄道の169系が引退した。
最後の3日間は「ありがとう・さようなら169系」号として軽井沢-篠ノ井間で運転された。

私も169系に乗って同区間を往復し、愛着のある車両との別れを惜しんだ。

 

 

 


「ありがとう169系」のヘッドマークを掲げた169系。軽井沢駅にて。

 

 

 

 


乗客には記念乗車証が配布された。

 

 

 

 


往路は6両だったが、復路では戸倉で3両増結し9両編成となった。

短い編成が多いしなの鉄道で9両はとても長く感じられる。

国鉄時代の急行「信州」や「妙高」を彷彿とさせ、貫禄がある。戸倉駅にて。

 

 

 

 

 


跨線橋の上から先頭車両を見下ろす。
屋根上に空調機器が並ぶのも国鉄型電車の特徴。

最近の電車の屋根上はフラットになっているが、昔の電車はデコボコしていた。戸倉駅にて。

 

 

 

 


169系の連結部分。戸倉駅にて。

 

 

 

 


戸倉駅では停車時間が長く、いったん改札の外に出た。

昔ながらの改札口の奥に169系が止まっている。一瞬、国鉄時代に戻ったかのように錯覚した。

何気ない一コマだが、この日一番印象に残っている。

 

 

 

 


「ありがとう169系」号の行先表示。

 

 

 

 


さよなら運転の終盤、平原駅で長時間停車した。

快速も止まらない平原駅にわざわざ停車するのは珍しい。

しなの鉄道もいろいろとサービスをしてくれた。係員の立会いの下、線路上からローアングルで撮影することもできた。

 

 

 

 


「ありがとう169系」号の旅は終わった。

最後に回送される169系を撮影。中軽井沢駅にて。
 

(次回は169系の走行写真)

 

 

しなの鉄道の169系湘南色、3回目。


今回は急行「さかき」。
「さかき」という急行は国鉄時代もJR時代も存在していない。
なぜ「さかき」なのか。
169系が引退後、坂城駅に保存されることが決まり、それを記念して「さかき」と名付けた急行が運転されたのである。

 

 

 


2013年4月上旬、軽井沢-坂城間に運転された急行「さかき」。
ヘッドマークは「さかき」ではなく「ありがとう169系」。
当時169系は定期列車の運用から外れ、引退まで1ヵ月を切っていた。

 

 

 

 


行き先表示には「軽井沢-坂城」「急行 さかき」と表示されていた。
最初で最後の極めて珍しい表示である。

 

 

 

 


3両編成のうち、軽井沢方の車両は「クモハ169-1」。

つまり169系が製造されて最初の車両を意味する。それゆえ保存の対象になったと思われる。

 

 

 

 


乗客には「さかき」の乗車証明書が配布された。

 

 

 

 


上田では10分停車。急行といっても先を急ぐわけでもなく、乗客へのサービスも込めて、停車時間を長くしている。

 

 

 

 


終点、坂城到着。

 

 

 

 


急行「さかき」運転から3年後、2016年5月、坂城駅に保存された169系を見物した。


(次回は169系さよなら運転)
 

 

しなの鉄道の169系湘南色を振り返る。

2回目は急行「信州」。


「信州」は国鉄時代に上野-長野間を結んでいた急行列車で、同じ区間の特急「あさま」が主役とすれば、「信州」は脇役であった。特急が止まらない駅にも停車する補完的な役割を担っていた。特急「あさま」が年々増発されるのに反比例するように「信州」は本数が減り、1985年頃には定期列車としてはすべて廃止された。

 

 

 


しなの鉄道に復活した急行「信州」には2回乗った。
これは1回目、2012年8月。軽井沢駅にて。

 

 

 

 


2回目の「信州」乗車は2013年4月。軽井沢駅にて。
わずか3両だが、国鉄時代はグリーン車付きで10両以上の長い編成だった。

 

 

 

 


「信州」のヘッドマーク。「志賀」と同じ編成にマークを付け替えたに過ぎないが、しなの鉄道も少しでも客を呼び込もうといろいろな企画をたてている。

 

 

 

 


行き先表示には「上野-長野」と表記されていた。
「長野-軽井沢間普通」と注意書きがある。1980年代の「信州」は一部の列車が上野ー軽井沢間を急行、軽井沢-長野間を普通列車として運転していた。こういう細かい演出もお見事だと思う。

 

 

 

 


こちらの行き先表示は「軽井沢-篠ノ井」。しなの鉄道のエリアは篠ノ井まで。

「信州」の現役時代には見られなかった表示だ。
 

(次回は急行「さかき」)

 

 

かつてしなの鉄道には国鉄型急行車両の169系が運転されていた。169系は国鉄時代の湘南色に生まれ変わり、リバイバル急行列車としてたびたび運転された。2012年から13年にかけて、何度か169系に乗りに行った。懐かしい169系の記録を数回にわけて振り返ってみる。
1回目は急行「志賀」。2012年3月と、2013年2月の2回、軽井沢-屋代間を往復乗車した。

 

 

 


軽井沢に到着した急行「志賀」。懐かしい国鉄急行型。2013年2月。

 

 

 

 


軽井沢駅で折り返し、屋代行き急行「志賀」となる。2013年2月。

 

 

 

 


山の形をしたヘッドマーク。イラストはなく文字だけ。素朴なデザイン。

 

 

 

 


国鉄時代の「志賀」を偲ぶように、行き先表示板には「上野-湯田中」と表記されていた。

「志賀」は上野から屋代まで「信州」と併結され、屋代で分割し、長野電鉄に乗り入れ湯田中を結んでいた。

 

 

 

 


乗車には急行券(300円)が必要。切符を買うこと自体が珍しくなった今、急行券を買うのは貴重な体験になった。しかも硬券である。

 

 

 

 


169系の車内の様子。国鉄時代からJR初期にかけての169系の普通車車内はボックス席のみであった。この車両はしなの鉄道に移籍後、改造したものと思われる。

 

 

 

 


この座席は東北または上越新幹線の200系車両の普通車座席を流用している。

 


(次回は急行「信州」)
 

 

2022年10月、しなの鉄道に今も残る115系に乗車した。数年前まで群馬、長野、新潟などで数えきれないほど乗った115系も見る機会がずいぶん減ってしまった。希少価値が出るほど少なくなった115系も、しなの鉄道ではまだ定期列車として運転されている。日常的な雰囲気の中で乗りたいと思っていた。
115系に乗ってしなの鉄道全区間を往復するのが一番の理想だが、なかなか自分の都合と115系の運用が一致する日が見つからず後回しになっていた。あちこちで引退し、いつまで運転されるかわからない。そこで、あまり欲張らず短い区間に乗ることにした。

10月上旬の3連休の初日、11時ごろ軽井沢駅に到着。今回の115系乗車は軽井沢-小諸間を往復するだけ。たったそれだけ、と思われるかもしれないが仕方がない。1往復ではすぐ終わってしまうので、2往復して少しでも長い時間乗ることにした。
同区間の片道は500円。2往復すれば2000円となるが、「軽井沢・別所温泉フリーきっぷ」(1880円)を購入すると、少々安くなる。

 

 

 

 


12時過ぎ、ホームへ降りると、お目当ての115系が入線した。
懐かしい色の115系。この塗装は初代長野色といわれる。新幹線が開業する前、この列車に乗って信越線を高崎から長野まで何度旅したことだろう。

 

 

 

 


軽井沢駅に保存されている機関車EF63と115系。25年前に廃止された碓氷峠の記憶がよみがえる。

 

 

 

 


角度を変えて115系とEF63。


せっかく115系に乗るのだからボックス席の窓際に座りたい。撮影は簡単に済ませ、早めに車内に入って発車を待つことにした。
12時28分、115系小諸行きが発車。聞き覚えのあるモーター音、固い乗り心地、見覚えのある沿線の風景。来る前はほとんど忘れたと思っていたが、実際に115系に乗ってみると、自分でも驚くほど昔のことを覚えていることに気付く。

 

 

 

 


空いている各駅停車に乗る。車窓から風景を見る。それだけのことが貴重な時間に思える。(信濃追分駅)

 

 

 

 


12時52分、小諸着。115系にはいろいろな塗装がある中、これは明るくシンプルな塗り分けだ。

 

 

 

 


ちょっと引いて撮影。左は小海線の列車。
小諸の折り返し時間は7分しかない。わずか2枚の写真を撮るだけで車内に戻る。フリーきっぷを買って正解だった。
 

 

 

 

軽井沢着、13時24分。
左からしなの鉄道の新型車両、115系、EF63。新旧の車両が並ぶ。駅も変わり、車両も変わり、町の様子も変わる。


再び小諸行きに乗る。1往復目はカメラを手にしていたが、2回目は何もしないでただ車窓を眺めるだけにした。特に信濃追分付近の風景は何度眺めてもいい。

 

 

 

 


小諸に着くと、隣には115系の湘南色編成が止まっていた。だが、停止位置がずれて両者の顔が並ぶ光景が見られなかったのは残念。

 

 

 

 


反対側に新型車両が到着した。初めて見る顔だ。車内をのぞくとボックスとロングシートが混在していた。JR東日本の車両によく見られる座席の配置だ。自分の好みではない。

 

 

 

 


再び折り返しの軽井沢行きに乗り、14時47分軽井沢着。隣は新型車両。こちらは座席指定タイプの快速列車のようだ。


このように短い区間を2往復しただけだが、わずかな時間でも実際に115系に乗ってみると、自分が想像していた以上に感慨深いものがあった。あと何回115系に乗れるだろうか・・・