大阪市淀川区のカウンセラー|不登校・ひきこもりの対策など心の問題なら「ますだせいじ心のサポーター事務所」 -6ページ目

大阪市淀川区のカウンセラー|不登校・ひきこもりの対策など心の問題なら「ますだせいじ心のサポーター事務所」

「心づくり」という新しいジャンルを開発しています。そのような視点から、日頃の何気ない生活の一コマが人生のターニングポイントになっていることを思い、心づくりの大切さや人生について、「心づくり」のインストラクターとしての立場で書いています。

教育委員会の相談員のカウンセラーの方のお話をしていて、相談件数の多さをお聞きするのですが、それだけ、子育てで困ったり、迷ったりされている方が多いことがわかります。

 

また、相談に乗っていても、なかなか前に進まない方もいて、相談員として悩むことも多いのだそうです。

 

行き詰っている相談者の指導をお願いしたいと依頼されることもよくあるのですが、いろいろな方のお話をお聞きしていて一番思うのは、努力はされているのですが、残念なことに努力の方向が違っていることが多いのです。

 

せっかくの努力が活きていないのですから、まずは、そこから改善していくという事になるわけです。

 

「努力が何らかの成果につながる」というところが、水の流れがスムーズに流れる如くにつながると、時間は掛かったとしても、確実によくなりますし、それによって、未来が見えてきます。

 

親御さんの未来に希望が見えるようになるから、お子さんも前を向くようになるものです。

 

少し前も、不登校の子供の親御さんの指導をお願いされたのですが、個人コンサルを定期的に電話で行っていて、「子育てに対する考え方が定まってきた」と話され、お子さんもそれに伴って良い方向に向かい始めたとのこと。

 

そのような指導をしている人は結構いるのですが、私の今年のテーマとしては、問題が表面化する前から、もっと言えば、問題になる前から努力の方向を間違わないような勉強をする場や親御さんにトレーニングメニューを提供できて、子育てをする力がついていくような場を考えていきたいと思っています。

 

そうなれば、問題を抱えてにっちもさっちもいかなくなって困ったり悩んだりする人を減らしていくのではないかと思います。それに、問題を抱えて努力するよりは、同じ努力するなら、常日頃からの努力の方が負担感がまったく違います。

 

一つ考えているのは、現在、メルマガ「心づくり生活のススメ」を無料で携帯電話などに配信していますが、システムとしては、この他にステップメールの配信ができる状態にあります。これを使って、子育て力を高めるためのトレーニングができるメルマガを配信できないかと企画しはじめました。

 

これだけで、どの程度のことになるかはわかりませんが、子供に接する親御さんや祖父母の方を対象にしたものにできればと思います。

 

まずは、できることからですね。

 

新年あけましておめでとうございます。

今年もブログ「そのとき、ターニングポイントがやってきた!?」を自分のペースで書いていきたいと思っております。よろしければ、お付き合いいただけば有難いと思おります。

 

今日から娘も小学校がはじまります。

 

少し前から「リコーダーがない」と探していました。吹くのが好きなので、どこにでも持っていくのですが、無くなったというのです。

 

それで、「外では落としていない」というので、家か事務所か車の中かと思い、昨日一緒に探してみることにしました。

 

まずは、自分の部屋から。入ると、ゴミやガラクタのようなものが山ほどあって(本人はガラクタとは思っていないよう)、簡単に探せる感じではなかったので、いらないものといるものの分別から始めました。

 

「これいる?」という具合に聞いて。そのうちに、自分でも分別をはじめ、ゴミ袋が四つになりました。

 

机や収納BOXを移動したり。一時間ほどすると、結構きれいになりましたが、肝心のリコーダーはありません。

 

次は、事務所。しかし、ここにもなく、車にもありません。

 

娘も、「これだけ探したのだから、(学校の先生に)一生懸命探したのですが、みつかりませんでしたっていうから」と納得したようでした。

 

娘が「リコーダー、神さまが隠されたんだよね」というので、「うん、そりゃ、整理整頓ができていませんよ、心が隅々まで届いていませんよということだと思うよ」と言いました。

 

私は、好きなリコーダーをなくしたことと、バトンで「手足が所作が汚い」と先生から指摘されていることと、忘れ物が多いことと、すべては、隅々にまで心が行っていないというところに原因があることを感じていました。

 

しかし、私も今でこそ、忘れものは少なくなったのですが、若い頃は、とても多く、どこかに出かけると、必ず何かを忘れてくるというありさまで、友達からも「おまえらしいな」と笑われていました。

 

こんな歳になって、娘の姿となるなんて。

 

そんなことを思い出された一件でした。「リコーダーを娘が忘れる」ということから、新年、最初に教えられたのは、私の心の有り様の方でした。

 

そして、これを仕事や生活にも活かしていき、ターニングポイントにしていかなければと決意しなおしたことでした。

先日、大学教授で皇室関係のことが専門の所功先生の講義を聞きに行ってきました。

 

「天皇陛下80年の歩み」というテーマで、とても、興味深いお話でした。

 

特に、天皇陛下が皇太子であられた昭和20年8月15日に書かれた作文のことが話題に上がりました。そうです。終戦の日です。

 

天皇陛下が学習院初等科六年(11歳)の時です。

 

「…我が国三千年の歴史上初めてのことが起こりました」ということからはじまり、戦争に行って勇敢にたたかった方々、国で戦火にあった方々への思いを述べられ、しかし、戦争に負けてしまったという事実を書かれていました。

 

そして、なぜ、戦争に負けたのかという分析をされておられ、一つは、英米の物量がまったく違っていたこと、アメリカも最初は準備不足だったが、準備が整ってからはイノシシ武者のように襲い掛かり、戦争ぶりが上手で科学的だったことを挙げておられます。

 

我が国としては、国力が劣っていたことと科学の力が及ばなかったことが原因と書かれていました。

 

私が着目してのは、この次のところでした。

 

それは、その遠因にも言及されておられ、「日本人が大正から昭和の初めにかけて国のためより私事を思って自分勝手をしたため今度のような国家総動員戦に勝つことができなかったのです」と書かれていました。

 

所先生の説明としては、江戸時代の260年間の間に鎖国もあり、国の隅々に至るまで教育を徹底することができた。たぶん、世界一の教育レベルだったと。

 

その蓄積があって、明治維新後、20年ほどで産業化が進み、欧米に追いつくことができた。そして、日清・日露戦争で勝利を納めるが、このあたりから、謙虚さを忘れて偉そうやわがままさが強くなり、成金と言われる言葉ができるぐらいうかれた時代になり、その反動とも言える昭和恐慌が起こり、戦争へと突入するという流れになったと。

 

そのような歴史認識の中での皇太子の作文の遠因につながるのではとのこと。

 

私も今の日本の発展は、江戸時代の心づくりの蓄積によるところが大きいと思ってきました。所先生のおっしゃる教育の徹底ということには、異論はないのですが、教育というのは、教育する側からの視点であると思っています。

 

私は、読み・書き・そろばんというものに藩校や寺子屋という場で学べる環境ができたことは大きいと思うのですが、古来から伝わる日本人の心(たとえば、勤勉な心や和を大切にする心など)があって、はじめて「学ぶ心」が定着してきたと思っています。

 

そして、その心が、明治維新という時代の変化にも活きてきたと思っているわけです。

 

しかし、人間あまりにも物事がうまくいきすぎると、謙虚さを欠く心が強くなる傾向にあります。その結果が大正時代から昭和の初期の時代に現れたのでしょう。

 

その後のことを考えると、敗戦から改めて目が覚め、江戸時代に培った心がよみがえり、目覚ましい勢いで復興が進み、高度成長を成し遂げました。

 

「歴史は繰り返す」という言葉がありますが、それにまたうかれ、バブルに浮かれるということになり、案の定のバブルの崩壊から不景気な時代に入りました。

 

また、その間、「自分さえよかったらいい」というような心は深まり、江戸時代の心づくりの蓄積を根底から崩しかねないようなところまで来ている感じすらいたします。

 

少し、私見が入り、余談になりましたが、話を元に戻すと、最後に皇太子の作文には、「どんな苦しさにも耐え忍んでいけるだけの粘り強さを養い、もっともっとしっかりして明治天皇のように皆から仰がれるようになって、日本を導いていかなければならないと思います」と締めくくられていました。

 

私は、この11歳の頃の天皇陛下の意識レベルの高さには、驚きを感じましたが、しかし、80歳になられた今日まで、このお心をたがえることなく過ごしてこられたのだろうという想像がお姿からにじみ出ていらっしゃることを思い感動を覚えました。

 

やはり、私たちが学ぶところは、日々の心の鍛錬があって、人生があるということであり、うまくいきはじめたり、実績が認められたりした時の心の変質が危ないということです。

 

そのような意味で、心づくりのコンサルタントとして思うのは、どんな良い状況であろうが、悪い状況であっても、そのようなことに関係なく、自分の心づくりに取り組みなから人生を歩むという事が大切と改めて感じたことでした。