8月末の事でした。


一本の電話が鳴りました。


選手からでした。



内容は…
「ぎふ清流国体 少年Aクラス 女子100m & 成年少年共通4×100mリレー の代表に選ばれました。」 との事でした。


私としては彼女を全国高校総体はもちろん、国体へも出場させなければイケない思いもありました。また今年は地元国体という特別な年でもあり最高の晴れ舞台となる国体です。

私がなぜ国体にこだわるのかといえば、それは彼女にとっても競技生活で近年毎年のように国体の座をあと一歩のところで逃していた姿を見てきたからでしょう。

彼女が高校1年時には12秒34で走りながらも、他校の同学年の選手がこの記録を上回る12秒2台の好タイムで走られてしまい、少年Bクラスの代表には選ばれませんでした。
さらに高校2年時には夏~秋の新人戦にかけて12秒20(東海高校新人戦 予選12秒27 向かい風1、7)と力を発揮したものの、1学年上の他校の選手と競合いながらも春~夏にかけての選考レースシーズンで負けていた事で少年Aクラス代表にはなれませんでした。



私自身も、愛知県で名古屋大谷高校で陸上競技をしていた1年生時には走幅跳で、1997年大阪国体少年Bクラスの愛知代表での出場が決まり兼ねていたのがあと一歩のところで逃してしまった苦い経験があったからです。


私と同じ経験をさせたくない。

今年こそは必ず国体の座を手に入れる。

その思いでした。



代表が決まり『嬉しい』という思いは数秒で『覚悟』へと変わり、一瞬にして地元国体代表という計り知れないプレッシャーがかかったと感じました。



地元国体 そして 表彰台へ向けて。
全国高校総体が終わり、一息つく事無くシーズン後半戦が始まりました。


後半戦のテーマはもちろん…

      「リベンジ」

ターゲットとなるレースは《ぎふ清流国体》1本のみに絞り込み全てを懸ける事にしました。




後半戦第1戦目となる国体選考記録会が8月中旬にありました。このレースでは私自身、指導者として選手には言った事が無い非常に厳しい指示を彼女に与えました。

「このレースで1人にでも負ける事は国体の座も無くなる。もし国体に出場したとしてもその力は無い。必ず勝ってきなさい。負ける事は絶対に許さん。」

と話し出場させました。
しかしこのレベルで負けていては到底全国では勝てる訳がありません。




《国体選考(最終)記録会》

12秒32 (+1、0) 記録会の為1本のみ

国体選考記録会女子100m総合1位



記録会ともあり1組目に選考選手全てを揃えてのハイレベルな一発勝負のレースでした。全国高校総体から1週間で私自身もどの程度走れるか全くわかりませんでした。

正直、私にできる事はひとつ

「選手を信じる事」

それだけでした。

選手は見事その組でトップで通過。全体でもその記録を超える選手はおらず総合1位となりました。たった一週間でよく立て直す事ができました。そして1本目から12秒3台前半での入りは、準決勝、決勝のラウンドレースがあれば12秒1~0台まで記録を上げて走れていた事でしょう。




選手を信じる事。




私も選手もこのレースで1つ成長できました。
私自身も選手も全国高校総体の舞台で大きな経験と多くの事を学びそして今の力を確認する事ができた大会でした。


そして私は…
この全国高校総体での経験を2012年地元岐阜県で行われる《ぎふ清流国体》で必ず生かすと誓いました。



何がいけなかったのか…

何が足らなかったのか…

ひとつひとつ…


事細かく…


同じ事繰り返さない為にも…



全国で戦う為にも…




私は指導者として今までの考え方からトレーニングの調整まで全てを全国の状況化で見直す事にしました。

選手は言動や行動、自分中心で動いていた生活の慣れの全てを見直し全国で勝つ為の生活行動パターンへ変更させました。



全ては全国で戦う為の戦略なのです。



リベンジなのです。