年の瀬も押し迫り、頭を抱える人、陽気に浮かれる人…。
勝ち組、負け組なんて、メディアのうたい文句であって、
頭を抱えるから負け組でもなければ、
陽気に浮かれるから勝ち組だなんて思いません。
刹那的な感傷に、とらわれることはあっても、
人生、下駄を履くまで分からないものだと思っています。
とまれ、1年のカタルシスが、苦かろうが、
甘かろうが、平成25年は暮れようとしています。

個々人の思い思いに明暗を分けたこの1年で、
私は、「善悪の此岸/彼岸」と云う事を思わずにはいられません。

良かれと思ってしたことには、良き理解者なり、
協力者が現れ、
その逆に、邪な心持で対人関係を凌いできた人には、
成果が乏しい1年だったかもしれませんね。

金子みすゞをごぞんじでしょうか?
私も不勉強ですが、
「バカっていうから、バカっていう」
アノ思想が、個人の生きる上でのマニュアルのような
気がしています。

他人は自分を映す鏡です。因果応報とは伊達にある
教訓とも思えません。

与太が長くなりましたが、先に述べました、「善悪の此岸/彼岸」。
これが、私の本日、述べたかったテーマです。

性善説で、他人に相対したとき、仮に、相手が性悪説でも
性善説の本人は、肩に落ちたフケを払うかの程度に、
さほど傷つかずに、明日からまた歩き続けられると思いますし、
性善説に性善説で応えてもらった、或いは応えた双方にとって
その関係は、おカネでは得難い心情を、甲乙はついたとしても、
共有し、円満な関係、絆と云えば大げさでしょうか?
そんな、発展性と潤いのある人間関係を瞬間的にでも共有
出来るのではないでしょうか?

性悪説は、大人になればなるほど常識でしょうけれど、
私には、情緒的に負の循環が、容易に想像できます。
その関係には、生産的とか発展的な正の心理作用は、

得難いように思います。要するに、因果応報、陰湿で暗いんです。

冒頭に戻りますが、今年1年を振り返って、頭を抱える方が
いらしたとしたら、一つには貴方は騙されているからです。
もう一つには、貴方自身が不義理であった報いのような気がします。
逆に、今年1年を振り返って、精神衛生上健全な方については、
私ごときが何をモノ申すものでもございません。
惜しむ無くば、その方たちは、他人に対して真摯であった
ご褒美に1年の回想が、穏やかなのだと思います

「善悪の此岸/彼岸」。などと、大ぶろしきを広げましたが、
私の貧しい教養では、何とも言い難いのですが、
私も不勉強ながら、その事に生涯をささげたと思われる、
金子みすゞさんに当っていただきたく存じます。

中途半端に、酔っていましたが、相変わらずの与太にて
あしからず。