自分で作詞作曲した歌を唄うなんて、今でこそ当たり前のことだが、当時はそれをやってみるなんて誰も怖くてできなかったところ、それまで外国のシャンソンを唄っていた美輪明宏さんがやり始めたそうだ。

 

彼(彼女?)が元祖シンガソングライターと呼ばれるゆえんだ。

ただし彼の作る歌はどれも暗く、いずれもヒットしなかった。

その時代を美輪さんは、他人の優しさによりかかっていた時代と回顧します。

 

 

 

ではなぜ美輪さんはそんな歌をつむぎだしたのか?

 

時は神武景気。美輪さんの美貌は神武以来の美少年とうたわれ、性別を超えた華やかなスタイルで映画や舞台に引っ張りだこでした。ところが、異常なまでに盛り上がった美輪さんの人気はわずか数年しか続きませんでした。60年に入ると、土地・株が暴落。多額の借金だけが残りました。落ちぶれたスターと呼ばれ、地方巡業の仕事ばかりとなった美輪さん。そんな時、ある炭鉱の町で舞台に立ちます。

 「穴ぼこだらけの舞台に何度か細いハイヒールのかかとをめり込ませながら、あきらめ顔、ヤケッパチで歌っていたら、すぐ足元まで鈴なりになっている老若男女の顔、顔、顔の絵巻を見た時に、私は言いようのない戦りつを受けた。私は何をしているのだろう。この人たちの命を削って得た金で鼻歌を歌っているのだ。私はにわかに自分の贅沢に着飾ったクジャクのようなザマが異様な道化師のように思えた。最後まで必死に努めるのがやっとだった。」

 美輪さんの胸に、小学生の頃に見た光景がよみがえりました。家族のために汗まみれになって働く母親たちの姿です。美輪さんはその想い出を曲にし、きらびやかな衣装やメイクを取り去って歌い始めました。その時に出来た作品がこの「ヨイトマケの唄」でした。
 (NHK放送「美輪明宏・一番美しいもの」より)  
 

 

「ヨイトマケの唄」

 

【作詞】丸山明宏
【作曲】丸山明宏

 

 

父ちゃんのためなら エンヤコラ
母ちゃんのためなら エンヤコラ
もひとつおまけに  エンヤコラ

1.今も聞こえる ヨイトマケの唄
  今も聞こえる あの子守唄
  工事現場の昼休み
  たばこふかして 目を閉じりゃ
  聞こえてくるよ あの唄が
  働く土方の あの唄が
  貧しい土方の あの唄が

2.子供の頃に小学校で
  ヨイトマケの子供 きたない子供と
  いじめぬかれて はやされて
  くやし涙に暮れながら
  泣いて帰った道すがら
  母ちゃんの働くとこを見た
  母ちゃんの働くとこを見た

3.姉さんかぶりで 泥にまみれて
  日にやけながら 汗を流して
  男に混じって ツナを引き
  天に向かって 声をあげて
  力の限り 唄ってた
  母ちゃんの働くとこを見た
  母ちゃんの働くとこを見た

4.なぐさめてもらおう 抱いてもらおうと
  息をはずませ 帰ってはきたが
  母ちゃんの姿 見たときに
  泣いた涙も忘れ果て
  帰って行ったよ 学校へ
  勉強するよと言いながら
  勉強するよと言いながら

5.あれから何年経ったことだろう
  高校も出たし大学も出た
  今じゃ機械の世の中で
  おまけに僕はエンジニア
  苦労苦労で死んでった
  母ちゃん見てくれ この姿
  母ちゃん見てくれ この姿

6.何度か僕もぐれかけたけど
  やくざな道は踏まずに済んだ
  どんなきれいな唄よりも
  どんなきれいな声よりも
  僕を励ましなぐさめた
  母ちゃんの唄こそ 世界一
  母ちゃんの唄こそ 世界一

今も聞こえる ヨイトマケの唄
今も聞こえる あの子守唄
父ちゃんのためなら エンヤコラ
子どものためなら エンヤコラ

 

 

ある日テレビ番組への出演が決まり、全国放送で「ヨイトマケの唄」が流れる。そして、このたった一度だけのテレビ放映を聞いた視聴者から、テレビ局には2万通もの感動の言葉と再放映を求める手紙が舞い込んだそうだ。


当時、美輪のところにある母娘が感謝の言葉を伝えに来た。小学生の娘は、下校時に土方仕事をやる母親の姿を友達に見られ、バカにされるのをいやがっていた。そこで母親は仕方なく、下校時間には物陰にコソコソと隠れていたという。

しかし、テレビで美輪の「ヨイトマケの歌」を耳にした娘は、じっと画面を見つめて歌に聴き入り、最後には涙を流しながら母親に頭を下げ、これまでのことを詫びた。
これからは、働く母親を自分は恥ずかしがることはない、友 だちにバカにされても気にしない、私のために働いてくれる母親を誇りに思うと。

(広辞林によると「ヨイトマケの歌」のよいとまけとは、建築で
地固めのときに重い槌を数人で上げ下げする労働のことだそうで、思い槌を引っ張って巻き上げる時に「よいと巻け」と掛け声をかけたことが語源だとか。この作業は主に女性が従事していたため、「よいとまけ=土木作業に従事する女性」という意味を持ったそうです。歌詞の中に「土方」という言葉があったため、それを差別用語と捉えた知識人や学者によってこの歌は放送禁止の憂き目に。)

 

 

いろんなホームページで得た情報がこれだ。

 

 

なんでまた「ヨイトマケの唄」なんだといわれたら、今毎日、

この「ヨイトマケの唄」をカバーした曲を収録した大西ユカリと新世界のアルバム「昭和残唱」を聴いているからだ。

 

それ聴きながら、気がつくと毎日泣いてる。

ええ唄だなぁって。

(ちなみに「ヨイトマケの唄」は桑田圭祐さんや泉谷しげるさんや槇原敬之さんがカバーしていますね)

 

 

 

僕も母子家庭で水商売で汗水たらしながら母ちゃんに育ててもらった。

小学生の頃は苗字が変わったり、狭い家に住んでいたことで、いじめられもしたし、馬鹿にもされた。

 

まぁそれが子どももできて、ある程度食うに困らない程度に仕事もできて、そこそこ生きていけるのだからたまらない。

 

当たり前だが母ちゃんを恥ずかしいなんて思ったことはない。

これからも一生ない。

 

産まれたばかりの俺を大事そうに抱きかかえる母ちゃん。

俺と弟を抱きかかえて、逃げた旦那を追いかけもせず、生きていくよと覚悟を決めた母ちゃん。

夜の街へと働きにいく母ちゃんを眠い目こすって待ち続けた。

 

母ちゃんがいたから今も生きていけてる、俺は。

 

 

金はなかったが、そんな風に親を誇りに思えただけでいいじゃない?

そんな気持ちは金では買えない財産だとつくづく思うもの。

こんな道徳の授業みたいな考えが、俺は今いちいちかっこいいと思う。

奇麗事やと言いたいものは言え。

奇麗事を守って、死ぬまで誇りを捨てずに人生をまっとうすればいいのである。

 

 

 

弱さを認めて、共感と共有だけでは駄目なんだよなぁっと改めて、弱い自分に言い聞かせてみる。

 

しかし、自分の貧乏話は笑えないなぁ。

これはかっこ悪いね。いちいち深刻に書くしね。

俺、貧乏でも親に甘えていたもんね。

母子家庭なりの過保護だたんだよねぇ。

 

駄目だなこりゃ。

麒麟の田村の偉大さを見習わなきゃ。

あいつは本当かっこいいよね。

あぁいうのこそ勇気を与えるものだ。

 

 

 

 

 

 

さぁて明日も明後日も明々後日もしんどいスケジュールが続くけど、

 

 

 

嫁っ子のためならエンヤコ~ラ

ビバ彦のためならエンヤコ~ラ

 

実家に残した家族のためにもエンヤコ~ラ

 

 

 

 

ばりばりやりますか!!!これ聴きながら。

 

 

 


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