コンサートホールで考えた | everyday、ひとりごと

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毎日、思ったこと感じたことを思うがまま…デス

昨日に続いて、13日に行ったコンサートホールでの事を書く。


場内は音響もよく、内装も落ち着いた感があった。だが、開演間近を知らせるアナウンスがあっても、人がなかなか中に入って来ないのには、驚いた。

演奏中に物を落として、前の座席の人の所に降らせた!?人、双眼鏡を出したくてカバンを開けたいが、なかなか開かずに必死で引っ張って声が出てしまっている人、お茶をグイグイ飲む人、くしゃみが止まらない人ありで、事前に私が心配していた咳などは、どうということもなかった(笑)。

とどめには携帯を鳴らす人までいて、何なんだ!?と思ってしまった。せめて、マナーモードだろう。

この辺りの事を書くときりがないので、終わりにしたい。

私が考えたことは…

第一部のJ.S.バッハ「イタリア協奏曲」は3つの楽章で構成されているが、楽章と楽章の間に拍手をする人がかなりいたのに驚いた。

私は拍手をしなかったのだが。


一応、プログラムには「楽章間の拍手は、慣例によりご遠慮下さい」といった内容が書いてあった。

「慣例」…。これは、なかなか謎めいている。クラシックにあまりなじみがない夫は、私がかなり前に話をしたことがあり、拍手はしなかったが、楽章間の拍手はなぜだめなのかよくわからないという。


私自身は、父がよくN響アワーなどクラシックの番組を見ていて、それを見て自然に「拍手は最後にまとめてやるんやなあ」と思うようになっていたし、ピアノの先生にも楽章間の拍手はしないと教えられた。


今回、少しインターネットや本を調べたが、長い時間をかけて、各地で出来上がってきた習慣のようである。

私がもし弾く立場なら。

緊張しやすい私は、拍手をいただいたら、そこでホッとして力が抜けて(笑)、次がしまりのない演奏になるかもしれないので、なしの方がありがたいかなあ。


でも、ある楽章がすごく素晴らしくて、次の楽章の前にどうしても拍手してしまったなら…?


今の所は、やっぱり気まずいかも知れない。


でも、感動した人がたくさんいれば自然発生で広がるのではないか。


アーティストによって、「拍手OK」、「拍手厳禁」とプログラムやチケットに書いてあれば、一番いいのだけれど。

となると、今回はプログラムに「ご遠慮」と書いてあったのだから、拍手はやはりしてはいけなかったのだろう。

クラシックのマナー(のようなもの)が難しいから、聴きに行きたくないという人もいるが、一つひとつの意味を広める必要があるかもしれない。

意味を知れば、もっと気を楽に持って音に触れることができると思うから。

皆さんはいかがだろうか。