プロ野球を好きになったきっかけってのがありまして。

今も結局、広島カープと中日ドラゴンズ、はたまた福岡ソフトバンクホークス、どれが好きなの?とか聞かれるんですね。

答え言うならどれもほどほどに好きっていうか。
プロ野球全体が盛り上がればいいなと。
本当思ってます。




なんでちょっと今日はプロ野球について。

プロ野球ってもんが好きなんです。

本当に。


最初に好きになったのは、小一のときですね。

当時の全国の小学生と一緒です。
最初は巨人ですね。


原さんが若大将って呼ばれてました。アイドル並の人気で。
80年の日本シリーズかな。

江川投手が胴上げで。あんときは江川さんが大人にすこぶる評判悪かったんですよ。入団でもめて。
でも、小一のときの僕はなんかそれが好きでした。なんかやったらいけんことやったみたいやけど、人間なんかそんなもんやからなぁって思ってたんで。

で、クラスとかでもちょいちょいプロ野球の話が出る時期だったんですね。
原ファンと篠塚ファンに別れてましたね。
篠塚選手の流し打ちね。腰がギリギリ残るやつ。あれはかっこよかったなぁ。


でも、僕は多分ひねくれもんなんです。4歳で僕らを捨てた親父から聞いたんですが、僕、甲賀忍者の末裔なんです。笑っちゃいますよ。この運動神経で?って。まぁ、だからとにかくアンチなんですね。みんなが好きなのが好きにならない。みんなが原だ、篠塚だって時に僕が好きになったのがショートを守ってた河埜
選手。二番バッターでね。しぶいんですよ。だから、最初に買ったバットもゼットので。河埜選手が使ってたからなんですね。久保田利伸さんみたいな顔のね。巨人の背番号5はあんまり大きい選手につけてほしくなかったんです。
清原選手の5番、僕的には抵抗あったんです。
河埜さんのイメージがあって。あとは西本投手。とがってるなと。愛媛出身ったのもデカかったかな。
とにかく雑草みたいな人が好きでした。



でも、甲賀忍者ですから笑

そもそも俺は巨人を好きでいていいのか?ってなるんです。
で、プロ野球選手名鑑を見てね。大分出身の選手調べるわけです。田舎でしたから。そりゃ。大分にコンプレックスあったんですね。ところがあの伝説の稲尾投手、当時はロッテの監督とかだったんですが、稲尾投手が大分だと。しかも漁師町出身で、船を漕いで、足腰鍛えたんだと。神様、仏様、稲尾様ですよ。大分から神や仏と同等の人出たんだと。むちゃくちゃ嬉しくて。こりゃ大分出身の選手応援しようと。それで西武ライオンズの太田卓司選手と日ハムから西武に移籍した高橋直樹投手。こりゃ西武だなと。元々は西鉄ライオンズでそこで稲尾投手も活躍したんだから西武ライオンズ応援しようと。

母親に連れていってもらってた喫茶店である時西武ライオンズが舞台の野球漫画見つけて。それが『セニョール・パ』ってやつで。それ大好きなんですよね。主人公がすぐトルコ風呂、いわゆるソープランドに行くんです。ガキだから詳しくわかんないけど、このトルコってのはあのビートたけしごラジオで言ってたやつかと 笑

なんか繋がるんですよ。自分の好きなもんとそのあたりが。
あとは野球漫画すんげー読み出して『あぶさん』も大好きだから南海とかね。
だから一気にパ・リーグ派になるんですよ。学校で全然話合わない合わない。

それで、親父に呼び出されるの。

確か83年。東京ディズニーランド開園直後。
親父いいとこ見せたかったんでしょうね。復縁とか考えてたんだと思う。ただ母ちゃんが複雑な顔してて。大人って難しいなって思った。あと母ちゃんに悪いから、ずっとディズニーランドでも不機嫌な顔してたな。

それで後楽園球場連れて行ってもらうんです。

巨人対広島。

忘れません。興奮したなぁ。

巨人の選手に声かけまくって。あんとき、4番がレジースミスってやつで。ホワイトっていう黒人選手が好きでしたね。ホワイトで黒人ってので。顔も、その当時の母ちゃんの彼氏、内縁の夫、まぁ俺らの親父代わりの人に似てたんですね。

で、巨人の選手は大変な人気だから。誰も振り向いてくれなかったんです。仕方ないから広島の選手に声かけたら振り向いて手をふってくれて。山本浩二さん、衣笠さん、水谷さん。それで一気に火がつくわけです。

カープの応援歌が僕らが住んでた佐伯市の運動会のときの応援歌で。そういうのも身近に感じて。あれ今考えたら宮島の歌なんです。

なんでそれを大分の人が替え歌にして歌ってたのか。なんか昔から広島とは繋がりが深いみたいで。

方言もそっくりなんです広島弁と佐伯の言葉が。

そっからはもうカープに夢中。

スポーツ用品店でカープの選手のモデルのグローブはめて。バットをお金貯めて買って。少年野球初めてバッティングフォームは山本浩二さん、ピッチングフォームは津田投手。

山崎隆三モデルのローリングスのバット、
高橋慶彦選手の写真集買って毎日観てた。

水谷選手がいなくなって、小早川選手が入ってね。

優勝するんですよ。84年かな。

82年ドラゴンズ倒してライオンズ優勝して。

83年史上最高の日本シリーズが巨人対西武で。何回サヨナラやったかなって。

凄まじい試合ばっかで。
でも西武のスティーブが広岡監督の監視の目を盗んで、ハーバーガー食って怒られたとか、
そういうのでゲラゲラ笑ってた。


漫画の中でも広岡さんが厳しすぎて。
それがいちいち面白かったんですね。

笑ってた。

カープファンでしたね。

またカープの選手がプライベートは全員パンチパーマで。アイパーね。そこも好きだった。なんかあか抜けなくて。

ザ・プロ野球選手って感じで。

高橋慶彦ミズノ、山崎隆三選手はローリングス、意外性の男長嶋清幸選手はゼットとか。

とにかく選手のメーカーが気になって仕方なかった。
だからKKブームになって桑田投手がワールドペガサスって渋いメーカーの使ってて。すげーなと。あとで暴露本でタニマチだったとか知ったときも、あっ人間らしくていいな桑田とか思ってました。

で、カープがね86年にもう一度優勝すんですよ。確か。


それで山本浩二選手引退でね。
で、カープが3連勝するんですね。

そこから4連敗して西武ライオンズに日本一奪われるんです。

あんまりあの年のプロ野球語られないけど、自分にとってはでかいんです。


まず、王手してあと1試合ってなった試合でサヨナラヒット打ったの当時若手の工藤投手。

打たれたのは津田投手でね。なんかいやーな空気流れたんです。当時の西武ライオンズの4番はルーキーの清原。で、秋山選手がホームラン打って、バク転をホームで決めたんです。


なんじゃこれと。


なんか新しい世代がキテる。カープはのまれてるって思ったんです。衣笠さんとか激渋なんですよ。金のネックレスしててね。でも、なんかそういうの全部が急激にダサいなと思いはじめて。


そのあと高橋慶彦選手がトレード出されたりして。
急激にプロ野球熱が冷めていくんですね。

落合さんはロッテ時代から大好きで。しかも落合さんを重宝したのは稲尾さんなんですよね。




高校なったらプロ野球は観るけど夢中にはならなかった。自分が靭帯痛めて野球辞めたのもでかいんですけどね。


そんな僕ですけど、近鉄とロッテのあの最終戦は燃えた。
途中からテレビ中継もあって。巨人と中日の最終戦勝った方が優勝ってのも凄かったけど、近鉄のあの粘りっすね。

あれは本当燃えた。

広島カープだけは試合結果気になってたんですよ。
大分佐伯市出身の野村謙二郎さんが大活躍してて。駒大でしょ。久保田利伸さんと一緒ですから。駒大憧れたなぁ。本当。


でも、ユニフォームが変わったんですよ。カープ。大リーグのレッズみたいなの。でかいCの文字。あれが嫌で嫌で。

フジテレビばっか見てるとヤクルトの選手がえらい人気で。なんかチャラチャラしてんなと 笑 偏見なんですけどね。やっぱり8年代のパ・リーグで育ってますから。

大学のとき、バイト先に今仲さんって先輩がいて。その方の大の阪神ファンで。その人に横浜スタジアムとか神宮連れていってもらって。今仲さん、神奈川出身なんだけど、阪神ファンで。KTVが阪神戦流すとかね。横浜ファンじゃねーんだって。衝撃うけて。のちにじゃぴょん桑折さんも町田出身で阪神ファンって聞いて、神奈川の人って意外に阪神ファン多いんですよね。

阪神戦いくうちに新庄選手とか亀山選手の活躍で大躍進するんですよ。
でもなぜかヤクルト戦、神宮で弱いんですよね。
だからあの傘が揺れながらの東京音頭、あれちょっとトラウマなんですね。
ヤクルトって強いイメージしかないんです。


芸人なって最初の方は全く野球の話しなくなったんです。
必要ないなって。
若いですから、野球詳しいみたいなトークやるより知らない、興味ないみたいな方がカッコいいなと思って。


それで、初めての冠番組がラジオで。

名古屋のCBCの番組で

ダイノジのキスで殺してくれないか?って番組名で。

吉川晃司さんがつけそうなタイトルって大喜利で思いついたやつなんですね。

それは本当楽しくて。
部室みたいなノリで。


やるたんびに人気でたりしてね。

そんときだよね。2003年に阪神が優勝して。空前の星野さん、阪神ファンブームで。にわかの阪神ファンが増えたんだよね。

そんな話を何気なくラジオで喋って。

そこが別れ道でしたね。




続く