Kさんのお話です。
Kさんは、ご夫婦で町の電気屋さんをされていました。
しかし、時代は、大型店の台頭で町の電気屋さんはまったくの押されぎみでした。
あるとき、大型店のコンビニ展開という企画があり、大型店の営業の人が回ってきました。
あとで聞くと、最初は、幹線道路沿いの店から回っていたそうですが、断られるので、徐々に範囲を広げていっていました。
Kさんの電気屋さんは、幹線道路からは、何本も奥に入り込んだ目立たないところにありました。
話の内容は、今のメーカーの系列をやめて、その大型店の傘下に入らないかということ。
そうすることによって、大型店と同じ価格で製品が売れるようになり、また、町の電気屋さんの利点であるアフターにも力を注げるということでした。
確かに、競争力もつきますし、一見よさそうに思うのですが、なぜ、みんな断っていくのかといいますと、初期費用が相当掛かること、また、今までよりも当然薄利多売を要求されること。もちろん、ロイヤリティーも発生します。
そんなことで、リスクを考えると、いまさら、勇気を出して飛び込む勇気が出なかったのではないかと思います。
それほど、町の電気屋さんは、苦戦しているということでもあります。
Kさんも悩みました。
そんなある日、ご主人と一緒にゴルフコンペに行く道中、相談されました。
「先生、何を基準に決めたらいいんですかねぇ? 」
「それは、お客さんから見てどちらがありがたいかじゃないですか? 」
「わかりました」
そんな簡単なやり取りがありました。
しかし、Kさんは、腹が決まったようでした。
その後、今までのメーカーとの長い付き合いに終止符を打ち、看板も大型店のものに変え、店も改装しました。
一年経ち、二年が過ぎ。
店は、忙しくなりました。
売り上げも、以前とはまったく変わりました。
あきらめていた幹線道路沿いへの店の移転も実現し、また、この商売は、自分たちの代で終わりと思っていましたが、息子さんが参画するようになり、未来が見えてもきました。
新店舗への移転のお祝いの式典のとき、お祝いのスピーチで「K家にとって、この決断をしたとき、確かに歴史が動きました…」と話しました。
しかし、なぜ、あのとき、決断が出来たのかというと、それは、それまで積み重ねてきた長年の日々に答えはありました。
このご家族、お孫さんの代で、PL信仰五代目になります。
「人世のためにお役に立つことがうれしい」という人生観を深めるため、時間をさいて、心のトレーニングとして教会のお手伝いをし続けてきました。
人が見ていようが見ていまいが。
そんな中で培った心境。
それが、人生の方向を決める決断のとき、発揮されたのでした。
私がアドバイスしたからといって、そのような決断ができるとは、限りません。最後は、やはり、ご本人のこれまでの人生の歩みが出てきます。
そういう、地道な人生の積み重ねは、スポットライトがあたりにくいわけですが、実はそこに、鍵があるわけです。
私は、内心、もう一つ「これで救われたな」とうれしく思うことがありました。
それは、Kさんの奥さんの心です。
若い頃、ご主人は、理想に燃えて商売に取り組んでいました。
幹線道路沿いに新しい店を作って、どんどんと商売を拡大していきたいという構想を持っていました。
そして、具体的な話が出たとき、奥さんと意見が違い、結局、奥さんの意見で、取り止めとなりました。
そのとき、最後に言われた一言をずっと、奥さんは、忘れられずにいました。
「あのとき、賛成していたら」
長年、取り返しのつかないことをしたと悔やんでいました。
しかし、一度、崩れてしまったものを修復する手立てがないまま長いときが流れていました。
そんなときに現れてきた展開。
今までどんな思いでいたのかと思うと、「心が救われたな」と思いました。
人生におけるターニングポイント。
それは、どんなシチュエーションで、いつ起こってくるかわかりません。
しかし、そのとき、どんな思いで、どんな決断が出来るのか。
それは、それまでのその人の人生の歩みに答えがあると言っても過言ではないと思います。
自分の欲や利益に生きてきた人は、「どちらが儲かるか」や「どちらが得か」で判断してしまうことになります。
そんなことで、日ごろからどんな心のトレーニングをしているのかがポイントになってくるわけです。