68歳で完全に職を離れた。

最初のうちは、朝散歩をしていても「今頃会社では会議をしている時間だな。」

「あの件はどうするのだろう。大丈夫かな?」

等と気になって仕方がなかった。

出勤時間になると、気持ちがソワソワして落ち着かなかった。

世の中の活動から置き去りにされたような疎外感で

、寂しさを感じたものだった。

 

しかし、古希を迎えるころになって、ようやく勤め人の呪縛から完全に解き放たれて、

「ほんとうに、自由だなぁ !」 っとほのぼのと感じられるようになった。

 

会社にも、上司にも、顧客にも束縛されることは無い。

生まれて初めての感覚だ。

 

永い会社勤めは、本当に苦しかった。

今でも時々そのころの夢を見る。

苦しくて苦しくて、絶体絶命の場面で目が覚める。

 

よくあんな苦行のなかに身を置いて、おかしくならなかったものだ。

いや、多分おかしくなっていたんだろう。

みんなおんなじ状態なので、当たり前のように過ごしていただけではないか。

 

一定の地位にも就いたが、苦しいことには変わりなかった。

今、思い返すと、「もう駄目だ。」「耐えられない。」と、逆上したような気持ちになったことが

二回くらいあったように思う。

 

一回目は本当に病気になって、半年間入院した。

身体が危険を察知して、逃避行動を起こしたのではないだろうか?

入院のお陰で、苦境を乗り越える余裕もできたと思う。

二回目の危機を脱することができたのは、やはり家族があったお陰だろう。

 

今は、本当にのびのびと、自由な時を過ごしている。

杜甫の言う通りなら、古希を迎え「まれに長生きをしている。」ことになるが、

日が傾いてきた頃になって、ようやく自由な身になったわけである。

何時までこの平穏な時が続くかわからないが、日が沈むまでは、この自由な時間を

有難く遊んで過ごしていこうと思う。