近頃

ブログでつぶやけていないのですが

毎日、いっぱい心の中で

つぶやいているおります。


なぜブログを書けていないかというと…


ただ今

心理カウンセラー

修了認定のための

レポート作成に悪戦苦闘中あせる


書けないのではなく

書きたいことがいっぱいありすぎて

全然

まとまらないガーン


26日、提出期限なので

あともうひと頑張りしますね。


提出終了したあかつきには

これでもか!てなぐらい

つぶやかせてもらいますにひひ


でも…

ちょっとだけ

つぶやかせてね。


先日

思わぬところで

長男の同級生と出会ってしまった。


小学校の時

家が近所で

一緒に学校へ行ったり

遊んだりしていた男の子だったので

余計に

思うところがあって…


一緒に小学生を対象にした

ボランティア活動をしたんだけど

彼の姿を

つい目で追ってしまう私…


長男も

生きていたら

このぐらいの背の高さになっていただろうか…

こんな風に

ボランティア活動をしたりして

子ども達とワイワイ遊んだりして

楽しそうに関わっていただろうか…


長男の同級生の姿を通して

長男の成長した姿を探してしまった。


思いもよらぬ出会いだったので

心の準備もできていなくて

ちょっと心がキュッと締め付けれ

切なくなった。


それでも

泣くことなく

最後まで笑顔で

子ども達に関われた。


子ども達の「ありがとう!」の言葉に救われました。


切なくなるのは

仕方ないよね…

だ~い好きな長男の姿が見られないんだもん。


そんな中

幸せのおすそ分け

できた自分をセルフラブ!


「よく、がっばったね」

「子ども達が喜んでくrてよかった」

「切なくなりながら、ボランティアを楽しめた私、すごい」


さあ!

明日から

また仕事、開始!!


土日は楽しみ満載だから

レポート書き書きしながら

今週も頑張ろう!!


みんなにとっても

充実した

1週間になりますように…ニコニコ




今日

久しぶりの人とランチデートした。


その人は

長男の子育てを通じて

知り合った人で

個性豊かな長男を育てるのに

本当に苦労していた時

同じように個性豊かな息子さんを育てるのに

苦労していた彼女と出会い

共に

励まし合い、認め合い、共感しながら

共に、必死に子育てをしてきた

大事な仲間の一人でした。


その子ども達も

今は大きくなり

(うちの長男は向こうの世界に住んでいますが…)

手はかからないがお金がかかる

お年頃となり

彼女も

子ども達のため

そして

看護師をされているので

患者さんのため

一生懸命、仕事をされていて

なかなか会うことができなかったのですが

久しぶりに

ゆっくりとおしゃべりすることができましたニコニコ


彼女は

本当に感受性豊かで

他人の話にも

精一杯、耳を傾け

話を上手に聴き

自分のことのように

感動して

一緒に泣いたり笑ったり、喜んだりできる

心のピュアな人です。


看護師という仕事は

本当に仕事が忙しいので

つい機械的にあわただしく

仕事をこなす看護師が多い中

患者さんのことを第一に考え

一人ひとりの患者さんに対して

丁寧に真心こめて接している話を聴き

心から尊敬しました。


そして

少しでも

看護師の患者さんに対する意識を

高めてもらうために

必死に自分自身が色々な勉強をし

そのことを

周りの看護師仲間に伝えている話を聴き

頭が下がる思いでした。


分野は違えど

私もカウンセラーとなり

心がしんどい人たちのために

私なりに

精一杯頑張って行こう!

て、彼女のおかげで

改めて決意できた1日でした。


本当に彼女に感謝ですラブラブ


ところで

その彼女との会話の中で

彼女の友達が

数年前に愛するだんな様を亡くし

今も辛い思いで過ごしてる

という話になりました。


その中で

その亡くなられただんな様は

自分の死期が近いことを知って

残される妻のことを想い

自分がいなくなってからも

少しでも

妻が笑顔で生きられるようにと

だんな様の趣味だった登山に誘い

妻に山の良さを教えたそうです。


いつしかその奥さんも

登山が大好きになり

だんな様の亡くなった今でも

趣味として登山をされているそうです。


また

結婚されてからは

仕事を辞めておられたそうですが

だんな様の死後

妻が生活に困らないように

妻が少しでも気が紛らわせられるように

と、だんな様の勧めで

仕事に復職したそうです。


他にも

だんな様は

自分が亡くなった後の妻のことを想い

精一杯、色々な対応をされたそうです。


その話を聴かせてもらい

彼女の友達のだんな様の

深い愛に感動してしまいました。


その時

ハッとしました。


子育て仲間の彼女とは

住むところも

全く違うし

長男がいなければ

絶対、出会うことのない人だった。


それが

こんな風に

いろんな話ができ

一緒に笑い合ったり

共感しあったり

お互いを高め合ったりできるのは

長男が

出会わせてくれたからだ…


彼女以外にも

長男の子育てを通じて

たくさんの仲間と出会うことができ

今でも

私の大事な人達で

みんなからたくさんの愛をいただいている。


これって…

長男が私に残してくれた

大きな大きなプレゼント!?


その大事な仲間たちは

長男が亡くなってからも

どれだけ

私の想いに寄り添ってくれたことか…


そっか…


私が

長男を亡くした後

少しでも生きやすいように

長男が残してくれた

プレゼントだったんだ…


気づくの遅くなっちゃったけど

最高のプレゼント

ありがとう!キラキラ



3月で100歳になった祖母が

調子が悪いと聞き

心配になって

入所している施設まで

会いに行ってきた。


我が家から

1時間半ほどかかるので

毎日のようには

会いに行けない。


なので

少しでも

祖母が寂しがらないようにと

ずっと手紙を送っていた。


もう

祖母は

耳がほとんど聞こえず

視力も白内障のせいで

どんどん悪くなっているそうだ。


ほとんど寝たきりで

認知症も進行して

孫の私のこともわかっていない。


それでも

小さいときに可愛がってくれた祖母だったので

想いをこめて手紙を書き

時間を作っては会いに行っている。


この前

その祖母に

「私が小さい時に

おばあちゃんが、かわいがってくれたんだよ。

覚えてる?」と筆談で聞いてみた。


「そんなことあったんかな…

覚えてないわ」と祖母。


それでも私は

「おばあちゃんが、忘れていても

全然、かまわないよ。

私がいっぱい

覚えてるから。

今まで

可愛がってくれて

ありがとう!

私、おばあちゃんのこと

大好きだよ」って書いた。


すると

文を読んでから

私の方をじっと見て

涙を流して

「ありがとう」って言ってくれた。


その時のおばあちゃんの表情は

私には、優しい顔で孫の顔を見る

祖母の顔に見えた。


一瞬のことだったけど

おばあちゃんに

想いが通じたようで

嬉しかった。


毎回

会いに行くたび

これが、最後になるかもしれない…

と、思いながら会いに行く。


きっと

おばあちゃんと過ごせる時間は

あとわずかだろう。


今まで

いっぱい愛情をいただいた分

残された時間

精一杯の恩返しがしたい。


今日

有意義な時間を過ごし

おばあちゃんが

食事を食べにホールに行くと

介護士さんが

ベッドから車いすに

乗せに来てくれた。


おばあちゃんを見送って

寝ていたベッドを見ると…


おばあちゃんの寝ていた場所に

私がおばあちゃんに書いた

手紙があった。


何度も読み返していたのだろう

ボロボロになっている。


おばあちゃんの手紙を読んでいる

姿を想像して

涙が溢れた。


認知症で

私が誰かわからずとも

私が帰った後

すぐに私が来たことも忘れてしまったとしても

会いに来てくれたと

その一瞬だけでも

喜んでくれるのなら

また会いに来るからね。


孫だとわかっていなくても

何度も手紙を読んでくれているのなら

何度でも想いをこめて

手紙を書くからね。


おばあちゃんが

一瞬、一瞬の幸せを

感じながら生きられますように…


仕事帰りの信号待ちの車中

日差し除けについている鏡で

ふと自分の顔を見た。


外の光の中で見る

自分の顔は…

仕事帰りということもあってか(言い訳あせる

昔と比べて

「うわ~、老けてる~汗

と、自分でもびっくり。


でも、かといって

その老けた顔だと思っても

全然、ショックではない。


それどころか

案外、○○歳のわりには

若く見えるんじゃないない~音譜

と、やけにポシィティブな私にひひ


ふと思った。


もしこれが、20歳の時

突然、今の顔になってしまったら

受け入れられただろうか…


きっと

ショックのあまり

誰にも顔を見られたくなくて

部屋に閉じこもったかもしれない。


徐々に徐々に

いろんな経験と感動を積み重ねて

歳を重ねて

今の顔になっていったので

受け入れられてるんだな~

なんて、車を運転しながら思った。


『徐々に…』に大事なんだよな~。


私は

突然、愛しの長男を亡くして

どうしても

そのことを心が受け入れることが

できなかった。


どれだけ

大泣きしたことか…

どれだけ

「なんで私が…」と思ったことか…


悲しみは変わらずあるが

その悲しみさえも受け入れて

悲しみをなくそうとするのではなく

悲しみを抱えながら

それでも

前を向いて笑って生きていこう!

と、思えるまで何年かかったことか…


悲しみを抱えている自分

出来ないことだらけの自分

失敗する自分

え~と…

その他もろもろの自分


とにかく

ぜ~んぶ認めて

受け入れて

それでも今日を精一杯生きている

自分をすごい!と

1日の終わりに、認めて

褒めてあげていたら…


どういうわけか

最近

周りの人が

私のことを、認めて

褒めてくれることが多くなった。


そういえば…

前は私

「わかって!認めて!ほめて!」

な~んて、思ってたっけあせる


まずは


自分で自分のことを

受け入れて

認めて、ほめる


なんだよね。


今、周りの人達に

「いつも楽しそうだね」


 はい。毎日、楽しいです音譜


「オシャレだね」


 めっちゃ、チープファッションなんですが

 そう言われると、嬉しいラブラブ


「若いよね~」


 えっ!?

 そ~う!?

 実は、私も年齢の割には若く見えるんじゃない!?

 って、思ってたのよ~ドキドキ

 (もう、ここまでくれば、調子に乗ってますにひひ


でも、いいんです!

気持ちは、と~てもいい気分。


で、さらに満面の笑顔になれます。

(私って、単純あせる


前の私だったら

「おだててるんだ…」

「嘘ばっかり!」とか思って

受け入れられなかった。



今は…

なんでもカモ~ンビックリマーク


幸せの基本形

『受け入れる』キラキラ


先日

スーパーのレジがすごく混んでいた。


待っている間に

買い忘れの商品を思い出し

カートを列に残し

急いで商品を取りに行った。


すぐに戻ってきたのだが

少々、列が前に進んでいた。


その時

隣の列に並んでいた

おじさんが

私のカートをそっと前に押しやってくれているのが

目に入った。


放っておいてもいいはずなのに

おじさんの心配りが

とても嬉しくて

列に戻って

すぐにお礼を言った。


ふとおじさんの手を見ると

買い物商品がわずか2個だけだった。


その2個の商品を買うのに

あと何人かの大量の買い物の会計を

待たなくてはいけないのは

可哀想だな…と思い

私のほうが

先にレジ会計の番が来たので

そのおじさんに

声をかけ

私の前に会計をしてもらった。


おじさんは

とってもうれしそうに

「ありがとう!」と言って去って行った。


いえいえ。

こちらこそ、気を使っていただいて

ありがとう。


ちょっとしたことなんだけど

心がほっこり。


世の中『ギブ&テイク』だよね~

な~んて思った瞬間でした。


で、今日は…

またまたスーパーで

2個100円のなすびが売っていた。

その中に

ひときわ大きいなすび(1個、30cmはありましたにひひ)。

少々、大きいのより小ぶりのほうが美味しいのかな…

とは、思いましたが

この大きさのが2個で100円は安いでしょ!!

と、主婦の血が騒ぎ

さっそく買い物かごへ。


会計の時

レジ係りのおばさんが

「いや~、大きななすびですね~」って

声をかけてくれました。


私も

ついうれしくって

「そうでしょう~」なんて会話をしました。


今日は平日だったので

レジが混んでいなくて

少しの時間ですが

レジのおばさんとなすびの話で盛り上がり

おばさんは最後に

「そのなすびで美味しい晩ご飯が作れたらいいですね」

と、声をかけてくれました。


これまた

ほんのちょっとした

スーパーでの出来事なんですが

心がほっこり。


普段の何気ない行動が

何気ない声掛けが

こんな風に

嬉しい気持ちにさせたりできるんだ~、って

体感しました。


おじさん、レジのおばさん。

ありがとう~~ラブラブ


ほんのちょっとした行動や

言葉って大事ですね。


家族以外に

毎日、誰かと出会ったり、すれ違ったりして

人と接しています。


周りの人たちに

出会った人たちに

幸せの輪が広がるように

大きなことではなく

ちょっとした行動、言葉

そして笑顔で接していきたいな~

て、思える

とあるスーパーでの出来事でしたニコニコ

今日

職場の同僚が

いつも以上に素敵な服装だったので

そのことをほめると

「今日は私、30代最後の日なんです。

なので、ちょっと頑張ってみました」

と、話されました。


「そっか~

明日は40歳のお誕生日なんだ。

30代と40代では

自分の中で、すごくギャップがあって

明日はもう40歳か…と思うと

最後の30代を少しでも

綺麗でいたいと思ったんだ~」

と、話ました。


「そうなんですよ~!」と同僚。


女性の微妙な女心。

よ~くわかるな~。


でも、私は長男を亡くして以来

年齢は全く気にならなくなった。

というより…

1歳、歳を重ねるごとに

「あ~、これでまた1年、長男に会える日が

近づいた!」と、喜んでいる。


私は全く『死』への恐怖はない。


『死』は、この世の修業が終わり

あの世に行き

やっと長男に会える

待ち遠しい日。


きっと

私が死ぬとき

長男は

1番に私をお迎えに来てくれると思う。


その時

「母ちゃんは、精一杯、生きたよ!」と

胸を張って長男に言えるように

今、命のある限り

頑張って生きようと思って

生きている。


でも、長男の死で

人間は

老人でなくても

どんなに若くても『死』がくることがあるんだ…

それも突然に…

と、強く感じた。


『死』は間違いなく誰にでも訪れる。


みんな

『死』という言葉を忌み嫌っているが

その事実から

目を背けてはいけない、と思う。


それは

マイナス的思考ではなく

『命は無限ではなく有限』

いつ死が訪れるかもしれない

限りある命だからこそ

『今、この時を大切に、思いをこめて生きよう!』

という、プラス思考。


私は今日が最後かもしれない…と思って

私なりに

今日を精一杯、生きている。


朝、家を出るとき

これが最後かも…と思って

ある程度、誰に見られても

恥ずかしくないように片づけてから

仕事へ行っている。


朝、子ども達を見送るのが

最後になるかも…と思って

精一杯の愛をこめて

「いってらっしゃい!」と声をかける。


その日、その日で

関わる人たちにも

これが最後だとしても

後悔しないように

想いをこめて

私に出来うる限りの接し方を

している。


もちろん

夜の家族との時間も同じ。

いや、1番大事にしている。


いっぱいいっぱい

愛をこめた言葉を伝えているか…


長女なんかは

「はい、はい。大好きって言いたいんやろう~」

「もう親ばかなんだから~」なんていうぐらいです(苦笑)


でも、いいんです。

何度でも言わせてください。

本当に大好きなんだから。

心の底から愛しているのだから…


人は死んでも

魂は生き続けるっていうことを

私は、知っています。


でも

もう大好きな家族を抱きしめることも

話をすることもできないから

生きている間に

出来る限りの愛を伝えたい。


でもでも

伝えきれないこともあるから

私は『エンディングノート』に

家族1人、1人へメッセージを書いています。

それと

私が死んだらしてほしいことも

全てそこに書いています。

もし脳死で、死んではいないが

意識がないときの場合のことも…


全ては

私のためと思って

私の大事な家族がしんどい思いなどして

苦しまないために

私自身が私の死後のことを決めています。


そうはいっても

向こうに帰れるのは

この世の修業が終わらないと帰れないので

どうも私はまだまだ

この世で

いっぱい学ばないといけないレベルだと

日々、つくづく思います。


死後のことも、とても大事ですが

死をいかに迎えるかのほうが

もっと大事。


私は

誰か一人でもいい

「あなたに出会えてよかった」

と、言ってもらえるような

最期でありたい。


こんな私でもできることがあるなら

少しでも誰かのお役に立てるように

死を迎える瞬間まで

精一杯、想いをこめて生きたい。


そう思っています。



今日から

次男が修学旅行で

東京に出発しました新幹線


だんな様が

中学校まで送っていくことになり

私は、玄関先で

次男を見送った。


「気を付けて行ってきてね」

「無事に帰ってきてね」

「あなたが無事に帰ってきてくれることが

母ちゃんには、何よりのお土産だから…」


近所の人が聞いていたら

一体、次男はどこへ行くのだろう…?

と、思ったかもしれない。


でも私は知っている。

無事に帰ってくるという当たり前がないことを…


次男は

「大丈夫。無事に帰ってくるよ」と

私に背を向けたまま手を振って

元気に家を出た。


その次男の背中に

いつものように魔法のおまじない

「いってらっしゃい!」と心を込めて声をかけた。


それと…

お兄ちゃんが行けなかった分

修学旅行、楽しんでおいでね

と、心の中で声をかけた。


夕方

いつものように

元気に「ただいま~!」

「今日の晩ご飯、なに~?」という

次男の姿はない。


今頃、何しているだろう…

楽しんでいるかな…


いつもなら

犬の散歩に

晩ご飯作りに

元気にばたばたと動き回っている

時間だが

どうも今日は、テンションがダウン


改めて感じた。

「やっぱり子ども達は

私のエネルギーの源だな~」って…


でも

このご時世

文明の利器のおかげで

PCで逐一

修学旅行に行っている子どもたちの様子を

UPしてくれ、リアルタイムで

見せていただける。


先生方のおかげと感謝しながら

だんな様と私と娘とで

ウォーリーを探せよろしく

わいわい言いながら

次男が写っていないか

UPされた写真を見て

次男の姿を見つけては

3人で大喜び音譜


長男も

住む世界は変わってしまったけど

せめて

こんな風に

向こうの世界を覗き見れたら

どんなにいいだろう…


話はできなくても

せめて

楽しそうに過ごしている

長男の姿だけでも見られたら…


ふっと

出来もしないことを

思ってしまいましたしょぼん


いかん、いかんあせる


やっぱりエネルギー不足のようです汗


まぁ

こんな日があってもいいよね~


大好きなお友達がよく言っている言葉

『心のままに…』


ほんとにそうそう。


心のままに…だよね。


さぁ

エネルギー充電のため

今日はもう寝ます!


おやすみなさいラブラブ


どうか

明日もみんなにとって

幸せをいっぱい感じる1日で

ありますように…キラキラ



昨日の続きになるのですが…


昨日も本当に充実した

カウンセリングの講座でした。


講義の最後に

いつも短くもメッセージ性の高い

DVDを見せていただきます。


その中で

父親として

初めて我が子が誕生した時の

感動と子どもへの深い愛を表現していたのですが…

私も同じ気持ちだったので

とても共感しました。


私も

長男を出産した時

それまでの痛みなんか吹っ飛んでしまうくらい

愛しさがこみあげて

かわいくてかわいくて

たまらなかった。


独身の頃

赤ちゃんなんて

大体、同じ顔に見えて

自分の赤ちゃんかどうか違いが

わかるのだろうか…

なんて、考えていたのが

我が子を産んでみると

ベビールームに何人もの赤ちゃんがいても

我が子だけ

1番輝いて見えて

すぐにわかった。


その愛しい我が子が

全てを私にゆだね

私の腕の中で眠る姿。


無我夢中で

おっぱいを吸う姿。


小さな手に私の指を持っていくと

無条件に

ムギューと握りしめてくれる

その小さな小さな手。


我が子の無条件に

私を信頼し、求めてくれている姿を見た時


どんなことがあっても

この子の命は私が守ってみせる!と誓った。


それから13年。


長男が

13度目の誕生日を迎え

毎年恒例

家族で小さな丸いケーキを囲み

ハッピーバースデーの歌を歌った。

さすがに

中1だった長男は

「もうそろそろ、歌はいらないじゃない?」と

照れくさそうにはしていたが

思いっきりローソクの火を消し

みんなでお祝いした。


これも恒例。

長男が誕生した時の話に

どれだけ

私達が嬉しかったか。

それに、どれほど

長男のことを愛しているか…を

私が語り

小さなケーキを

5等分して

「美味しいね」と言いながら

「また、母ちゃんの同じ話が始まった」と

少々、あきれ気味の子ども達と

過ごした365日の中の小さな時間。


でも、最高に幸せだった時間。


その約1か月後…

長男は、突然死した。


それも

あれほど

どんなことがあっても

私の命に代えても守ってみせる

と、誓った私達夫婦の寝室の隣の部屋で…


亡くなった日の前の晩

いつものように

元気に「おやすみ~!」って

自分の部屋に寝に行った長男に

一体、いつ

くも膜下出血が起こったのか…

全くわからない。


強烈な痛みだったのか…

助けを呼んだのか…

どのぐらい意識があったのか…

どのように亡くなったのか…

わかっているのは

朝起こしに行った時には

心肺停止状態だったということ。


最愛の息子の最期を看取ることも

できなかった。


何が

どんなことがあっても守ってみせるだ!


同じ空間にいながら

守るどころか

長男が

助けを呼んだかもしれないのに

気づくこともできず

長男の最期に一緒にいてあげることもできず

どうか神様!

私の命と引きかえに

長男の命だけはお助けてくださいっ!!

という祈りも通じず

自分の無力さを思い知らされ

自分を責めつた

あの瞬間に

戻ってしまった。


長男と過ごせた時間は

わずか13年だったけど

本当に

愛にあふれた13年だった。

もう今は姿も声も聞くことはできない

長男のことを想うと

切ない気持ちになり

涙があふれた。


子どもを亡くしてから知った

『最後だとわかっていたなら』という詩


私の想いが溢れているので

私のように切ない涙を流さなくてもいいように

明日ではなく

『今日』あなたの周りの大切な人に

愛が伝えられますように

みなさんにプレゼントします。



『最後だとわかっていたなら』

ノーマコーネット マレック作  佐川 睦訳


あなたが眠りにつくのを見るのが

最後だとわかっていたら


わたしは

もっとちゃんとカバーをかけて

神様にその魂を守ってくださるように

祈っただろう


あなたが

ドアを出ていくのを見るのが

最後だとわかっていたら


わたしは

あなたを抱きしめて

キスをして

そしてまたもう一度呼び寄せて

抱きしめただろう


あなたが


喜びに満ちた声をあげるのを聞くのが

最後だとわかっていたら


わたしは

その一部始終をビデオにとって

毎日繰り返し見ただろう


あなたは言わなくても

わかってくれていたかもしれないけれど


最後だとわかっていたら

一言だけでもいい…

「あなたを愛している」と

わたしは伝えただろう


たしかにいつも明日はやってくる

でももしそれが

わたしの勘違いで

今日ですべてが終わるのだとしたら


私は 今日

どんなにあなたを愛しているか

伝えたい


そして

わたしたちは

忘れないようにしたい


若い人にも

年老いた人にも

明日は誰にも

約束されていないのだということを


愛する人を抱きしめられるのは

今日が最後になるかもしれないことを


明日が来るのを待っているなら

今日でもいいはず


もし明日が来ないとしたら

あなたは今日を後悔するだろうから


微笑みや 抱擁や

キスをするための

ほんのちょっとした時間を

どうして惜しんだのかと


忙しさを理由に

その人の最後の願いとなってしまったことを

どうして してあげられなかったのかと


だから 今日

あなたの大切な人たちを

しっかりと抱きしめよう


そして

その人を愛していることを

いつでも いつまでも

大切な存在だということを

そっと伝えよう


「ごめんね」や『許してね」や

「ありがとう」や「気にしないで」を

伝える時を持とう


そうすれば

もし明日が来ないとしても

あなたは今日を後悔しないだろうから



 どうか私の想いがみんなに届きますように…


日付けがかわってしまったので

昨日になってしまいますが

月曜は、大阪で心理カウンセラーの

講座がある日。


今まで

日曜の夜は

「明日から仕事か…」なんて思うと

気分がどんよりで

子ども達と

また1週間始まるね…

なんて言ってため息ついていました。


それが

月曜の晩に

カウンセラーの勉強があるかと思うと

日曜日の夜は

遠足に行く前の晩の

子どものように

ワクワクしながら

勉強用カバンの中に

ワークを入れたりして準備。


そして

さっき、約3時間の勉強を終え

帰宅して

やっと寝る準備ができたのですが

学べたことが嬉しくて

勉強している時間も

笑いあり涙ありで感動、感動の時間で

まだ興奮冷めやまぬ感じです。


いつもなら

10時過ぎには

眠たくて起きていられないのに

不思議とただ今

目はキラリ~ンと輝いていますキラキラ


あ~

今日も楽しい幸せな1日だった!


ちょっと

切ない涙も流したけど…


これはまた

次回の時につぶやくとして…


みなさまも

今日1日が幸せいっぱいの日に

なりますように…ラブラブ



今日からもう6月・・・


月日が経つのは

早いですよね。


きっと

共感してくれた人達は

私と似た年齢!?


『光陰矢の如し』

このことわざが

しみじみわかる年齢となりました汗


でも

もう一つ

日が経つのが早く感じる理由に

毎日がと~ても楽しいからなのでは

ないかなぁ…

なんて思っています。


幼少期から

本当に辛い経験が多かった私ですが

その時は

本当に時間の過ぎるのが

遅く感じ

どれだけ我慢したら

この辛い環境から脱出できるのか…

先の見えない毎日が

とてつもなく長~く感じた。


それと

人生、最大の悲しみ、苦しみを

経験した7年半前。

時間が経つのが

早いのか遅いのかさえもわからない日々だった。


それを思うと今は

あっという間に今日が終わり

あっという間に1週間が過ぎる。


これって…

私の心が幸せいっぱいだからだろうな~。


誰でもそうだろうけど

楽しいとき、幸せなときって

あっという間に時間が経ってしまうよね。


仕事しているときの1時間は長くても

友達とお茶しておしゃべりしている時の

4時間はめっちゃ短い。

(どんだけ友達としゃべってるねん!

すいませんね~。関西人だけに

つい自分のコメントにも突っ込みいれて

しまいますにひひ


今日も朝から

家族全員が無事

朝を迎えられたことに幸せラブラブ


節約生活ながらに

朝、昼、晩、3食美味しく

食べられたし

スィーツは、焼き芋(もち、家で焼きました!)とお茶音譜

これまた幸せラブラブ


カフェに行ったつもりで

500円つもり貯金もできたし

気分はアップアップ


きっと

セレブ生活をされている方達からみたら

なんて貧相な生活なのかしら…

と、哀れがられるぐらいの生活だと思うのですが

私にとっては

嬉しいし、美味しいし、楽しいし

と~ても幸せラブラブ


明日は

心理カウンセラーの勉強に行く日!

それだけで

明日も楽しみ。


毎日、こうやって

楽しみ、幸せの数珠つなぎをしていくと

毎日が幸せ感満載で

あっという間に1週間が過ぎ

土、日仕事がお休みだ~と思うと

また幸せ。


ほんと

今日の幸せが

明日の幸せの基になり

明日の幸せが明後日の…


つまり

『今日の幸せ』が大事なんだよね~ニコニコ


さぁ

明日はどんな幸せに気づけるだろう。


楽しみ、楽しみラブラブ