月曜日に放映された「こうのとりのゆりかご」というドラマ。熊本の「赤ちゃんポスト」をテーマに、全国で初めて取り組んだ病院の取り組みをドラマにしたものでした。
生んでも育てられない事情がある人や生まれてくる子供の命を救おうと、手を差し伸べた病院の取り組みです。
当然、最初は、非難もあったそうですが、やむにやまれない気持ちからのスタートだったことは、よくわかります。
私たちも不妊治療を続けていた中で、望まれずに生まれてきた子供がいるのなら、その子と一緒に生きていくということもとても有意義なことではないかと思え、岡山ベビー救済協会を通して特別養子制度で戸籍上の実子といたしました。
申し込みをして一か月後には娘を迎えていましたが、生後8日目で、それからというものは、てんやわんやで子育て生活に入り、あっという間の12年でした。(あと数か月で12歳になります)
昨年、毎日新聞社の取材を受け、「困ったことはありましたか?」と質問されましたが、「わが子と定めて育てているので、何もなかったですね」と答える以外ないぐらいで、娘から学んだことはいっぱいありましたが、困らせられたことはまったくありませんでした。
また、告知も三歳になったらしようと思っていましたが、半年前から「ふたりのおかあさんからのおくりもの」という絵本を読んで聞かせ、話しました。その時は、「ふーん」という感じでしたが、この認識は、しっかり生まれ、その後は、家族の会話の中で普通に、生んでくれたお母さんの話や養子であることなどもお互いにするようになっています。
私も数年前から、「私たちは幸せだった」というだけではいけないと思い始め、何か、ご恩返しができないかと考え、このブログでも私たちの壮絶な不妊治療の歩みや特別養子への経緯と手続きの仕方などを公開しました。
そうすることで、私たちの経験が、今、まさに、困っている人の参考になればと思ったからでした。
その後、メールでいろいろ質問をされたり、その結果、私たちと同じ道を選択された方々もいらっしゃいます。
私は、今まで、一つ、ずっと疑問を感じていたことがありました。それは、私のHPの検索履歴を見ても、たくさんの人たちがいまだに探してみてくださっていることがわかります。それなら、もっと、PRすれば、と思っていたのです。ですから、「なぜ、協会は、もっとPRをしないのだろう」と不思議だったのです。
しかし、その疑問は、昨年の新聞社の記者の方との会話でよくわかりました。岡山ベビー救済協会の会長さんは、生まれた赤ちゃんを手放さないといけなくなった親御さんや養親の方々への守秘義務を絶対守らないといけないと、頑なにマスコミなどに顔を出したりPRしたりしないと決めておられると聞きました。
それをお聞きして、「そういうことだったのか」と思いました。確かに協会がしにくいのは、わかりましたから、尚、私たち経験者が自分の体験を伝えていくことが重要なのだと思い、ボランティアとして、また、ご恩返しとして、これからの人生の中で、できるだけ伝えていきたいと思いました。
このドラマを観て、改めて、感じるところがありました。
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