上岡龍太郎って芸人がいましてね。


引退しちゃったんですね。


憧れですね。こんな風になりたいっていう。




その具体的な目標というかね。

その上岡さんの本ですね。

引退のコメントがね、



「伝統芸でないものは、これ以上拠り所がない」

っていうね。



そんなに評価されたかったんだって。


意外に驚いた。

よく上岡さんはテレビ論をやってて。そのどれもが秀逸で。



でもご自身こそ、その中と自身の芸の置き所、そのバランスに悩んでいたんかなぁって。

 




 

今は引き受ける人も大好きだけど、

引き受けないことで後世に神格化される人も

僕は大好きで。



 

落語でね。


落語を聴き始めて、やっぱり江戸前が好きなんですね。



それでよしもと入って。

中島らもさんやみうらじゅんさんみたいな面白い関西人知るじゃないですか?


松尾貴史さんとか、キッチュさんね。


そういう人とか、歌詞ってもんに最初に衝撃を与えてくれた町田町蔵、今、町田康ね。



あの人なんかも枝雀師匠を絶賛するわけ。


まずはこれって。笑いにストイックで。


何べんも神社でぶつくさ言ってる枝雀師匠が目撃されてるわけ。



それで上方落語だ!って。

片っ端から借りて聞いてみたんだけど、

これがわからない。


感性が鈍いのか、自分自身が面白くないってだけなのか、とにかく早いし、ギャグみたいなのも矢継早でなんか慣れないんですね。



それがリズムとして身体に入ってこない。


やっぱり志ん朝がいいなぁって。




俺、なんだったら高田文夫さんの

落語が好きで。


 

あの人の「お直し」とかが好きで。


お直し好きだと

そういうのが好きなんですねって

笑われちゃうんだけど。




なんかクサいんでしょうね。

あぁいうのが好きって。人情噺好きだもん。


でも本当凄まじいと思ってて



談志師匠の本とかは大学の頃読んでて。


ところが初めて志ん朝師匠の落語を聴いたときにこれだって思って。


まぁとにかく上方、関西の”おもろいもん”っていうもののなんですかね、同調圧力みたいなもん感じるんですかね。


あれに上手く身体(脳みそ)が追いついていかないわけです。



で、自分は本格的に才能ないなぁって悩んだりね。


ありましたね、そういう時間ね。



で、その枝雀師匠は上岡さんに”何がやりたいんや!?”って言ったみたいなね。



そういうところがあって。

それは凄いわかるような。



なんかまるっきりイデオロギーが違うしね。


でいうと僕は全然上岡さん派なんですね。

あぁいう喋りがしたいなって思いますよ。


ただ今は毒舌を喋らないようにしてるんで。


というより毒はかしこくないとできないだろうし。僕じゃ無理でしょ。



 

上岡さんのそれは説明とか状況描写で画が浮かぶっていうより・・・リズムが好きなんですね。


その心地よさでこちらが脳みそにドーパミンみたいなの出て、

気づいたらスーッとお話しに入って来るというか。



 

音楽的な話なんですね。

僕には心地いいんですね。



 

霊能力者とのバトルも最高で。


人が死んだら死後の世界ってのがあって、そういうの信じない人は呪い殺されますよとか言ってた人に、あほかと。



だったら広島行って来い!って言うわけです。

で、あの日死にたくないのに殺された人が10万人近くいると。

もしお前の言うとおり、恨みってのがあるなら、

なんでバースはあんなに広島市民球場でホームラン打てるんや!

ってこう言うわけですよ。



 

これがですね、当時多感なボクにとってはなかなかの衝撃で。


おんもしれえなぁって。


今も怪談噺とか得意だけど、


正直霊の世界が本当であろうか、間違いであろうかどうでもいいと思ってて。



面白ければそっちが正しいなんて不謹慎なこと考えるんですね。



でも占いやゲン担ぎってのは大好きでね。

それを真に受ける自分に笑ってしまうんですね。

今もフェイスブックのTL上に湘南乃風のSHOCK EYEさんが2万人に1人のパワースポット的な人らしく、それで待ち受けにするといいことがあるよって、そういう記事を見てね。


やるやらないっていうよりやるんですね。



面白いじゃないですか、

そこに彼の写真があるってのが。





自分にとっては。

そういう無駄なエネルギーはすぐに投入する。

というより信じる、真に受ける自分もそこにいるんですね。



でも考え方として上岡さんの考え方が面白いんですね。

 

 

 

上岡さんのそういう、なんていうのかアクの強さはあるんだけど、

最短距離で確信をつく感じが好きっていうね。それはユーモアやろと。それこそ関西の人が言うおもろいってやつなんかなと。

 

 

話芸ってのはやたらとオチをつける、オトスってことだけではなく、

理解がしづいらい人にもわかりやすく伝えたり、その軽妙さがやがて心地いいリズムになって引き込まれる芸だと思ってましね。

好きなんです。

 

で、この本読むとこの人の芸がどんだけすごかったか再確認できるし、更に付録にあるCDなんかは本当に貴重で、話芸はソフト化されてないから、芸人やってる人は一読をオススメしたい。

 

でもって、ここにあるひとり会における話芸のライブ、これをまんまの構成でやれないかなぁって。講談に近いのかな。「無法松の一生」。鳥肌もんの面白さですね。



もちろん内容を変えて。

評伝玉置浩二とかやってみたいかな。

野望というか夢があります。



 

最近テレビや劇場について思うことも沢山あるしね。

お笑い芸人ってもん、その本質って何かって壁ですね。

ぶつかってる。不良だから体制は嫌いだけど、体制と寄り添いながらできる新しい成功もあんではないかと。

あんまりいいことないんとも思ってるけど。諦めたらそこで終わりですし。

 

上岡さんはちゃんと自分が磨くべき話芸という選択をしてるわけですよね。

 

褒められたかったっていうのは上岡さんの意見でなく、

やはり評論家の方の私見なんですけどね。

 

 

上岡さんの史跡に迫った傑作本でありながら、ひとりの芸人として美学を優先した男の物語、矜持の本ではないかなと。

 







最高ですよ。鳥肌もんですね。西の上岡、東のタモリっていうね。

弔辞の挨拶っていうかね。

ただこれ相当練習してたってエピソードがあってね。そこが好きなんです。

この人ほど、芸人としてケレン味を持っていた人いないんじゃないかって。

 

 

 

 

 

上岡龍太郎 話芸一代

戸田学さん著です。素晴らしいです。

 

 

大事に大事にしたい本です。