音譜今日は、とってもいい天気音譜

(というか、めっちゃ暑かったあせる

家にだんな様と次男がいなかったので

長女と買い物デートにでかけました~ラブラブ


それに

私にはどうしても

買っておかなければならないものが…


3月から心理カウンセラーの資格を取りに

大阪へ勉強に行ってるのですが

この7月に

基礎心理カウンセラーの資格を取れることになり

ホテルで

修了式と修了パーティが行われるんです。


ということで…

パーティ用ドレスが必要となりまして

初めて

パーティドレスというものを

買いに行きましたあせる


こんな田舎のおばちゃんが

そんなにパーティに出る機会なんて

あるわけでもないので

どうにかして

パーティにも着ていけるし

普段にも着られるようなものを…

なんていうケチケチ根性で

あちこちのお店をまわり

なんとかそれらしいものを見つけました。


ワンピースは19,900円

(なんとか予算内)

レースのショール12,000円

(ちょっと高い汗

お店の人に言われて気づいたのですが

パーティ用バッグ、靴もいる…


バッグ15,000円

(えっ、そんなにするの!?)

靴18,000円

(もう、ありえんあせる


あげくにネックレス7,980円まで勧められ

合計したら80,000円近くに…


お店の人曰く

「パーティ用品を揃えたらそのくらいしますよ~」

だって…


修了式&パーティに参加するのだって

12,000円いるのに…


万年赤字の私には

全然、そんな大金ありませぇ~~んガーン


半日

ショッピングモールを

ウロウロして

意を決して

またそのお店に行って

ワンピースとショールとネックレスだけを買った。

(それでも約4万円もの出費汗


バックは

他のお店で6,000円ほどのものを買った。

靴は…

パーティ用は

華やかでいいんだけど

絶対、普段はくことはないと思うと

18,000円の靴は、どうしても買えなかった。


さてはて

どうしたものか…


お金のやりくりを

必死に考えていると

だんな様の言葉が頭をよぎった…


心理カウンセラーになりたいと思っているので

勉強に行かせてほしいと

私がだんな様に言ったとき

だんな様は

「勉強に行くのにも

すごくお金がかかるやろ。

その心理カウンセラーになったら

お金が稼げるのか?

あのな

回収の見込みもないのに

お金を使うのは、無謀や。

回収ができるんだったら、それは投資になるからいい」


悲しみや苦しみを抱えている人たちの

話を聴き、寄り添いたい

と、ただそれだけを想って

心理カウンセラーを目指そうと

思っていた私にとっては

考えてもいない言葉だった。

「えっ、回収? 投資?無謀?…」


結局

私の想いを尊重してくれ

今に至っているのだが

確かに

勉強に行くために仕事の量を減らし

月給が減った。

受講料ウン十万円。

毎回、行くごとに電車賃等

もろもろのお金が出ていく。


で、今回のお金…


ほんま

めっちゃお金がかかってるなぁ…


「金は天下の回り物」な~んて

いつも考えて

今までやってきたけれど

(でも、ほんと、その通りに必要な時に

必要な分だけお金が入ってくるから不思議)


さすがに今回

出費が重なって

ヤバイあせる


だんな様語録でいうと

「これは投資?無謀?」


まぁ、いっかぁ~にひひ


私の価値観で言うと

必要なものを必要な時に必要な分だけ

お金を使っているんだから!!


今日は、いい買い物ができたわ~ラブラブ


お金がない事実は変わらないけど

おかげ様で

お金を貯める楽しみができました~音譜

(自分で減らしておいてよく言うよ、だねにひひ


明日から

また節約生活、楽しみま~すニコニコ



今、『セルフラブ』って言葉が

とっても気に入っていて

よく使っています。


カウンセラーの衛藤先生が

教えてくれた言葉


『セルフラブ』

自分自身を愛すること。


たとえ、他の人から

ほめられなくても

認められなくても


自分で自分自身を

ほめてみとめてあげる。

だって1番

自分の頑張りを知っているのは

自分自身なんだから。


人間は、60兆もの細胞からなっている。

誰が応援してくれなくても


もし

1人ぼっちだと

寂しさを感じたとしても


自分には、60兆もの細胞がついている。


だから、大丈夫!


今日も、頑張って生きている自分を

セルフラブしてあげよう。


「今日も、頑張って生きた私、だ~い好き!」


「今日も重さに耐え、踏ん張って立ってくれた足ありがとう」


「気持ちを伝えるために活躍してくれた口に感謝!」


「24時間休みなく動いてくくれる心臓、ありがとう」

etc


毎日、いっぱい自分に

セルフラブラブラブ


私って

昔から自分のことが

好きになれなくて

自分の欠点ばかりが

目について


自分のことが大嫌いだった。



それが

こんな私でもだんな様は

大好きと言ってくれ

結婚もし

子どもが3人も

生まれてきてくれた。


その子どもたちも

無条件に私のことを

母として愛してくれ


こんな出来の悪い母でも

「大好き」と言ってくれ…


いつも子どもの言葉に癒された。


私も子ども達が

とても愛おしてく


いつも

「母ちゃんの命よりも大事だよ!」


と言って


いつもムギューと

抱きしめていた。


そうやって

目一杯の愛を伝えて

子ども達と

過ごしてきたある日

長男を亡くした。


生きる気力さえなくなって

地獄のような苦しみ

悲しみの中


それでも

長女と次男のため

ない力を振り絞って


これ以上、長女と次男が

悲しまないために


必死に笑顔で明るい母を演じた。


このままだと

私は倒れるだろう…

と、容易に想像できたけれど


「私の命より大事」な

子ども達のためなら


死んでもいい…という想いで

頑張りぬいた。


1年以上、踏ん張ったが

ある日、とうとう、全く体に力が入らず

倒れてしまった。


そんな時

次男が泣き顔でこう言った。


「母ちゃんは、俺らのことを


『母ちゃんの命より大事』って

いつも言ってくれるけど


俺も一緒や!

俺の命より母ちゃんのことが

大事なんや!


だから

お願いやから

無理せんと

自分の体、大事にしてよ…」



ハッとした。


自分の命なんて

愛しの子どもの命の

ことを思えば

たいしたことない。


それほど

あなた達のことを

愛しているんだよ


て、伝えたくて

いつもいつも

そう言っていた。


でもある意味

自分の命を

軽く扱っていたんだ。


私のことを想って

言ってくれた次男の言葉。


とてもうれしかったけど


だから


次男も自分の命より

母の命のほうが大事…


なんて、言い方をしたんだ。


私にとって

次男の命は

かけがえのない

大切な命。


でも…


私の命は…


そう。


私の命もかけがえのない

大切な命なのだ。


特に我が子達にとっては…


子どもの命を大事に

するってことは

自分の命も大事にするって

ことなんだ…


その時

初めて気づきました。


あれほど子ども達に


「自分の命を大事にしてね」って

話していたのに


私自身が

自分の命

大事にしていなかった…


あの日以来

子ども達のために…

そして自分自身のために


自分の命を

自分のことを


大事にするように

しています。


どれだけ

子ども達に

いいことを言ったとしても


自分自身が

実行していなかったら

子ども達には

伝わりませんもんね。


そう思って生きていたら

私の気持ちを

ぴったり言い表す

言葉と出会いました。



『セルフラブ』



子ども達には

自分のいいところも

悪いところも


できる自分

できない自分。


いろんな欠点に

気づいても

それを欠けている点ではなく

欠かせない点

だと思って


すべてひっくるめて

自分のことを大好きであってほしい。



じゃあ

私もどんな自分も

愛してあげないとねニコニコ


てなことで

今週1週間

仕事頑張った私にご褒美!


今から

1人カフェ 行ってきま~す音譜


セルフラブ、セルフラブにひひ



長男を突然死で亡くして以来


当たり前のように

明日が来るのではないことを

身をもって経験した。


だからこそ

明日、自分が死んでも


あ~しておけばよかった

こうしておけばよかった…


と、後悔しないように


今、私は

周りの人たちに

精一杯の想いをこめて

接しています。



長男の恩師だった先生が

今、癌と戦っている。


だから、想いをこめて

そっと、玄関に

癒しになれば… と


想いをこめて

お花を置いてくる。


100歳になる祖母が

遠くの施設で

1人寂しく暮らしている。


遠くてなかなか会いに

いけないけれど


想いをこめて

手紙を書いている。


そっと、季節の花々

きれいな景色の写真を添えて…


義父母も

そろそろ年老いてきた。


やっと恩返しができるとき

精一杯の想いをこめて

接している。


私の友達たちも

いろいろなことで悩んだり

ストレスを抱えたり

病気で苦しんだりしている。


私でよければ…と


精一杯の想いをこめて

友達の話を聴いて

寄り添っている。


とっても大好きな同僚が

仕事や子育てを

一生懸命頑張ってる。



頑張りすぎて

しんどさを抱えている。


毎日、彼女の机上に

想いをこめた

メッセージカードと


少しでも疲れが

取れますように…


と、祈りの念を

置いてから帰宅する。


近所のおばちゃんが

価値観の違いから


地域の人とうまく関われなくて

ストレスを抱え

いつもイライラしている。


想いをこめて微笑みながら

おばちゃんの話に耳を傾ける。


連絡が取れなくても

会えなくても


いろんな人に

どうしているだろう…と

想いをこめて


『笑顔で暮らせていますように…」


と、願っている。




それから…

いっぱいありすぎて書ききれないなあせる


もちろん


一番、想いをこめて

接しているのは…


私の一番大事な家族。


私、1人だけでは

精一杯

想いをこめて

接することができる

人たちには、限りがある。


でも、もし


その想いをこめて接した人たちが

少しでも気持ちが楽になって


または、嬉しい気持ちになって

その周りの人たちに笑顔で接してくれたなら…


笑顔の輪が広がるかもしれない。


私にできることは

わずかなことかもしれないけれど

今日も1日

想いをこめて生きた。


どうかどうか

みんながたくさんの

幸せに気づいて


毎日、笑顔で生きられますように…


明日も

想いをこめて生きよう。


私の持っているもの。


それは私の命の時間と

溢れんばかりのたくさんの想い。


私にできることは


私の命の時間の

お裾分け



私の想いのお裾分け


それが


少しでも

みんなの生きる力と

なるなら…


こんな嬉しいことはない。


それこそ

私の生きる価値となる。


 

 価値があるから

 生きるのではないのです。


 生き抜くことに価値はある

         

       (江原啓之さんの言葉)






長男が


「よく頑張って生きたね」


て言って


お迎えに来てくれる

その日まで


さぁ!


頑張って

生き抜くぞ~!!



誰にいただいたのか…

思い出すことができないのですが

我が家の壁に大事に飾っている

メッセージカードがあります。


そのカードにはこう書かれています。


 気づいてほしい

 あなたの幸せは


 目が見えること

 耳が聞こえること

 話ができること 手が動くこと

 足で歩けること 呼吸ができること

 心臓が動くこと うんこもできること

 事故も起きず 大きな病気もせず

 何事も特別なことが起きず

 なんでもないことがとても幸せなこと

 今の幸せの数を数えたら

 きっと数えきれない

 

 幸せとは手に入れるものでなく

 望むものでなく

 気づくもの


いつから飾っていたのだろう…


家族5人で幸せいっぱいに暮らしていた時には

全く気付かなかった。


幼少期の頃から

家族愛に飢えていた私は

家族みんなで笑い合いながら

暮らせることに

ただそのことだけに

最高の幸せを感じ、そのことに感謝して

生きていたつもりだった。


でも、いつしか

家族5人で暮らせることが

当たり前になっていたことに

最愛の長男を亡くして

初めて気づかされた。


今日が終われば

また明日が同じようにやってくると

思っていた。

あの日までは…


長男に「おやすみ」といつものように

声はかけたけれど

それが最後になるなんて

思ってもみなかった。

当たり前のように、次の朝には

「おはよう!」って言えると思ってた…


バカだな…私。


どれだけ

今日という日が二度と来ない大事な1日

大事な瞬間だったことか。

その奇跡の1日を

どうして大切に生きられなかったのだろう…


悲しみと苦しみと後悔の日々の中


ある時

夕方、犬の散歩をしていたら

西の空にとってもきれいな夕焼けを見た。

思わず「きれい…」と感動してしまった。


その時

はっとした。

こんなきれいな景色を見られる目が、私にはある。

それに気づいた瞬間

一気に私が持っている「ある」ものに気づいた。

散歩に行ける体(足が動き、手が動く)がある。

自然に息ができ、小鳥のさえずりも聞こえる耳もあり

悲しいと言える口もある。

散歩に行ける時間も、泣いて過ごす時間さえもある。


「あ~、私は大事な大事な子どもを失ったけれど

まだまだいっぱい大事なものを持っていたんだ…」


心から

感謝の気持ちが溢れてきて

幸せな気持ちで心が満ち足りて

家に帰った時

家の壁に飾っていた

あのメッセージカードが目に留まった。


なくしたものだけに心を奪われていた時には

全く気付かなかったカード…


それが私が今あるたくさんのものに気づき

幸せだな~と感じた時

メッセージカードの言葉が

私の心に沁みこんできた。


本当にそうだよな…


『幸せ』って気づくものだったんだ…


必死に必死に探していたけど

私の中にいっぱいあったんだ…


その時から

たくさんの『幸せ』に気づき

毎日、毎日、幸せすぎるほど幸せで

自然と笑みがこぼれ

感謝、感謝の毎日を過ごしています。


あまりに幸せすぎて

抱えきれないほどの幸せに

私一人だけで

たくさんの幸せを感じているのが

もったいなくて

少しずつでも

周りのみんなに幸せのおすそ分けをしています。


そうしたら

また、みんなからいっぱい幸せをいただいて

またまた幸せで溢れかえり

いただくばかりでは申し訳ないと

また一生懸命

幸せのおすそ分けをして…


どんだけ幸せのおすそ分けしても

それ以上にまたみんなからいただくので

心が幸せな気持ちでいっぱいになって

おすそ分けが追いつかない。

ありがたい話です。


毎日

心から幸せだな~

全てに感謝だな~

毎日が楽しいな~

なんて、思いながら過ごしていたら


最近、周りの人たちから

「とっても楽しそうな顔をしているね」

「生き生きしているね」

「幸せそうだね」

な~んて声をかけられます。


前の私なら

「私の深い悲しみも知らないで!」と

心で怒るところでしたが

今はそう言われると

本当に嬉しくて

「そういう風に言ってもらえると

とっても嬉しいわ~」と心から言ってます。


『幸せとは気づくもの』

本当にそうでした。(実感!!)

1つ気づいたら、芋づる式に

どんどん気づいていきます(これ、不思議!)


ぜひ

皆さんもアハ体験してみてくださいねニコニコ




約1年8ヵ月ぶりのブログです。

この間に

いろ~んなことが

ありました。


2年前に

仕事を再開し

この春からは

心理カウンセラーの

資格を取るために

勉強も始めました。


現在に至るまで

色々な出来事があり

色々な人たちとの出会いがあり

色々な経験と感動があり

今の私があります。


私の大好きなある人が

『人生に無駄はない』

『偶然はなく、すべて必然』

と、よく話されています。


本当にそうだな~って

心から思う今日この頃。


まさか私が

心理カウンセラーへの道を

目指すようになるなんて…


7年半前の私には

想像もつかなかった…


私のわずか○○年という人生の中でも

本当にたくさんの経験と感動があった。

こんな経験なんてしたくなかった!というような

ものすごく辛い経験もあったが

今から思うと

そのどれが欠けても今の私には

なっていなかったと思う。


だからといって

7年半前の辛い経験を

してよかったとは思えないが

なんだか

無我夢中で生きてきて

気がつけば

今のところに立っているという気がする。


これから私が

どんな風にバージョンアップするのかは

全く想像もつかないけれど

今日1日を精一杯生きることが

未来への私へ続くのだと思うから

とにかく

今日、この時を精一杯生きようと

思っている。


今、学んでいるカウンセラーのE先生が

こう話してくれた。


 幸せは『今、ここ』を

 深く生きること…


本当にそうだよな~


こうも話してくれた。


 気象学者のエドワード・ローレンツが

 『バタフライ現象』といって

 ある場所における1匹の蝶の羽ばたきの波動が

 はるか遠くの天気を左右する大きな波動となる可能性がある

 と言っている

 つまり

 ほんの微細な出来事でさえ

 徐々にとんでもない大きな現象の引き金につながる


私は

いろんなことで辛さや悲しみ、苦しみを抱え

生きることさえもしんどい人たちに

寄り添いたいと思っている。


それが『世界の中心で愛を叫ぶ』じゃないけれど

ど田舎の片隅から

微力な私の想いだけれど

バタフライ現象のように

小さな小さな、でも私の中では大きな私の想いを

発信する(行動する)ことで

その波動が、少しずつでも伝わって

いくかもしれない。


もしそうなら

即、動くっきゃない!


てなことで…

手始めに

また、このアメブロの中で

私の日々

感じた想いとかを

伝えていけたらな…と

思って

ブログ再開することにしました。


さてはて

どうなることやら…


でも、まず1歩前進してみますねニコニコ



昨日、次男の体育祭だった。


本当なら

体育祭で頑張る次男の姿を見て

次男の成長を喜ぶところなのですが…


長男が亡くなる約2ヶ月前

すごく楽しそうに

元気いっぱい動き回ってた

中1での体育祭。


あれから

約5年10ヶ月…


長男と同じ中学校で

同じ学年になった次男の体育祭。


この頃

体型も顔も声さえもそっくりになってきてるのに

さらに長男の時の体育祭とダブってしまう…


次男の姿を

見つけるたび

長男の時のことが

フラッシュバックしてきて

辛くて…

切なくて…

苦しくて…


次男の成長を喜ぶどころではなかった。


私がそうなることが

わかっててか…

次男が

「母ちゃん、別に観に来なくてもいいからよ」

と、言った。


まだまだ

甘えたで、そんなこと絶対言わない次男なのに…


おばあちゃんにまで

観に来てほしくて

わざわざいつ体育祭が

あるか言いに行ってたのに…


余計に頑張って行かなければ…と思って

行った体育祭。


やっぱり

精神的にきつかった…


次男を見ては

長男を思い出し

2年、3年の男の子を見ては

長男も生きていれば

こんな風に成長していたのだろうか…と、思い

青春している姿を見るたび

長男の青春している姿を見たかったな…

と、切なく思い


涙が止まらない…


私がそんな状態になるのが

わかってたのだろう。


長男の思いやりで(私が勝手にそう思ってるだけなのですが)

私の座った周りに

いっぱい、私の知り合いがたまたま

居合わせて

時には、別の知り合いが通りかかって

いろんな話をして

私の気持ちを紛らわせてくれた。


おかげで、次男の出る競技以外

あまり直視せずにすんだ。


偶然の積み重ねかもしれないけど

絶対、長男の仕組んでくれた事だと思ってる。


母ちゃんが

精神的にしんどくなるのを

少しでも和らげようとしてくれたんだよね…


ありがとう!


今回だけじゃない。


私がもう限界…って

思った時に限って

いつも、いろんな助けが入る。


あれもこれも

絶対、あなたのしてくれた事だよね…


母ちゃんは、そう信じてる。


他に人に言ったら

「ただの偶然」とか「ただの思いこみ」とか言われそうだから

誰にも言ってないけど

ここでなら言えるかな…


きっと

みんなにも

そう感じる出来事って

いっぱいあると思うから…


今日も明日も明後日も…

ずっとずっと

長男を感じながら生きて行こう。


長男が

「よく頑張って生き抜いたね」って

お迎えに来てくれるその日まで…


やぶちゃんのつぶやき
明日、住職さんがお参りに来てくれます。


なので、今晩から

長男のお盆まつりが始まります。

(その上、今日は長男の5年9ヶ月目の月命日。

それもあの日と同じ日曜日…)


仏壇横には

お供えを供える机を用意して

長男の大好きだったお菓子やジュースを

溢れんばかりに置き

果物もいっぱい…


でも…

なんだか

悲しくなります…


どんなにいっぱいお供えしても

あの子の美味しそうに

食べる姿は見ることはできない。


喜ぶ姿は見る事はできない。


それでも

やっぱり、長男の大好きなものを

いっぱい買ってしまう。


むなしいな…

せつないな…


そんな気持ちを

知ってか知らずか…

急に次男がランチに行こうって

誘ってくれた。


それも

私のお気に入りのお店。

(もち、支払いは私なんですが…汗


だんな様も岬もいなかったので

2人で、うまうまデートしてきました。


おいしかった~ドキドキ

小さな幸せラブラブ


食後のスィーツも食べ

(これは、次男がお金を出してくれましたニコニコ


気持ちが少しアップ

(単純ですあせる


さぁ、頑張って

お供え用の晩ご飯を作ろう!


でも…

精進料理しか出せないので

あまり気乗りしませんが…


長男は、お肉大好きっ子なのに…


母ちゃんの気持ちだけ

受け取ってね。


晩ご飯は、みんなと一緒に

食べようね!!


いっぱいお肉料理

並べるからさニコニコ


あっ

ひとつだけ、ごめん!


ランチ代で予算オーバーしちゃって

お供え用のきれいな花束

買えなかったよあせる


なので、お庭に咲いてた花を

小さな器に浮かべてみたよ。


許してね…




アメブロを始めて

最初の頃は、嬉しくて

何度かブログを書いた。


毎日のように

ブログに書きたい

長男への想い

悲しみ、苦しみ、辛さ…


そして

そんな想いの中でも

毎日のように

感じる小さな幸せ…


いっぱいいっぱい

ブログに書きたい想いは

あるんだけれど

どうしても書く気になれない…


同じ想いを抱えている人の

ブログを読ませてもらって

1人、うんうん頷いて

一緒だな…

気持ちよくわかるよ…

なんて、心でつぶやいている。


今日も(日付が変わったので昨日かあせる

私の誕生日だったので

いっぱい

書きたいこと、聞いてもらいたいことが

あったんだけど

やっぱり、どうしても書けない…


エネルギー不足かな…


こんだけ書いといて

よく言うよ…だねあせる


話は古くなるかも…だけど

またエネルギーをためて

お誕生日のことも

書きたいな…



次男がクラブの練習から

帰ってきました。


ここ2,3日で

真っ黒に日焼けしたその顔は

長男が

亡くなる数ヶ月前の

夏休みの時の顔とそっくり…


あ~

あの時も

こんな風に台所で向かい合って座って

今日の練習がどうとか

暑くてたまらんかったわとか

そんな話を長男としたよな…


次男の姿を見ながら

次男の話を聞きながら

いつもその後ろに

長男の姿を思い出してしまう

長男の声を思い出してしまう…


胸がギュッと締め付けられ

涙が溢れそうになりながらも

笑顔で

次男の話に耳を傾けてる。


あ~

できることなら

あの夏に戻りたいな…

今日は

朝から、バタバタと用事を済ませて

さっき帰ってきました。


外は

すごく暑くて

朝干した洗濯物が

もう乾いてた。


そこで

2回目の洗濯をしようと

思い立って…


みんなの布団カバーを

洗うことにした。


だんな様、私、長女のと

順番にカバーをはずしていき

手が止まってしまった…


次男のベッド…

この春から中学生になり

それまでは

私と一緒のお布団で寝てたのが

1人で寝る!宣言をし、

とうとう少しばかりの母離れをしたのですが

次男用にベッドはまだ買っていなかったんです。


すると次男は

お兄ちゃんのベッドで寝る!

と言いだし

それ以来、長男のベッドは次男の物となってしまった。


ほんと言うと…

私は、長男のベッドで寝てほしくなかった。

長男の匂いが消えそうで…


長男が亡くなって

5年8ヶ月…


もうどんなにベッドに

顔を押し当てても

長男の匂いはしなくなっていたけど

あの日以来

まだ、1度も布団カバーを洗うことが出来ずに

今日まで来てしまった。


でも今はもう

次男のベッドになってしまって

悲しいかな

何とはなしに男くさい匂いがする汗


もう限界かな…


5年8ヶ月ぶりに

長男の(次男の)ベッドのカバーをとった。


長男は弟が

自分のベッドを使っていることを

どう思っているだろうか…


きっと喜んでくれてるよね…


いろんな想いで

泣きそうになりながら

全ての布団カバーを

洗濯機に放りこんだ。


どんなに洗っても

長男の思い出までは

洗い流すことはできないもんね…!


自分にそう言い聞かせながら

それでもやっぱり…


せつないなぁ…しょぼん