「俺らとエレファントカシマシ」

「大地のシンフォニー」というエレファントカシマシ(以下、エレカシ)の曲がある。




YouTube: エレファントカシマシ - 大地のシンフォニー (Short ver.)

ストリングスを使った壮大で大陸的なバラード。

本当エレカシのメロディーって最高だ。それに歌が伸びやか。歌のうまさってもはや、ピッチや音程の正確さより、僕にとっては声の質感だったり、エモーショナルなもんであったり、ようするに届くかどうかってことなんだけど、でもでもここで言う届くってのは沢山音楽を聴いて、それこそ音程やピッチが正確かどうか検証しまくって、さらにコード進行やBPMなんかもできる限り調べてみて、そうやって分解して解析して、沢山の音楽をそういう聴き方をしたうえで、で、俺ってどんなボーカルが好きなのかってことで。

例えば真心ブラザーズのYO-KINGさんや美空ひばりさん(ジャズカバー最高)




YouTube: 君は薔薇より美しい-布施 明

それに布施明さんとかも好きですね。あとはちあきなおみさん。

CDでごっそり集めてます。

そんな中、このエレカシの宮本さんも歴史に残る歌い手というかね。

もちろんそれだけじゃなくて、バンドとして好きなんですね。エレカシは。

赤羽の同級生、それこそ幼馴染が運命共同体として、続けていって物語、っていうとBUMP OF CHICKENとかもそうなんですけど、なんかエレカシは男臭いでしょ?

あのもがいてる感じが全面にでてるのがね、なんか勇気をくれるっていうかね。

ブルースみたいな伝わり方したりすんですね。

近年、バンドとしての表現方法の幅が広がり、それを説得力あるサウンドにできるスキルの向上はさすがと言うしかないですね。

私が相方大地と吉本で芸人を始めたのは1994年のことでした。

劇場でさっぱりウケない自分は芸人はやっぱり難しい、この世界はムイてないんではないかと自問自答する毎日であった。

そんなあまくないなって。

そんなとき、下北沢シェルターでエレカシのライブを観たんですね。

上京してから奴隷天国ツアーで初めてエレカシのライブを観たんですが、とにかく軍隊、それこそ北朝鮮の軍の集会みたいな。男らしいから好きだったんだけど、全員お客も男で腕組んで観てるんです。これは嫌だったなぁ。虚勢だなと思ったんですね。いや、それはそれでいいんでしょうけど、それがレベル高いと思わなかった。もっとエンターテイメントでいいのにって思って。そういうこと言うのも憚れる空気で。

それでしばらくライブにも足を運ばなくなってたんですが、次作の「東京の空」がめちゃくちゃよくて、それこそ開かれまくった内容で。いまだに引っ張り出して聴きますね。これ。

ちなみに僕らの漫才の出囃子、最初はこのアルバムの一曲目

「この世は最高」




YouTube: この世は最高! ≡ エレファントカシマシ

近藤等則さんのトランペットが鳴り響く「東京の空」なんかは、僕ねエレカシのセカンドの「待つ男」が超好きで、それと同じ匂いがしてるにもかかわらずちゃんとサウンドが進化してるなって。セカンドやサード、それから「生活」のエレカシって、実は好きすぎる聴き手のかたくなな思いがどんどんエレカシ自体の表現を画一化、膠着化していってるような気がしてたりしてたんですね。僕はそういうエレカシも本当大好きなんだけど、実はメロディーメーカーとしての素晴らしさ、そこが好きだったんです。これはミシェル・ガン・エレファントのチバさんにも共通してます。生き様や発言やルックス、そういうのはとても大事なんだけど、普通に曲がいいじゃん、人懐っこいメロディやんっていうのを、まぁ友達なんかと喋っててもやたらと強調するっていうね。うざいっすねぇ(笑)



『涙』


この歌詞とか本当好きで。

メロディも最高でしょ?

昔は単独ライブの最後はこれで客出ししてた。

あっ、今もやろうかな(笑)



で、ロッキンオンジャパンを読んでたら、この「東京の空」から宮本がお客を煽りだしたって。MCしたりね。びっくりした、本当かいなって。逆に気持ち悪いなぁって思いつつ、ちょっとライブ行ってみたいなって思ってたんですね。

ところがそれでエレカシはメジャー契約が切れるんです。

当時はそういう場合、解散したりするバンドがほとんどだったように思います。

ただエレカシは状態もいい、新しいモードだったんですね。

メジャーではなくなったエレカシはバンドを辞めずにライブハウスで一から活動を再開していたんです。

そんとき僕は芸人なりたててで、まぁうけないうけない。

きつかったなぁ。やる前は自信満々なんです。

すぐに売れるって思ってた。当時、ダウンタウンさんが若者のカリスマで。僕は高校時代、ヤンタンをかじりづいて聴いてたから、まぁ周りのみんなより、最初からわかってたんだよ、俺はセンスがいい、とか思ってて。自意識過剰でしょ?でも当時のお笑い志望の子なんてみんなそうだった。松本さんの真似しかしてないのに、自分も松っちゃん(松本さん)と同じくらい才能があると確信してた。僕なんて三か月で松本さんと同じ外車に乗るつもりでしたから。

だからビックリした。

こんな笑いってとれないもんかって。一気に現実見るわけです。

挫折でしたね。やっぱりそうかって。まぁうすうす気づいてたんです。

でも彼女とかが褒めてくれるもんだから、その気になってた。間抜けでしたね。

大学卒業して、自分にはなんの肩書もない。笑いもとれてないもんだから芸人って言っていいのか。

金もないしね。夢しかないわけ。でも、わかるじゃん。あっ、これは無理だなって。

毎日アルバイトして、映画館で映画を観て、ジャンパーに手を突っ込んで、背中丸めて、青梅街道を歩く。本人は「タクシードライバー」のトラビスのつもりなんです。自意識は過剰だからね。

そんな中、ぴあのコンサート情報にあった下北沢シェルターの出演欄の

”エレファントカシマシ”

という文字。えっ?????

下北沢シェルターは180人くらいのキャパのハコで、それまでホールとかでライブをやっていたエレカシが出演するような場所じゃないなと。コピーバンドかなって思いましたよ。

これはのちに実際あった話なんだけど、ホフディランがリキッドでライブやったとき、本当にボブディランファンが駆けつけて、いつディランが出てくるか待ち続けたっていう。そういう類のもんだと思ったんですね。

で、シェルターに問い合わせしたらエレカシだったんです。

で、すぐにチケットとって。

当日はギューギューでしたよ。でも、あとでイースタンユースの極東最前線でシェルターに通い詰めることになるんだけど、そんときの方がキツかったかな。だから売り切れじゃなかったのかもなぁ。

身動きはとれないようなフロアで観たエレカシは何もかもが新鮮でした。宮本はひたすら動いてました。でも、全部ぎこちない。もうね、原始人でしたね。ウパーッって叫んでいる感じ。ただ圧倒的なエネルギーを感じました。お客は踊ってなかった。戸惑っているお客さんもいたし。でもとっても音楽的なライブだった。で、新曲やったんです。

「悲しみの果て」




YouTube: エレファントカシマシ - 悲しみの果て

びっくりした。エモーショナルで前向きで、でもやっぱりちょっとシニカルで哀愁があって。

前向きな歌?本当かよ!!

最強だ。これは絶対いろんな奴がやられるぞ!エレカシの大逆襲始まるぞって。

どうだ!これが宮本だ!これがエレカシだよ!!ばかやろうめ!!

すがすがしい気持ちになった。

エレカシが好きになった、そんとき。僕は高校一年生、いやギリで中学三年生か。

春休みだったかな。クラスのみんなはボウイやレベッカやブルーハーツに夢中。

僕は僕だけのバンドがほしかった。深夜番組に出てきた粗野で暴力的な男たち。

こいつらだ。友達に勧めても、誰もいいねって言わない(笑)

でも絶対にこれだって思った。「ファイティングマン」「花男」これは俺の歌だと思った。

この日、アンコールにも応えた。

グッときた。だってアンコールなんてやるバンドじゃなかったもの、僕の知るエレカシは。

アンコールで披露された「花男」の”奴らを笑ってわはははは”のとこで涙腺が決壊した。

俺は芸人やったるぞ、何回でもやり直ししてやるど。

芸人っていうものをできる、できないは俺が決めるのだ。俺がそうだと思ってる限り、

ずっとしがみついたるからな。




YouTube: 花男

そして初めての単独ライブのときにネタが終わったらこの曲がかかるんだとそん時決めた。

僕らが初めて単独ライブをやったのは1997年。

それから3年かかった。

タイトルは「花男」。

2回目は「太陽ギラギラ」

3回目は「珍奇男」ならぬ「珍奇天使」・・これは後楽園で天使をやっていたから。

そう、全てエレカシの曲のタイトルからだ(笑)

そして全国ツアー「俺道」のとき、エレカシが同じタイミングで「俺の道」というタイトルのアルバムを発表した。

これに関しては俺はそんなタイトルをつけるとしらなかった。そ、俺は気づいたら追い抜かしてたんだ(笑)

俺は思った・・・俺とエレカシはシンクロしてる!!

もはや、俺らとエレカシは一心同体だ!と。

そしてそして冒頭に書いた「大地のシンフォニー」にはついに相方の名前が!

”おおちのシンフォニー”

勝手ながらこう読ませてもらった。

一番最初の単独ライブのエンディング、

「花男」が爆音で銀座7丁目劇場に鳴り響く。

ざまぁみろと俺はつぶやいた。

そっからもう15年。エレカシも俺らダイノジもまだまだやってる。

宮本さんがちょっと休憩してるけど、なぁに絶対にエレカシは戻ってくる。

知ってるもん。彼らがどんな茨の道を歩き続けたバンドか。どんなに俺らに勇気を与えてくれたか。

そして、3月19日深夜、俺は自身のやっているDJのパーティーで、下北沢シェルターのステージにたつ。もちろんエレカシやイースタン、ファウル、ブッチャーズ、コーパス、あの頃、足繁く通ったバンドの曲を絡めながら、昔を思い返しながら、ゆるりとやるつもりだ。

ただおおちのシンフォニーっていうとあいつの無呼吸睡眠の合間のいびきしか思いつかないけどね(笑)