それは、早朝の霜が降りるような寒い朝の事だった。
月の光が照り渡るまだ暗いなか、若い夫婦が小さな子供を抱いて、
広い道路を隔てた路上から、向かいの病院の上層階を見つめていた。
一人はプラカードのようなものを高くかざし、もう一人は誰かに見せるように、
子供を肩まで抱え上げていた。
そうして、スマホで何か話しながら泣いているように見えた。
プラカードにも、「頑張って」とか励ましの言葉が書いてあるのではないか。
病室ではおそらく、老いた父親か母親が、この子供たちを見下ろしていると
思われる。
今、どこの病院でも、たとえ親族であろうと、面会はできないのである。
若い夫婦が励ましていた病人が、コロナの罹患者かどうか分からないが、
面会できないことに変わりない。
切ないことである。
武漢でコロナが猖獗していた頃であった。
テレビで、亡くなった母親を運んで行く霊柩車を、若い女性が「ママ―、ママー」
と叫びながら追いかけていくシーンを見た。
コロナは親の死に目にも会えず、見送ることもできないのである。
もしも、病人が、私の子供か孫であったとしたら。
考えるだけで涙が溢れてくる。
コロナは、まことに悲しい病気である。
一日でも早く、コロナ禍が地球上から、姿を消すことを願うばかりである。