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まさのブログ

日常を謳った、のんびりブログ。

オセロ中島さんのニュースでもりあがってました。
霊能者はいるでしょうかいないでしょうか。

能力者はいるでしょうか。

いたら楽しいかなぁぐらいには思っていますが、いないという風に考えています。
目の前にいたら信じても良い、ぐらいにはまだ寛容ではありますが、正直じゃあ目の前の霊媒師の証明は何を以て証明とするのかという意味では自分一人では判断は渋るところ。

自分と、非霊媒師とそしてその霊媒師には全く関係のない100人が認めたら認める作業を始めますよ。ぐらいかな。

寛容は方でしょう。これは。

要するには99%は信じてはいない。


霊能者のいうことは信じられる? ブログネタ:霊能者のいうことは信じられる? 参加中


そもそも、そういう存在が「いる」と言われているのであれば、目の前にいない理由は2つ「霊媒師であることを隠している」か「本当にいない(嘘をついている、思い込み)」かのどちらか。

「自分はそうであるけど証明が出来ない」は後者の扱いになります。証明できなければどんな立派な学説も否定されてしかるべきだし。だからといって全く信じないと言ってるわけでもないし。

しかしながら「いる」と信じている人はいるわけで、人間は自分の都合のいい様にとるということ。

歴史の流れから見てみると、科学の発展とともに廃れていった思想です。昔は霊媒師や超能力者が頂点に立てていた時代もありましたが、今卑弥呼が現れてもせいぜい病院で一番に慣れるか、べつの民族文化の土地ぐらいにしか需要は無いかな。

結局信じているか信じてないかはどんな経験をしてきたかだから、答えは無いでしょうね。

結局霊媒師に関しては本人らがそう宣言することだけが気づくチャンスでありますので、本人らの自己申告です。
霊媒師の占いうんぬんというより、霊媒師の人間を信じられるかどうかであるということでしょう。

「いない」と思っている人間も「いない」と証明できるわけではないのですが、それを言い出したら「神」がいることを証明できる出来ないと全く同じ次元の話なっちゃいますので、笑って話している程度が一番好ましいのでしょう。

スパゲッティー・モンスターは…そうだな、いるんじゃないですか?www
震災から一年が経過して思うことは様々ですが、1年365日と重なる人間が勝手に付けた時間名でもやはり震懾に難くない部分がある。

今年はうるう年であったのでこの度の時間の経過は366日である。

例え震災直後だろうと震災から何年経とうと地震や津波に対する思いというものは風化させてはいけないと思う。
どうしても自然現象だし、人間には及ばない大きな事由だが、やはりだからといってすんなり受け入れられるのか「しょうがない」とか片付けられるのかという問いには皆まで答えなくても決まっていることだろう。

もちろん変な思想を信仰していなければという条件付きであるのかもしれませんが。


震災から1年経って改めて思うこと ブログネタ:震災から1年経って改めて思うこと 参加中



悲観的な予測ではく客観的な事実であると取っていただきたいのだが、地熱が働いていて、プレートが動いている以上地震はかならず起こる。
地熱があるから生物は生きることができるし、地震が発生しなくなれば、すなわち地球が冷え固まってしまえばこの地上に人間はもとより全ての生き物は生きることはできないでしょう。

政府は地震の発生の可能性を示唆しているが地震自体は予測はいまのとこ不可能だ。予知はない。

確率論にしか頼れない発表がそれを物語っている。
なのであの発表は混乱させるものではなく、「しっかりとした準備をしろよ」という国からの警告であると取るべきですね。

「必要以上に怖がる必要は無いけどしっかりと備えよう。」というかんじ。



改めて個人でできることをまとめておこう。

○総合編
焦らない
慌てない
非難具の確認
家屋の倒壊と火事の危険性を頭の中に入れておく


○屋内編
すること

逃げ込む場所を決める(机の下等)
倒れやすいものの近くにはいかないーもしくは倒れやすいもの日頃からなんとかする
揺れが収まってからの必要事項の洗い出し(窓を開ける、ガスを止める、電気、ふろを溜める、荷物をもつ、場所の確認)
防災ずきんとかの場所
というか有事の際のアイテム一式の場所をまとめておく
脱出経路を決める
避難場所を確認する
身内や仲間と連絡手段をきめる(電話、メールは使えなくなると思うので、スカイプやツイッター、SNSや掲示板など使いやすいものを日頃から練習しておく—いくつかできた方がよい)

docomo
http://www.nttdocomo.co.jp/info/disaster/disaster_board/index.html
au
http://www.au.kddi.com/notice/saigai_dengon/index.html
softbank
http://mb.softbank.jp/mb/service/dengon/

ふえ
たべもの
のみもの
らじお

しないこと
情報は(気持ちは分かるけど)一回疑うこと。とりあえず事実が確認されるまでは何もしないこと。
慌てる
焦る

○屋外編

必要以上に移動しないこと
頭上に注意
倒壊しそうな場所には近づかない
避難場所を頭の片隅に思い描く
できれば揺れが収まってからだだっ広い公園とかに行く
周囲の人と多少の情報交換をしておく



正直強い地震などが発生している最中などは、緊迫するしテンパる。身を以ていた意見済みだ。


だからこの中の「これだけはおさえとこう」というもの3~5個ぐらいでもできれば上出来だと取りたい所。

連絡手段と落ち合う場所などはなんとかして関東圏であれ長くて1週間、最低でも3日持てば何かしらの救助が期待できる、と考えている。


情報は必ず混乱するからその覚悟も忘れずに。
そわそわして動かずにはいられないなら(自己責任で)動いてみても良いかもしれません。
状況次第ですね。

地震の発生をイレギュラーにしたくないのだと思います。
日頃あり得るものだと頭の片隅に入れておけば何も無かった頃よりは対応できるということろでしょう。






私は禁煙成功者です。20ヶ月くらい吸ってません。

しかし禁煙格闘者でもあります。

私にとって禁煙は一生ものです。その覚悟をしましたし(最近)禁煙成功者の言い分を聞いてもそう。
ゴールがない。私も今は2ヶ月にいっぺんぐらい吸いたくなります。

でもそう悲観的になる事はないです。そんなに辛くない。全然乗り切れるレベル。
特にやめたての頃と比べたら、棒高跳び(5m)とハードルぐらいの差があります。


絶対やめられないと思っていたけど、やめられるものだな。と最近は思います。




一度喫煙者になったら非喫煙者には戻れません。
喫煙者がたばこを吸わなくなっても、禁煙者になるだけで、たばこの欲求からは逃れられません。

と同時に、本当にやめられてよかったなぁと感じます。
快楽物質を出させるたばこですが、後々の記憶に行動にこんなにも影響を及ぼすとは。若気の至りというレベルではなく、老いても間違い続けさせるものだ。

俗にいう「チンパンジー快楽物質の実験」では、快楽物質の出るボタンを目の前においたら食餌を摂らずに死ぬまでボタンを押し続けたという例も報告されてます。まぁ二次、三次情報をどこまで信じられるかというところも議論ですが。

しかし、たばこを世に広めた人間もどうかと思います。いや、正確には法律に禁じられてない事に対してどうかなって思います。

嗜好品(←認めていませんが)から税を取ることは国の徴税手段としてどこの国もやっていますが、たばこの依存性は恐ろしいです。体感済みだし。にもかかわらず、増税一途しか対策が無い。
個人的な予想ですが、「良くないけど、まぁ文句も出るし資金も手に入るし、いいか」って感じであろう。個人的な意見。

そもそも酒、たばこに税金がかかってる事ってものすごく違和感がある。
実際中国の皇帝が始めたとされるそれらの徴税制度は、政治的策略であったと何かに記されてました。(ソース断念、報告請)

モラル的な問題でその時代ほどひどくはないものですが、今やその名残として残っているものだけのものです。

正常な判断の下せる中毒者からお金を巻き上げよう(これはものすごく偏向した意見だ。認識している。)といった戦略をやめられないでいるだけのもの。

今の日本国が日本国民からしめしめとお金をだまし取ろうとしているとは考えないし、国民の為に政治をしていることも理解しているのですが。

だからといってたばこを吸い続ける理由にはならない。
やめれば納めなくていい税を、やめられないから納め続けているだけだ。

どこに主体性があろう。

もちろん、それ以上に稼いでいるならば、どうしようと自由である。という意見もあろう。

しかし、その言い分は真っ当に見えてまったくの詭弁だ。 問題のすり替えである。


それはやめられればの話であるのだ。自由の意味を完全にはき違えている例だ。
自分の都合でやめられないたばこのどこに嗜好性があるのだろうか。

たばこは「自由」という名の着ぐるみを着てあなたをだましにやってくる。
あなたはたばこをすう「自由」を勝ち得たように思う。

しかしどこの世界に選べない自由があろうか。(「いいや~~ない」こんなところで反語の登場ww)
「どちらも選べるから自由」なのであって、「喫煙は自由だ」という主張はまず喫煙しない事実があってもはじめて成り立つ理論だ。

たばこをやめられない人はたばこに自由を奪われています。そしてそれはたばこのせいなのに、すべてあなたのせいにされています。

やめる先の世界に何かあるから一回こっちをのぞきに来いよと声を大にして候。


と、、、いいますか、まずはいい加減「ですます/だである」か選べといったところですね。


さて喫煙者に質問ですが、禁煙と聞いて、きついイメージをおもちでしょうか?

そうであれば、それは時間をかけてそのイメージを払拭していって下さい。つらくないです。

手始めに「禁煙はつらくない」と音読してみて下さい。


そんなサイトのご紹介です。
http://taginnovation.web.fc2.com/

私の作ったサイトですんで、お気軽にお越し下さい。
ツイッターしかコミュツールないけど、そっちにつぶやいてもらえればおkです。

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大阪市 大阪W選での幹部による不正行為や現業職員採用口利きなど続々発覚

こんなニュースを見ていたらブログネタになってたんで参加
大阪市職員のメールチェックどう思う? ブログネタ:大阪市職員のメールチェックどう思う? 参加中



記事引用ー
大阪市特別顧問の野村修也弁護士ら第三者調査チームは1日、管理職職員が勤務時間中、選挙対策などを打ち合わせるため公用メールを使っていたことな どを指摘する中間報告書をまとめた。また、技能職員の採用に市議らが介入する「口利き」が横行していた疑いがあるとして、現職市議全86人を対象に調査す る方針を明らかにした。今月末に最終報告書をまとめる。

 中間報告書によると、昨年の市長選に絡んで公用メールを使用した管理職は2人。選挙運動のため平松邦夫前市長と国会議員の面談を調整する内容が見つかった。【津久井達、原田啓之】

http://mainichi.jp/select/seiji/news/20120302ddm002010088000c.html

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否か可かの話じゃないので、可もなく不可もなくです。
実際には答えられない問いってありますね。

時と場合によりけりで、私見としては今回の件はオッケーです。
裁判所だって様々な事項を勘案しながら判決を下すわけだから、我々もケースバイケースという決定を下しても問題ないでしょう。



「人のメールをのぞきみるなんて最低だ」

よもやそんな主張をする人間など皆無とは思うが、職員のメールチェックに批判があがるのは、まんまそのメールチェック被害者でしょう、と。勝手に判断。

いや、被害者とはちがうか。むしろ被害者は悪い事も何もしてなかった方だから、メールチェックされる方が公序良俗に反することをやっているということだね。


逆に渋谷のセンター街とかで「人のメール?見るのとか反則っしょ!反則!!」みたいな意見が出た方が面白いかもね。
プライベートと仕事場じゃ意味が違うしね。

逆にこんなのは氷山の一角だろうから、市民の中や内部のメンバーからこの辺の一斉捜査をやらせてみたら、もっと話題になると思います。



叩けば出るほこりは大気圏を壊しかねない。実際に壊すのは彼らの権力や仕事でしょうが。

4年に1度しかないので2月の29日にブログでも書いてみようか。


4年に1度は結構レアだ…と思うかもしれないが、私としてはそうではない。

オリンピックも4年に一度だし、ワールドカップもそうである。
もう一つ言うと、オールブラックスの活躍する、ラグビーのワールドカップも他聞に漏れず4年に一度。

そのような、民族的文化的国際的イベントなどと比べると、人々にとってはうるう年の4分の1はそれほど価値がないものであろう。

しかしである。
一般庶民である私はオリンピックイヤーにあっても、何も残す事など出来ない。
金メダルなんてもってのほかだが、出場すらままならない大会にどう絡んでいこうというのか。
以下、他大会も同文である。

そのような状況から考えて、私の様な庶民にとって2月29日は絡んでいきやすいイベントだ。
2月29日にブログを書けば記録として残るではないか。いや、もちろん日付設定で未来からも設定し直せば、記録としては問題ないかもしれない。がしかし。事実は違うのだ。
ゆえにこれは誰の問題でもなく、自分自身の問題なのだ。

「いま」「ここで」「私が」「ブログを書いている」という事実は他の誰でもない私が体感している。

いくら未来の自分が今日の日付でブログを公開したとしても、それを自分自身にウソとしてつきとうしたとしても、事実は変わらない。

現時点において、ニュートリノの存在がどれほど明らかになろうとも、特殊相対性理論はそう簡単には超えられないので、時間を大切にして。





そんなわけで、ブログネタに参加だ。




男?女? ブログネタ:男?女? 参加中




男?女?

気になる投票結果は!?




んっと、このネタ意味が分からない。