計画通り。
1年目には意識が違うトレーニングの取組みが身体に現れはじめ、勝負に対しての気持ちの入り方が他の選手達とは次元の違うものに変わっていました。


またこの1年目には東海近畿高校代表合宿(大阪)の参加が彼女の大きな成長ポイントになったのです。合宿中、共にトレーニングに励み宿舎生活をした1つ年上の2人のスプリンター

三重の宇治山田商業高校(橋爪選手 沖縄インターハイ100m2位&200m2位)

京都の洛北高校(伊達選手 沖縄インターハイ200m4位)

との出会いが彼女を変えるきっかけとなったのは間違いない事です。
全国クラスの2人の選手からモチベーションそして競技に対する意識の高さを学ぶ事ができました。


高校1年目のシーズンで彼女は、身体も、心も、高校の陸上界で勝負できる選手へと大きく生まれ変わったのです。

私はこれで2年目は勝負できると確信したのです。
3年間計画を立てた私はすぐに計画を彼女と話し合い実行していきました。

3年間計画はまず彼女と指導者の私との目標を明確に1つに定める事が大切で、それからいくつかの課題を2人でクリアーしていき、その目標に向けて一寸の狂いも無いスケジュールをこなしていく事でした。


目標はこの3つ
《100mインターハイ出場》
《岐阜清流国体出場》
《全国の表彰台に立つ》


3年間計画の1年目のポイントは経験です。いろいろなレースの経験から中学の陸上では勝つ事のできない高校の陸上を学ぶ事をポイントにする。
①トレーニング1つ1つに対する取組み方
②調整能力
③絶対的集中力の獲得
④勝負に対する大切さ
これを1年目で学び確実なものにする事。


そして課題としたターゲットとなるレースは2年目のこの3つ。
①東海高校総体100m決勝進出。
②県高校新人戦で100m優勝。
③東海高校新人戦で100m優勝。
目標としてはこの課題をクリアーできなければインターハイへの道は無いと思わなくてはイケないと私は決して彼女には高くは無い課題を与えました。
ある選手との出会いからアドバイスをしてわずか2週間後の事でした。


県内で2日間行われる春季選手権。
《県レベルの大会です》
私は1日目の200mレース前に彼女にもう1つのアドバイスを送ると見事に大幅自己新と決勝で2位を獲得しました。
2日目は100mで2週間前と前日のアドバイスを取り入れどのくらい身体で表現できるかな??程度で見ていました。
すると予選から今季からなかなか出なかった100mのタイムがいとも簡単に出てしまい良い形で決勝へ進む事ができました。決勝はその2つのアドバイスを確認してあとは集中する事だけを伝えて送り出すと、決勝は見事に12秒34と大幅自己新に優勝がついてきました。
高校1年生女子のタイムとしてはかなり評価は高いと思います。


このレースをきっかけに私はこの選手を必ず3年間かけて全国クラスの選手に育てあげなければいけない…。そう思ったのは私だけと思いますが、選手生活にピリオドを打った決意でもありました。


岐阜県のスプリント種目はここ数年、東海総体を勝ち抜けずインターハイへ行けないまま惨敗していました。特に女子100mにおいては2006年以来インターハイへは出場しておらず。東海地区からも厳しい言葉を聞いていました。


そう…2012年に行われる地元岐阜清流国体はどうなるのか。


このままではイケない。


この選手をきっかけに岐阜県のスプリントが変わらなくては。



まずは1人でいい。
100mでインターハイ選手を出さなくてはずっとこのままだ…。



扉を開くのはこの娘しかいない。



と私は、一寸の狂いもない3年間計画を立てて彼女に全てを託してみたのです。