NoOneDoNothing -2ページ目
何かを否定することが
自分にとってプラスになるのだろうか
神様なんて生き物は居ない
神様なんて物質は無い
それは理解は出来るんだけど
誰かの信じる何かが
本人にとってプラスになることは
有り得ない事じゃないと思うんだ
それは神話に出てくる神様じゃないかも知れない
だから「神様なんていない」って言っても
それは間違いじゃないはずなんだ
だけど
例えば音楽さえあれば
言葉の壁が乗り越えられたり
例えば酒の力があれば
苦手な相手と話せたり
経験とか技術とか
挙げていったらキリが無いほど
世界は力に溢れてる
それは誰かのお陰じゃないけど
それなら自分が「神様」だって
思ってみたって良いんじゃないか
神はいる
きっと体か頭のどこかに
悪いことをして
誰かを傷付けて
誰かを泣かせているのに
神様ごめんなさいとか言う奴は
聖母像に潰されて悶えれば良いよ
謝る相手が違うだろう?
君が何を信じていてもさ
殴られても
蹴られても
切られても
刺されても
僕は傷付かない
見放されて
必要とされなくなって
言葉も無くなって
意味を奪われたとき
傷は生まれ
そして消えなくなる
ひとつめ
ひらいたときの できごとは
いまはあんまり おぼえていない
ここにいるって きづいたときは
そこをくぐって ここにいたから
ふたつめ
ふりかえって よくみてみたら
そこにはちいさな とびらがあった
むこうがわもすこし みえたけど
せまそうだから くぐらない
みっつめ
みんなとぎゃくに すすんでみたら
そこにとびらが たたずんでいた
だれかのあしあとが そこにはあったから
まよったけれど くぐらなかった
よっつめ
よるになっても ひるになっても
よ っつめだけが みあたらなくて
ずっとさがして さがしあるいて
みつからなくて もどってみても
みっつめ も なくなってて
ふたつめ も なくなってて
ひとつめ は かぎがあかない
軽くキスを交わして
熱と気持ちを伝える僕ら
勝手に笑顔になる位
伝わる気持ちは大きくて
暫く会えない日が有れば
日に日に心が弱って行って
出会う前の自分を思って
溜息混じりに苦笑い
灼ける痛みは
心も身体も熔かす劇薬
もしも何かを間違えたなら
笑う者無き喜劇の終わり