当日、朝早く男性スタッフ3人で出発しました。
岡山から高速道路に乗り、神戸へ。途中、一般車両は通行禁止でしたが、緊急車両は、通行でき、また、優先的に誘導してくれたりして、神戸の街にたどり着きました。
目指していたのは、北区にある消防学校。
ここは、県外からの物資の中継地点でした。つくと、トラックの長い列が学校の前の道路に出来ていました。
お聞きすると、荷物を降ろす指示がでないということでした。この調子で行くと、今日中のことにならないのではないかということでした。
私たちは、一泊するということは、考えておりませんでしたし、こんなところで荷物を降ろすのをまっているのなら、直接、避難所に届けたほうがいいのではないかと思いました。
「これは、本部で相談してみよう」と思い立ちました。
本部に行って見ますと、めまぐるしくスタッフの人たちが走り回っています。
そこで、話してみました。駄目で元々という気持ちが半分ありました。すると、案の定、県外からの物資は、ここまでということ、中継地点から避難所へ配送するトラックが少なく、荷物が校庭に一杯になっていて、これ以上、今の状態では、新たに荷物を下ろせないことを説明されました。
やっぱり、駄目なのかなぁと思いかけましたが、ふと、我々がどんな形でどんなものを持ってきているのか話してみようかな、と思いました。
それで、150品目の物資をリストを作って持ってきており、避難所で必要とされる物資を選んでもらって、それだけ降ろせるようになっていることを話ました。
すると、ここで並んでいるトラックは、すべて、一つの品目の物資を持ってきているということ、そんな形でこられているところは、珍しいということ、そして、前例はないけど、上に話してみると言われ、席をはずされました。
少しして、帰ってこられ、「それでは、このようなケースは、初めてですけど、避難所を回ってくださいますか? 」「回る避難所は、東灘区と灘区でお願いいたします」というお言葉でした。
びっくり、したというのが、率直な感想でした。
その地域の地図をコピーして下さり、避難所にチェックを入れてくれていました。
本部からトラックに戻りました。みんな、新たな意欲が顔に表れていました。
八方塞になっていたのが、一気に視界が広がった感じがしました。
「言ってみるものだなぁ」と思いました。
私は、気づくということは、自分の力で気づいているのではなく、向こうからやってくるものと思っています。
もちろん、それは、自分の力の範疇の外のことですので、それを神の恵みと思ってもいます。
ですから、気づかせていただいたのだから言ってみたという世界でしたが、それが、行き詰っていた状況を打開することにつながりました。
あのとき、みんなも荷物を降ろす指示が出るのを待っているのだし、仕方ないかと、気づいたことを粗末にして動いていなかったらこの日は、あそこで、夜を過ごすことになったかもしれません。あの行動は、まさに、この一日の中でのターニングポイントでした。
私は、この体験を通して、人がどんなことを大切にして動く必要があるのかということを学ばせてもらったと思っています。(つづく)