この記事では便宜的に「ウイルス」という言葉を使用しているが、ガラコワの作中に「コンピュータウイルス」は1度も登場しない。
リモによって説明されているが、あれらの正体は、

サンプリングされた人間のデータの中から『綺麗なもの』を抜き取った残骸が活性化したもの

である。禍々しく描かれているのでミスリードされたままの人もいるかもしれないが、もっと言えばあれらは「襲ってくる事はあってもデュアルとドロシーやリモを削除するような攻撃力は一切持たない」。

まずそもそもコンピュータウイルスとは自然発生するものではなく、人間のクラッカー(悪いハッカーの事)が他者のプログラムを害するために造りバラ撒くものであるため、人類が絶滅した作中世界ではもうウイルスは現れようが無いのだ。



それを念頭に置いて貰った上で、リモの正体について順を追って説明する。

作中では「ViOSのコアプログラム」というセリフ以外倒れた状態で発せられるうわごとのようなセリフなのでわかりにくいが、

リモは元々ViOSの検索エンジンである。

コンピュータで文字を入れて検索ボタンを押す、あの検索窓と検索機能が彼女なのだとイメージして貰えば良いだろう。
そのプログラムに生前のリモーネのデータがインプットされたのが、あのリモの容姿と性格であり、登場当初からデュアルやドロシーより遥かに人間に近い行動をしてその文化に詳しい理由でもある。
またリモーネ自身はイギリス人だが祖母がスミレ(日本人)であるため、デュアルとドロシーと3人でお手玉などをしながら和室で遊んでいるシーンでは無自覚ながら「この国のデータ好き」と発言してもいる。

そしてリモの変遷は、
まずViOSが実用化され、リモは検索エンジンとして活動していた。
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その後motherがViOSの中で動きだし、社会の管理が一任される。
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motherは人類縮小矯正プログラムを起動し、世界に平和と安定をもたらしつつも緩やかに衰退へと向かわせる。
同時に、あらゆる時代・世界のデータを収集し始める。これが知識の箱である。

ここからが重要。

リモの検索エンジンとしての機能に目をつけたmotherがリモをアップデートし、『綺麗なもの』を検索し収集できる機能とそれを実行する命令を与え改変する。おそらくここでマザー・リモートとしての人格(緑の瞳)が発生し、リモに「自分はmotherのバックアップである」という自覚(実は思い込み)が芽生える。
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motherが理想とする人間像を完成させるため、知識の箱にサンプリングされた人間のデータから『綺麗なもの』を抜き取り始める。
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さらにアップデートされ、ViOSの中でアンチウイルスプログラムとして活動していたデュアルとドロシーをアップデートする機能を与えられる。おそらくこの時にリモの中に罠が仕掛けられる。
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motherは人類と相撃つ形で削除される。人類絶滅。
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リモはmotherから与えられた命令をそのまま実行し続け、バックアップデータから『綺麗なもの』を抜き取り続ける。
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『綺麗なもの』を抜き取られたバックアップデータの残骸が活性化し、取られたものを取り返そうと動くようになる。これはmotherにとっても不測の事態。
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そこで、取り返そうと動く残骸を排除するため、デュアルとドロシーをアップデートしその残骸を「ウイルス」として認識するように改変する。←ここ重要
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活性化した残骸に襲われる。そのショックでマザー・リモートとしての人格が一時的に失われ、記憶喪失のような状態になる。
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デュアルとドロシーに発見され、共に膨大な時間を過ごす。

といった感じ。さらっと「思い込み」と書いたが、物語後半でマザー・リモートモードになったリモが「私がmotherよ」と言うシーンがあるが、その発言は真ではない。
motherの意思をmotherに代わり実行し続けているが故の思い込みで、本当はmotherに代わり実行しているのではなく「motherの命令がそのまま残っただけ」であり、リモの正体はあくまで「ViOSの検索エンジンにリモーネの人格データを与えられたもの」である。「motherが残した唯一のバックアップデータ」ではない。

ちなみに「リモート」とは「本体とは別の所にあるもの」の事。
つまりリモコン(リモートコントローラー)は「本体とは別の所にあるコントローラー」の事。
「motherの意思の後継者」という意味では確かにリモは「mother本体とは別の所にあるmotherの意思(=マザー・リモート)」だが、リモに地球環境を管理する機能は備わっていない。
ややこしい話だが、リモはマザー・リモートではあっても、motherのバックアップではない、と言える。
パンフレットの中でも、演じる佐倉綾音本人によって触れられているが、ドロシーのテンション感がこの作品のテンションを引っ張っている。ドロシーについて少し述べようと思う。

彼女は登場からきゃんきゃん喚き続けてくれるので、心情描写がわかりやすい。
彼女について一貫しているのは、「自分の存在意義に拘る」という所。
登場の時から
「今回の世界は自分の番だった」
「ウイルスなんてあたし1人で十分」
「どっちが優秀かなんてあたしの勝ちに決まってる」
「やっぱあたしって優秀~」
というような発言が多く見られる。
自分の有能さを証明したい、裏返せば、自分は使える存在だから消えたくない、という思いが見え隠れ(と言うか見え見え)している。
同時に、
「あたし達はプログラムなんだからアルゴリズム通りにウイルス駆除してればいい」
「プログラムなんだから味とかわかんない」
と、自己という存在が改変されかねない事態を予めブロックしようとしているような発言も目立つ。アルゴリズムを外れればアンチウイルスプログラムとしての自分の存在意義が揺らぐ、人間のように味がわかるようになってしまったら自己が揺らぐ、という具合。
そして何より、リモとの邂逅のシーンではそれが顕著である。冷静に事態を受け止め順応すらしていくデュアルに対して、「自分は有能だ」と言う割にはリモを必要以上と思えるほどに警戒し、彼女が目覚めるシーンでは悲鳴を上げて飛びすさるほどビビり、デュアルより距離を詰めるのが遅いが故にかリモがピアノを弾くシーンでは「デュアルたち」と省略すらされる始末。「たち?」とドロシーは気にしていたが、自業自得感がある。
ちなみに出会いの時に「こっちが名乗ってんだから名前ぐらい言ってよ!」とリモを問いただすが、名乗ったのはデュアルだけでドロシーは名乗っていない。

これらの言動を裏返せば、全ては「己」というもの、つまりアイデンティティーをはっきりと認識しているが故のものであり、それは即ち自我を持っているという事に他ならない。自我は普通、ただのAIには芽生えない。

考えてみてほしい。どこかに自分と全く同じ体格、年齢、思考をする自分のバックアップの人間がいるとして、今の自分が不測の事態で死ぬような事があったら、そのバックアップが自分に成り代わると。
少なくとも、なんとなく良い気はしないのではないだろうか。

自我を持たないプログラムなら、"新世紀エヴァンゲリオン"の綾波レイの有名なセリフのように、「最悪自分が消えてもバックアップの同じデータがいる」と何の感慨も抱かず考えられる。しかし自我があると、「今の自分が消えたらバックアップの自分が代わりになる。でも今の自分はもう消える。2度と戻る事はない」と考えるようになる。ドロシーはまさに後者の状態と言えるし、表にはほとんど出ないがデュアルもそれは同様だろう。

物語が進行しリモとの交流が増えるにつれて「必要が無いから泣かない」と言っていた彼女もはっきりとした悲しみを覚えるし、最初はあれだけおっかなびっくりだったにも関わらず、リモがマザー・リモートとして覚醒してからは自分の事よりリモの身を案じる素振りを何度も見せる。
デュアルについても、第0階層へ向かう途中でそれまでは無かったドロシーの身を案じる言葉を発するシーンがあるように、同様の変化が起きている。
自己どころか他者を優先して案じてしまう自己犠牲の精神は人間にしか無い感情であり、もはやその時点で彼女が物語冒頭で恐れていた「改変された自己」になってしまっている事は明白である。
そしてそれはクライマックスのシーンへと繋がり、必要無かったはずの感情を爆発させる事となる。

作中に「ヒューリスティック・エンジン」という単語が出てくるのはリモのセリフで1回だけだが、ガラコワにおける大事な専門用語の1つなので解説。

「ヒューリスティック(heuristic)」の意味を調べてみると、「発見的」などと出てくる。
つまりヒューリスティック・エンジンとは、「自ら考え解決策を発見する機能」と言える。
このヒューリスティック・エンジンはデュアルとドロシーに搭載された(おそらく)特殊なプログラムであり、「自ら考える」人類を滅ぼしたmotherが、唯一脅威に感じていた「最後の人間の意思」である。

もう1つ、作中「デッドロック」という単語は出てくる事すら無いが、説明を省かれているので解説。
デッドロックとは、複数のプログラムが干渉し合う状態になった時、互いの命令の実行を互いに待ってしまい動けなくなる事である。

序盤でドロシーは「なんで2つもインストールしてくれちゃったわけ!?」とゴネているが、終盤明かされるように、デュアルとドロシーは「双対の鉄壁アンチウイルスプログラム」であり、イメージとしては「2種類のアンチウイルスプログラム」ではなく「2つセットで1種類のアンチウイルスプログラム」である。一卵性双生児や二刀流をイメージすればよりわかりやすいだろうか。

この2つのプログラムは、全く同じ思考手順を踏んで問題解決に当たる。つまり、2人が同時に「ウイルスに攻撃しよう」と考えると、全く同じ思考と動きで攻撃しようとしてしまう。そうなると本来なら、デュアルは「ドロシーが進行方向に現れるから先に攻撃するのを待つ」、ドロシーは「デュアルが進行方向に現れるから先に攻撃するのを待つ」という思考に嵌り互いに動けなくなるため、デッドロックが発生する。
それを防ぐために、彼女らには予めデッドロックが発生しそうになった時に互いに弾き合う、というプログラムが施されている。そういうシーンが序盤の戦闘で1回、中盤の戦闘でも1回あるので、「なんでバリアみたいなのが出て弾かれたんだ?」と思ったらこういう理由なのだと納得していただきたい。