後半の第0階層(お花畑)に辿り着いてからリモが話す事の内容は、ここまでの記事であらかた説明し終えた。
完璧な解説ができているなどと自惚れてもいないので、読み返してもわからない場合は是非ともその箇所を質問していただきたい。

では、ここからはより速く展開するために置いていかれやすい終盤について解説していく。
まず、何が起こってどうなるのか、大まかな流れから。ここでは便宜的に、「バックアップデータの残骸」を「敵」と呼称する。

第0階層でリモが自分の正体について明かす。繰り返しになるが「私がmotherよ」は真ではない。
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階層の壁を破って敵の塊が襲来する。リモが襲われるのがわかっている以上、デュアルとドロシーは戦って守るしかない。
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奮戦するも、デュアルは敵の中に取り込まれ、リモは敵に襲いかかられる。ドロシーはリモを守るために近くで必死に耐える。
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デュアルは敵の中に残っていたスミレの意思と会話し、自らのプログラムを再起動させる。このスミレの意思とはViOSの意思の象徴なのだが、一旦省略。
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デュアルがmotherによってプログラムを何度も書き換えられる前、つまり純粋にViOSのアンチウイルスプログラムだった頃の姿に戻る。プログラム用語で言えば、アップデート前の形に戻る事を「ダウングレード」と言う。
デュアルはドロシーのピンチに駆けつけ、ドロシーのプログラムにも同様のダウングレードを施す。デュアルの「結構ダウンしたのよ」はそういう意味。
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無双と言える強さで敵を排除する。
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リモの中に仕掛けられたmotherの罠が起動し、知識の箱の強制フォーマットが始まる。「フォーマット」はこの場合、「初期化」の意味で用いられている。つまり、全てを一度無に帰すように仕向けられたプログラムが起動する。
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強制初期化のプログラムはリモの中にある。つまり初期化を止めるには、リモが消えるしかない。
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リモはViOSの意思・motherの意思と対話し、デュアルとドロシーを救うため、そして第2階層の人々と知識の箱の中の世界そのものを守るために、自らを犠牲にする事を決める。
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リモの持つ「デュアルとドロシーをアップデートする機能」によって、彼女はデュアルとドロシーを「強制初期化のプログラムをウイルスとして認識する」ようにアップデートする。←ここ重要
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デュアルとドロシーはアンチウイルスプログラムとして、リモの近くにいるだけでリモをウイルスと見なして消滅させてしまう。ドロシーは精一杯想いの丈をぶつけ、リモは消え去っていく。

という流れである。

ちなみに階層の壁が破られた後にリモが無意識にシールドを張るシーンがあるが、中盤でデュアルが敵に取り込まれそうになった時にも謎の発光をしているように、おそらくリモ自身にもデュアルとドロシーほどではないにせよ残骸を吹き飛ばせる程度には身を守る力があるものと思われる。

詳細な解説は続いての記事で。
序盤でリモが、中盤でデュアルがウイルスに囲まれ侵食されそうになるがウイルス検出ゼロ、という場面が出てくる。

なぜウイルス検出ゼロなのか。
もうわかるだろう。繰り返しになるが、作中「ウイルス」として描かれるあれらは全て「コンピュータウイルス」ではなく「バックアップデータの残骸」である。そしてそれらは攻撃力――この場合汚染力や侵食力と言った方がわかりやすいかもしれないが、そういうものを一切持たない。ただ「取られたデータを取り返そう」としているだけである。
だから、ウイルスにいくら取り囲まれようが、身体にまとわりつかれようが、ウイルス反応はゼロ。
ただ、デュアルもドロシーも悲鳴を上げるので、それなりに不快感や危機感は感じるようだ。

先に述べたように、作中世界ではコンピュータウイルスをバラ撒く人間がもういないから、コンピュータウイルスが検出される可能性は、実は最初からゼロである。

ちなみに終盤の戦闘でデュアルが身体を敵に貫かれて一度消滅したようになる描写があるが、あれも攻撃力ゼロの攻撃であり、実際は敵の中に取り込まれた(移動させられた)だけである。
映像的にああいう風にはなっているものの、丸呑みされる、とかでも構わなかったと言える。

また、motherによって引き抜かれた大事な感情を取り返そうとするバックアップデータの意思は、motherに抗う人間の意思の1つの象徴でもある、と言えるだろう。



では、デュアルとドロシーが第2階層のデータを「ウイルスに汚染されている」と認識する仕組みはどうなっているのか。
どこでも語られていないので個人的な推測になってしまうが、2択の可能性がある。

①『綺麗なもの』をリモに抜き取られたため、残りのデータが活性化して動きだした時にウイルス汚染と見なされる。
②『綺麗なもの』が発生したため、『それ以外のもの』がウイルスと見なされる。デュアルとドロシーがその『それ以外のもの』を圧縮・削除する事で、『綺麗なもの』が残って第0階層(お花畑)に行く。

①なら、リモがマザー・リモートとしての役割を忘れていた時(=ドロシーの家族のシーン)でもウイルス汚染が検出されているので、どうも違うような気がする。

なので、あくまでも個人的にだがこの仕組みは②だと解釈している。
前提として「『綺麗なもの』はリモが抜き取る必要は特に無い」としておかないと、いきなり論理が破綻してしまうので掲げておくとして、こんな感じだろうか。

冒頭の2015年日本のバックアップデータを例にすると、

デュアルがウイルスチェックの名目でバックアップデータを解凍する。
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デュアルは「スミレの幼馴染で親友」として位置付けられる。
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ここからは少し想像が入るが、スミレがコンクールで演奏をするのをデュアルも客席かどこかで聴いている。
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スミレの中にあった「世界中の人の心を音楽で繋ぎたい」という夢見る心(=『綺麗なもの』)が表出する。
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その瞬間、デュアルに施されたプログラムの認識上、バックアップデータは上澄みでる『綺麗なもの』と『それ以外のもの』に分けられる。分けられると、デュアルは『それ以外のもの』に対しウイルス反応を示す。
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その時点でいきなり削除を行う事なく、コンクールが終わるまで待ってデュアルは近くの公園で待機する。自分を友達だと信じて疑っていないスミレのために。
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スミレが金賞の賞状を持って走ってくる……

という流れだと考えられる。
こうした流れを想像してみると、冒頭のデュアルの描写が随分と人間味を帯びているように見えるのではないだろうか。
1つ前の記事でウイルスとリモの正体について述べたが、作中次々に現れる新型のウイルスとは何なのか。検索以外に与えられたリモの力について。それぞれ掘り下げようと思う。

リモはその検索機能によって『綺麗なもの』を探し出し抜き取る事ができる。では、『綺麗なもの』とは何なのか。
何なのだろう。これは観客の想像に任せられた部分なので明確な答えは無いが、例えばスミレの「ピアノで世界中の人々の心を繋ぎたい」という純粋な夢見る心かもしれないし、例えばドロシーが加わっていた家族の家族愛かもしれない。
どちらのシーンにも共通しているのは、「夢」というキーワード。「人間の夢見る心」こそが『綺麗なもの』かもしれないが、それ以外にも『綺麗なもの』とされるものはあるかもしれない。

おそらくそれは無数にあるだろう。その『綺麗なもの』足り得る人間の感情を次々に学習していくとどうなるのか。

想像がついたかもしれないが、検索ワードが『綺麗なもの』というざっくりしたものである以上、そこに当てはまるものも無数に考えられる。
無数にあるものをどんどん学んでいくと、当然抜き取るべきデータの量もどんどん増えていく。抜き取るデータの量が増えると、抜き取られた残骸の量も増える。抜き取るデータの質(種類)が増えると、抜き取られた残骸の質(種類)も増える。
このようにして、「最近ウイルス増えた」とドロシーたちに思われるようになり、次々に新型が現れるようになるようになるのである。しかし先に述べたように、いくら新型が出ようとこのウイルスたちはウイルスと見なされているだけのデータの残骸であり攻撃力は持たない。

そもそもViOSという圧倒的シェア率を誇るOSを守るたった一対のプログラムが、例え本物のコンピュータウイルスと対峙したとしても負ける事など考えられないが。それこそデュアルたちがコンピュータウイルスに負けるような事があってViOSが壊滅するような事になれば、motherの干渉など待たずに人類は滅亡していたに違いない。

しかし、デュアルもドロシーも、物語が進むにつれ苦戦する事が多くなってくる。
ウイルスの中にスミレが見えた、といったような感情的な影響ももちろんあるが、もう1つ大きな理由がある。

それがリモに与えられた力であり、motherの陰謀。デュアルとドロシーをアップデートする事にある。

アップデート、と言うと進化・進歩というイメージがあるかもしれないが、これが逆なのだ。
motherはデュアルとドロシーをアップデートする事によって、元々持っていた「ヒューリスティック・エンジンを搭載したアンチウイルスプログラム」としての機能を麻痺させようとしていた。

どういう事かというと、元々ウイルスではなかったものをウイルスとして認識するように変え、それを繰り返していく事で「ViOSのために働いていたアンチウイルスプログラム」を「motherのために働く残骸排除用プログラム」に作り変える、そしてさらに元は持たなかった余計な機能をそうして増やす事によって、本来できていたパフォーマンスをできなくさせる狙いがあるのだ。
実際のPCでも、ハードディスクの容量に余裕がある時は本来のスペック通りのパフォーマンスが発揮されるが、データが増えて余裕が無くなると全体の動作が重くなったりして元のパフォーマンスができなくなる。これと似たような状況にデュアルとドロシーは置かれているのだと考えるとわかりやすいのではないだろうか。

これはmother本体が削除さ
れた後も、リモの中にデュアルとドロシーをアップデートする機能と『綺麗なもの』を学習する機能、そしてそれを自律的に実行する命令が残ってしまった事で、記憶喪失となった状態でもリモの意思に関わらずずっと続いていく事となる。
そして、このmotherに与えられたアップデート機能が、最終的にmotherの意思に抗う切り札となるのだが、それはまた後で。