うちの子供は


まだ五ヶ月の赤ちゃんだ。


男の子。



それにしても


ハイハイができる!


というより、


すでに部屋を縦横無尽に、


奥さんを追っかける。


いろいろ掴んでは


バラバラにする。


掴まり立ちも


そろそろ達成しそうだが、


まだ、倒れてしまい


頭をゴチっと打つ。


そしてなぜか、


僕が裏声を出すと


めっちゃビックリして、


100パー泣く。



まあ~毎日事件を起こしやがる。




とにかく子育てって大変ですなぁ。


ウンコ、オシッコはともかく・・・


腹が減ったときは


どうにもならん。


大暴れ、大泣き、聞く耳など持たず、


頑として、断固飯を要求する。


やはり母親は重要なポジションだ。






まあ・・・それはともかく。


あるとき奥さんの手を見たら、


指輪の両サイドが盛り上がって・・・


というか、指輪が肉にめり込んでいた。


もちろんコレは結婚指輪なんだが、


2個で2万くらいの超安物。


うちらにはコレで調度いい。




僕は最近消耗気味で


痩せてきたんで、


交換を提案してみた。


で、交換してみたら、


ピッタリ、しっくりきた。


まあ、サイズが違うだけなんで


これでよし、となって、


現在も進行中である。(*^.^*)




でもなぁ・・・


いやいや、全く問題ない!


とても幸せであるという証拠だろう。





めんどくさい事・・・


いろいろ押し付けてゴメンな、奥様。


感謝してます。これからも頼みます。



ジャンケンをするという場面で。


相手がチョキを出すことができない、


という極秘情報を得たとする。


それが本当か、ウソか、


当然分からないのだが、


さて、こちらは何を出せば有利になるだろうか?



チョキが出せないという事が


本当であれば、


残りは、パーとグーなのだから


こちらが有利になるためには


当然、パーを出すことになるだろう。


そうすれば、勝ちか引き分けだけになる。


この情報がウソだとすると、


目的は何なのか?



なんだか難しい問題になりそうな感じがする。


もちろんジャンケンが三つ巴であって、


円環、際限なく連なり、結論はでないのだが、


局面が煮詰まり


一回コッキリの、運命を左右しかねない


そんな状況だと仮定すると


やはり、この無限回廊に


陥らざるを得なくなるのでは


ないだろうか?


確率的には、どれでも同等なのだが、


この1回コッキリの勝負に


賭けられているモノによって


勝負の質が、重みが


変わってくる。


無論、これは先に挙げた


極秘情報とは関係ない。


1回勝負で、


勝てば得、負ければ失う、


という状況が作り出す現象であるワケで。


その時に


極秘に得られた情報を


決断の材料として


採用するのか、しないのか・・・


それが問題だ。



・・・・・


そう考えてしまったときに


たぶんもう


勝負は負けているのじゃないだろうか。






勝ちだけが要請されている場面では


この思考パターンは


明らかに甘い。


理屈で考えられる事は


相手にも容易に想像できる。


もし、情報が正しかったとして


チョキが本当に出せなくとも、


本来、不利な状況にあると思われる


相手側が、その弱点をさらすことによって


簡単に引き分けに


持ち込めてしまうのである。


つまり、実は


こちら側もチョキを出しにくい状況に


操作されている、もしくは


場合によっては


チョキに誘導されているのである。



ジャンケンである以上、


結論は当然でない。無限回廊だ。


だが、命がけの勝負になれば


例えば


相手にチョキを出させ、グーで勝つという、


それしかないという状況を


作り上げなくてはならない。


チョキを出すことが最も有利という


仮想の状況で心理を支配し、


安心と満足を与えてあげなくてはならない。


その状況が完成されれば


個人的な、個性的な、


価値観や考え方や習慣や知識などに


関わり無く


チョキが出る。


どうすれば、そう誤解させられるかが


本来の勝負の根幹であって、


決して確率論ではない。


そういう誤解に誘導できた方が、


誘導できた瞬間に、


結果を見るまでも無く、勝つ。


・・・


と、言うことで、キリがないんで


この辺で止めておいて。




・・・さて、これから勝負だ。


ファミレスでのドリンクバーを


どちらが汲みに行くかを決する!!ヾ(。`Д´。)ノ






たまに思う。


例えば


山で遭難とかして、


餓死寸前の10人がいたとする。


そこへ、何かの拍子に


缶詰が一つ発見されたとき


その食料は、奪い合いにならないだろうか?


例えば


金を盗んでもバレない立場にある


人がいたする。


その人がずっと


清廉潔白でいられるのだろうか?


例えば


100人の武装した荒くれ者が、


1人の善人を襲っていたとする。


それを止めようとする人はいるのだろうか?



いやいや、もっともっと


身近な、例えば


親友と呼ぶべき人に


とてつもない幸福が訪れたとする。


一片の邪念なく、心底祝えるだろうか?


また、


とてつもない不幸が訪れたとする。


どこか他人事的な


自分が直面しているワケではないという


気楽さは、微塵もないだろうか?



少なくとも、僕は


こういう疑問に対して


道徳的な、正論的な、性善説的な、


そういう類の結論は、持ち得ない。


そして図々しいことに、


多くの人が、実際の局面に到れば


何だかんだ言っても、


同様であると確信している。



でも、自己嫌悪もしないし、


人間に絶望もしない。


まあ、ヘコんでもしゃーないやん。:*:・( ̄∀ ̄)・:*:


ただ、


善を他人に要求することはできない。


そういう資格がない。(;´▽`A``


自分の子供にどう説明しよう・・・とか


だから法律の必要性とか、罰則とか、


うんぬんっていうのは、とりあえず置いといて。




要は、人間って


1秒でも長く、そして


より有利に生きていこうとしてる訳で。


そういう根源的な欲求が


たぶん地球で最強レベルなはずで。


「人間が全滅してもゴキブリは生き残る」


・・・なんて言う人もいるけど・・・


僕からしたら、


「ゴキブリまでもが全滅しても、人間だけは生き残る」


って思えてしまう。


地球最強の生命力・・・


こんなに矮小、劣弱、卑猥、卑劣、陳腐・・・


あらゆる下等表現の象徴である僕にも


その生命力はあるはず・・・。


自信もない、金もない、地位もない、


プライドも捨てた。・・・しかーし!


まだだ、まだ終わらんよ!


嫌味なくらいに長生きしたる!!ヾ(。`Д´。)ノ



これが世界に対する


僕のささやかな抵抗です。(≧▽≦)