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everyday、ひとりごと

毎日、思ったこと感じたことを思うがまま…デス

小さなものから大きなものまでいろいろあり。


今一番やりたくないのがマイナンバーカードに関すること。

私自身の更新はまだいいが、問題は父のマイナンバーカード。全て私が悪いのだが、暗証番号がロックされてしまい、マイナ保険証として使えなくなった。


仕方なく実家の地元の役所に電話して、どうすればいいかを聞いた。


①父のマイナンバーカード、マイナンバーカード以外の本人確認書類。計2点。


②代理人である私のマイナンバーカード、マイナンバーカード以外の本人確認書類。計2点。


ここで私は疑問を持った。マイナンバーカードを作るときによく聞いたのは、これ一枚あれば他に本人確認書類は必要ないという話。


何でもう1種類必要なんですかと電話の向こうの担当者に質問した。最初の答。「国がそういう指定をしているから」。でも、本人確認書類は写真があって、住所氏名が印刷されていればいい。運転免許証やパスポートが分かりやすい例だ。マイナンバーカードはその条件を満たしているのに、もう1種類書類が必要なのは納得できないと更に質問した。担当者は推測ですがと前置きした上で、2種類用意させることで偽造防止したいんだと思いますと言った。


釈然としないがこれ以上言っても仕方ないし、そもそも私がロックされるようなことをしたのがいけないから、ここはひとまず引き下がる。


とにかく①と②を揃えて、委任状を持って役所の窓口へ行く。委任状に父の氏名と住所を自筆でと言われ、高齢の父は書けない(これは事実)。何とか名前だけでもと言われたが…。


書類一式提出して、1~2週間後、自宅に書類が届くからそれに従って手続きをしに再度役所に行く。自宅というのは私の実家。誰もいないから、定期的にポストのチェックに行かなくてはならない。


再度行って問題がなければ、ようやく暗証番号の再設定を行えるという次第だ。


で、結論。まだ委任状すら作成していない。委任状のフォーマットも探していない。このところの忙しさと疲れでやる気ゼロ。但し、いつまでも放っておくとますます面倒になるから、年明けの宿題としてここに書いておく。


自分の趣味でやりたいことはいろいろあるけど、少しずつ進めて行きたい。大ジャンプではなく、歩みを止めないやり方で行こうと思う。


年明けには術後5年の精密検査。意識しないと言えば嘘になる。無事にクリアすると決めて、それに向けてコンディションを整えて行こう。


これにて本年のブログは千秋楽。お立ち寄りいただいた皆様、ありがとうございました。


来年もよろしくお願いいたします。



9日に亡くなられた小倉智昭さんの追悼番組。フジテレビでは14日に放映されたが、関西テレビでは昨日ようやく見られた。もっとも、放映されない地域がいくつかあったそうなので、見られただけで十分ありがたい。


録画しておいた番組を午後から一人で見た。もし涙が出たとしても、一人なら安心だと思って。結論を先に言おう。ほとんど泣かなかった。


むしろ、生き生きと語り、動く小倉さんの映像に私が力をもらった。オリンピックの取材、著名人へのインタビュー、東日本大震災の被災地への訪問等々。故田村正和氏へのインタビューは驚いた。田村氏はあまりご自身のことを語らないイメージがあったが、しっかりと俳優としてのルーツを語られていた。小倉さんだから話されたのかもと思う。


被災地で取材を受けて下さった方々とその後も交流を続ける姿。感謝の思いがあるからこそできるんだろうなあ。その中のお一方と2021年に会われた映像を見ると、小倉さんが病と戦っていたことを忘れてしまいそうになった。しっかりした足取りで力強く語られていたから。


余計な演出はなく、映像が雄弁に語りかけて来る番組だった。


全てのスタッフの皆様、ナレーションを担当された伊藤アナウンサー、梅津アナウンサー、佐々木アナウンサー、そして笠井アナウンサーに感謝致します。ありがとうございました。


改めて小倉智昭さんのご冥福を祈ります。


朝、NHKのニュースを見ていたら訃報が。

小倉智昭さんが亡くなられた。小倉さんの肩書きはと思って調べたら、沢山書いてあったな。

私の中ではフジテレビの朝の情報番組「情報プレゼンターとくダネ!」のメインMCという印象があまりに強い。

「とくダネ!」は息子が小学校入学と同時に始まって、小学校が近いから息子は小倉さんのオープニングトークを聞いてから出かけていた。夏休みは親子で最後まで見ていた。

小倉さんの歯に衣着せぬコメントに、大人の私はここまで言っていいのかと思う時もあったが、息子は納得できるらしくうなずいて聞いていた。

彼はアナウンサーの笠井信輔さんと佐々木恭子さん、気象予報士の天達武史さんのことを、小倉さんが呼びかける呼び名で覚えてしまい、いまだにテレビで見かけると「笠井くん」、「恭子ちゃん」「あまたつ!」と言っている。

2016年に膀胱がんを公表されてから、ずっとがんと向き合って来られていた。最初の頃は、そんな大変な治療や手術をしても必ず復帰される姿に驚きしかなかった。いざ、自分ががんになって、じっとしていたらがんにマウント取られちゃうと感じてからは、小倉さんは仕事をすることでマウントを跳ね返しているんだと思うようになった。

複数箇所に転移し、治療の手立てが見つからないとのことで家に帰り、昨日亡くなられたとのこと。

フジテレビの「めざまし8」で小倉さんの足跡をたどって下さり感謝。笠井アナウンサー、佐々木アナウンサーもいらっしゃって、当時の画面を見ているような気がして思わず泣けた。

小倉さんの奥様、関係者の皆様にお悔やみ申し上げます。小倉さん、今は少しゆっくりなさってください。