今日は


22回目の


結婚記念日です。




私は


幼少期から


イベントを


家族で楽しむ


ということを




してもらった


経験がないので




子ども達には


楽しい思い出を


作ってあげたくって




誕生日、クリスマス、節分  etc




家族で楽しくお祝いしたり


してきました。










いつも


誕生日の当日の朝




こっそり


リビングにお祝いの


垂れ幕と飾り付け。




子どもが


起きてきたら


サプライズのクラッカー


と、ともに




「お誕生日おめでとう~!」







笑顔で迎える。




そして…




夜は


お誕生日会とともに




どうやって


あなた達が


生まれてきたか


私手作りの


紙芝居を通して




私達


夫婦の出会いから


子どもが


生まれるまでの


話を




毎回、毎回


話してきた。










結婚してから


お腹に子どもができるまで…










色ぬりできてないけど


子どもが生まれるまで…




まだまだあるんだけど


ちょっと


性教育的な


絵もあるので


ここまでということで…(^^;)






子ども達も


大きくなってきたので


途中からは




紙芝居は


しなくなったけれど




毎回




どれだけ


愛溢れる中で


あなた達が


生まれてきたか




話続けてきました。




なので




子ども達は




私達の


出会いから


結婚に至るまでのことは




だんな様以上


よく覚えています(^^;)




だから




私達の


結婚記念日も


子ども達が


幼いころから




ずっと


お祝いして


くれていました。




大きくなるにつれ


手紙だけだったのが




サプライズで


お花やケーキを


各自が買ってきてくれたり




3人で相談して


プレゼントを


用意してくれたり…












長女が小学校の時


プレゼントしてくれた


手作り


御影石のプレート。







そして




8年前の


結婚記念日も…




長男が


こっそり


長女と次男に




「結婚記念日に


母ちゃんの大好きな


ケーキ屋で


ケーキを買ってきて


プレゼントしよう!」







計画を持ちかけて


いたそうです。




冷静な長女が




「お兄ちゃん。


その日は平日で


学校があるから




そのお店まで


買いに行く時間ないよ」




と、言ったそうです。




私の好きなケーキ屋さんは


隣町だったのです。




でも




長男は




「俺が、学校終わってから


自転車で




その店まで


買いに行ってくる!!」







言っていたそうです。






でも…






その計画は




実現しませんでした。






なぜなら…






その結婚記念日の


3日前に




長男が突然死


してしまったから…




長男が


亡くなってしまって


茫然自失の中で


迎えた




結婚記念日。




なんとか




楽しい時間に


してあげたくって




いつものように


元気な母で




晩ご飯を


明るく振舞って


みんなで


食べていた時




長女が




「実は…」







長男との


その計画の話を


教えてくれた。




そして




「お兄ちゃんね


母ちゃんは


大好きなチーズケーキ。



父ちゃんは


チョコレートケーキ…





みんなのケーキも


何を買うかも


決めていたんよ」







長女が教えてくれた時




もう

涙をこらえることが


出来ずに




「そっか・・・




そんな計画立てて


くれてたんや。




ありがとうね。








母ちゃん。




そのケーキ食べたかったな…」






て言った後は




言葉にならなくて




涙腺決壊してしまいました。






幻に終わった


結婚記念日の


長男のサプライズ企画。




この日になると


長男の


優しさと思いやりの


つまった




その話を思い出します。




8年前から




お祝い気分で


なくなってしまった


結婚記念日。






ただただ


悲しかった。




それでも




ずっと


長女と次男は


お祝いし続けてくれました。




やっと


去年から




結婚記念日

お祝いしたいな…







思えるようになってきました。




そんな


昨年の結婚記念日。




だんな様は元々




「結婚記念日は


2人の記念日なんだから




俺がお前にプレゼント


するのは


おかしいやろう!」




というのが自論の人。




それが


昨年の結婚記念日。




私の枕元に


そっと




ネックレスのプレゼントを


置いてくれてあった。




昭和の男バリバリの


だんな様が




デパートの


貴金属売り場に


行って




私のために


買ってきてくれた


そうです。




その気持ちが嬉しくて


8年前と


違う涙を流した。




そして




今日。




朝起きてくると




リビングのコタツの上に










長女からのメッセージが…




今年も忘れずに


いてくれたんだ…




最近




ちょっと


精神的にしんどそうに


していたのに




私達のことに


想いを馳せてくれて


いたことだけで




私には


十二分なほどの


プレゼントです(*^-^*)




外は


とっても寒いけど




私の心は


とっても温かい。






今日も朝から




本当に


本当に




幸せだなぁ~~(*^-^*)






長男も


お祝いして


あげようと思っていた


私達の結婚記念日。




私達


家族の原点。






そう。




子ども達に


いつも話していた。




「あなた達が


生まれて来れたのも




父ちゃん


母ちゃんが


出会って




結婚したからだよ」





さぁ!

今年からは




また




結婚記念日


家族みんなでお祝いしよう!!







思えました。






もちろん


長男も一緒に…(*^-^*)

















江原さんの講演会に

行ってきました。


そこで


『3だけ』のお話を聴きました。


今は

3つの『~だけ』があると。


1つ  今だけ

2つ  自分だけ

3つ  お金だけ(お金さえあればそれでいい)


これからは

本当に大変な

時代が来る。


だからこそ


これから

大切にしないといけないのは


『助け合い』だと。


よく日本人は


謙虚な気持ちで


「自分が

食べられる分だけ

お金を稼げたら

充分だ」


というが


健康で

働けるのであれば


『困っている

人達の分も

稼げるだけ稼ぐ』


という


気持ちが大事だと。


最後に


これからの

未来は

どうなるのですか?


よく質問されるが


「どうなるのですか?」


ではなく


自分たちの未来

なのだから


「どうする」が大事。


自分たち一人ひとりが

依存するのではなく

自立と自律で


しっかり

自分の人生を

見つめ考え

行動していく。


そして


『今だけ』

『自分だけ』

『お金だけ』


ではなく


周りをよく見て

日本、世界を見て


「誰かのために…」

生きることが


最も大切だ。


というような

ことを

話されていた。



『誰かのために…』


私が

年末の

江原さんの

年越し講演会で


決意したことだ。


そして


今回の

講演会も


その時と同じ会場…


改めて


もう一度


これから

どう生きるのか。


自分を

見つめなおす

時間をもてました。


今週は

日曜日にも

江原さんの講座が

あります。


例の

チケット購入し忘れた

講座の最終日。


また


あきらめずに

当日券を求めて

朝早くから

行ってみようと

思っています。


今回

学んだこと。


日曜日に

学ぶこと。


『自分だけ』のものに

するのではなく


周りの人たちに


『幸せの種まき』を

していけたら…



思っています。


命日月に

2回も

江原さんの講演・講座が

あるなんて…


この

必然に感謝して…


今日も幸せいっぱいでした(*^-^*)


命日を終え


ホッとひと息できるように

なりました。


不思議なもので

眠気ばかりが


ドッと押し寄せてきます。


今も

舟をこぎながら

キーボード打っています。


8年前は

眠ること。


食べること。



全くできなくなってしまった。


あの経験を思えば


充分


今は、幸せ(*^-^*)


11月12日は

『死』を見つめる日であり


そして


『当たり前の中』にある

幸せに気づき

「生』を見つめる

日である。


ただ…


今の私は

半分、夢の国状態…


体が勝手に

心身ともに

休ませようと

してくれてるのかな…


あ~

眠たいって感じられるの

とっても

幸せだなぁ~~


では

今宵は

体の声に

耳をかけむけて


眠らせてもらいますね。


眠れることの

幸せを噛みしめながら…





昨晩から


心とは全く関係なく


勝手に体が反応して


体が鉛のように

重く、カチカチになり


座っていることさえも

しんどくって


もう限界…


て、思っていました。


そんな中


手にアロマオイルを

つけて

匂いを嗅ぎました。


何度も何度も

匂いを吸い込んで

いくうち


今度は

勝手に涙が溢れて

止まらなくなりました。


そして

仲間が


黙って

優しく優しく


アロマオイルを使って

ハンドマッサージを

してくれました。


その優しさが

心に沁みて…


止めどもなく

涙がこぼれました。


長男の生きた最後の日に

バタバタした

1日となり


あの日以来


初めて


たくさんの人達と

触れ合いました。


多くの人達は

昨日が

どんな日であるか

知ってくれていました。


ある人は

全く

普段と変わらず

接してくれました。


ある人は

私の気持ちを

分かったうえで


あえて


違うことへ

意識を向かせてくれ

寄り添ってくれました。


ある人は

想いのこもった

プレゼントを

そっと渡してくれました。


ある人は


あえて


声を掛けずに

遠くから

見守ってくれました。


ある人は

黙って

私を抱きしめてくれました。


ある人は

泣いている私に

気づきながら


黙って

泣かせてくれ


あとで


そっと

愛メッセージを

くれました。


ある人は…


いっぱい

ありすぎて

書ききることは

できません。



なぜ命日前日に

メンタルの日なんだろう…



思っていました。


答えは


たくさんの優しさを

思いやりを知るため…


だったんだ。



気づきました。


みんな

それぞれの


想いを

愛を


いっぱいいっぱい

感じることができ


本当に

心から感謝でした。


そして…


アロマ。


他の講座でも

いいはずが


なぜ

このタイミングで

アロマの講座が…


そう。


これも

意味があったんですよね。


心身ともに

疲れ切った状態の時に

アロマの香りで

どれだけ効果が

あるか


身をもって

知ることができました。


そして


仲間にハンドマッサージ

してもらったことで


どれほど

タッチケアが

体だけでなく


心を癒すものか…

ということも


本当に知ることができました。


本当に

起こること

すべてに意味が

あるんだ…



改めて

思いました。



最愛の

長男の亡くなった

今日。


一体

このことに

どんな意味があるのか…


悲しみの中にも


そんなことを

思えるように

なった自分に


セルフラブしながら


夫婦で



時をともに

過しています。


小田和正の


『言葉にできない』



聴きながら…



たくさんの

想いをおくってくださった

みなさま


本当に

本当に


感謝しております。


色々な想いがあふれ出て


言葉にできません。



ただ

これだけは言えます。


悲しいだけだった日に


みなさまの

おかげで


新たな想い出が

加わりました。


本当に

ありがとうございました。




『言葉にできない』   小田和正


終わる筈のない愛が
途絶えた


いのち尽きてゆくように


ちがう


きっとちがう


心が叫んでいる



ひとりでは生きてゆけなくて

また 誰かを愛している


心 哀しくて


言葉にできない


la la la … …


言葉にできない



せつない嘘をついては

いいわけをのみこんだ


果たせぬ あの頃の夢は

もう消えた


誰のせいでもない

自分が小さすぎるから


それが くやしくて


言葉にできない


lalala… …


言葉にできない



あなたに会いたくて


ほんとうによかった


嬉しくて

嬉しくて


言葉にできない


lalala… …


言葉にできない




8年前の


11月11日は


土曜日でした。


いつもの

休日なら


家族でのんびり

過すのですが


その日は

休日参観が

小学校であり


その当時

小学生だった


長女と次男の

授業参観に行くため


朝からあわただしく

長女と次男を

送り出し


私達夫婦も

小学校へ。


長男は

中学1年となっており


たまたま


部活も休みということで

ひとりのんびり

家でくつろいでいました。


学級懇談会にも

出席して

帰って来た時には


もうお昼を

回っていたので


先に

帰っていた

だんな様が


子ども達に


カレー焼き飯を

作ってくれていました。


長男に作ってあげられる

最後の昼ご飯だったのに…


その時は


全く

そんなことも

考えていませんでした。


その日に限って


昼からも

忙しく


小中学生の

文化祭があり


夏休みに作った

工作や絵なのが

展示されているのを


長女と観に出かけました。


その日が

長男と家族で過ごせる

最後の1日だったのに…


なので


長男は最後の1日を

どう過ごしたのか…


私には

よくわからないのです。


夕方


だんな様の

教え子が


久しぶりに

遊びに来てくれ


教え子を交え

みんなでワイワイ

言いながら

過ごしました。


晩ご飯は


数日前

私が研修会の

講師をさせて

いただいたことから


晩ご飯を作る

時間がなくて


ラーメンを食べに

行ったお店で


たまたま


教えていただた

豚足おでんを

初めて作りました。


数日前から

テレビでやっていた


静岡おでんたるものを

食べたがっていた

長男は


すごく

喜んで


静岡おでん風と言って

青のりを

どっさりおでんに

かけて


いつもの

笑顔で


「めっちゃ美味しいわ~~」


と、大喜び。


そして


いつもなら


1番に食べ終わる

長男が


最後の一人と

なってまで


豚足おでんを

食べていました。


そんなことは

今までにはなく


不思議に

思いながらも


長男が

食べ終わるまで

一緒にテーブルに着き


話をしていました。


それが


長男との

最後の晩ご飯です。


今でも


長男が

豚足を

美味しそうに

食べている

姿が忘れられません。


まるで


今日が最後の食事と

わかっていたかのような

味わいぶりでした。



よくTVで

もし今日が

人生最後の日だったら

何を食べたい?


という

質問を耳にしますが


私は知っています。


毎日が

人生、最後の日なんです。


今日という日は

人生の中では

二度と来ない日なのだから…


明日は今日と全く同じではない

別の日。


今日という日は

もう2度と来ない。


だから


今日という日は

人生最後の大切な日

なんです。


8年前は


これっぽっちも

そんなこと

意識したことはなかった。



ただ…

普段から

子ども達が

食べ終わるまで


一緒に座って

話をしようって思って

実行していたんです。


だから

長男との最後の

晩ご飯


笑い合いながら

楽しく会話し

素敵な時間を

作ることができました。


だから

「最後に何を食べたい?」

という質問は


私にとっては

「今、食べたいものは?」
なんです。  

だって、明日は

生きられるかどうかは

わからないんだから

この今、この瞬間が

人生最後の時かもしれないのだから。



つまりは


「今日という日は人生、最後の日。

どう生きたい?」

という質問に繋がるんです。


あの日から

本当に

心から


今日が…

この瞬間(トキ)が

最後の時間と思って

過ごすことが

できるようになりました。


8年前の晩ご飯後

長男は

和太鼓を

習っていたので


練習場まで

車で送っていきました。


夜9時過ぎに

迎えに行くと


ものすごく

ルンルンで車に

乗り込んできました。


いつもは

ジュースを買って

飲んでいたのが


その日に限って

なぜか

缶のコーンスープ

でした。


不思議に思って

聞くと


「なんか

飲みたくなって」


と言った長男。


そのコーンスープが


長男の最後に

口にしたものでした。


当分の間


そのコーンスープは

飲むことが

できなかったのですが


数ヶ月後


長男が最後に

飲んだものが


どんな味

だったのだろう



思って

飲んでみました。


とっても

缶臭くて


こんなものが

あの子が最後に

口にしたものか…



情けなくて

涙が溢れました。


それでも


あの時


長男に「美味しい?」


て、聞いたら


「まぁまぁ

美味しいで~」


と、長男。


本当にあなたは

最後まで

ポシティブ思考だったよね。


尊敬します。


そして

帰りの車の中。


長男との

最後の親子タイム。


いつものように

ワイワイおしゃべりした。


長男は

目を輝かせながら


今日の太鼓の練習で

レベルの高い

太鼓を

初めて任されて

練習した



興奮気味に

私に教えてくれ


車の中で


自分の膝を

太鼓代わりに

叩いて


今日

練習した曲を

聴かせてくれた。



そして


2人で

声を合わせて

太鼓の曲を

口ずさんだ。


ほんま

楽しかったな…


大吾…


母ちゃんは

いまだに

あの曲を聴くと


あの最後の晩の

ことを思い出して

心が苦しくなります。



わずか15分ほどの

親子タイム。


あなたは

いっぱいいっぱい

話を聴かせてくれた。


もっと

太鼓がうまくなりたい!

と、夢も語ってくれた。


私は

笑いながら


「へぇ~、そうなんや」

「うんうん」

「そっかぁ〜。嬉しかったんやね~」


なんて


相づちをうちながら

車を運転した。


本当に

本当に

楽しい時間だった。


ただ


明日も

同じように

そんな時間があると

思っていた。

疑いもしなかった。


だから


家に到着したら


「早くお風呂に入って

寝なさい」



声をかけた。


そして


あなたが

お風呂から出てきて


私の前を通って

自分の部屋に

行く時に


「母ちゃん

おやすみ~!」って


言ってくれた。


私はちょうど

新聞に目を通して

いた時で


いつもは

顔を見て


「おやすみ~」って

返すのに


その日に限って

新聞を見たまま


「おやすみ~」って

言ってしまった。


だって

「おやすみ」の次は

また明日

「おはよう」が言えると…


それが

当たり前だと

思っていたから…


でも


長男には

次の日はなかったのだ。


もう二度と


長男と

おしゃべりができない。


顔を見ることも

できない。


触れることも

できない。


あの時

それを知っていたなら…


最後だとわかっていたなら…


新聞なんか見ないで


長男の顔をしっかり

見つめて


想いを込めて


「おやすみ」って言っただろう。


もうちょっと

話をしようって

引き留めて


もっともっと

話をしただろう。


もし最後だとわかっていたなら…


私に

人生最後の

「おやすみ」を言ったあと


長男は

部屋に入って


そのあと

どう過したのだろう…


次の日も

休みだし

夜更かししたのかな…


そのまま

すぐに寝たのかな…


明日は何して遊ぼう


とか


あれ食べたいなぁ~


とか


明日のことを

考えていたのだろうか…


そのあとの

長男のことは

全く分からない。


わかっているのは…


次の朝


起こしに行ったら


もうすでに

心肺停止状態

だったってこと…


今日(11月11日)という日は


長男が最後に生きていた日。


明日があると

疑うことなく


色々な

夢を抱きながら

生きた


最後の1日。


それに


長男の大好きな


同じ数字が並んだ


ラッキーナンバー


11月11日。


本当に

本当に

ラッキーデーだよね。


その日は

生きることが

出来たのだから…


大吾。

わかってる。

わかってるよ。


今日

こうして

生きられてるだけで

ラッキーだってこと。

今日を生きているということは

奇跡だといくことを。



わかってる…


でも


ごめんよ…


1年のうちで


11月11日



11月12日


だけは


思いっきり

泣かせてください。


悲しませてください。


その泣いた分だけ

悲しんだ分だけ


母ちゃんは


また

最高の笑顔で

生きていくから…



そして…


誓います。


あなたの命を

無駄にしないって。


あなたの生きたかった


明日を

未来を…


母ちゃんは

精一杯

楽しんで

生き抜きます。


そして


一人でも

多くの人に

伝えていきます。


みんなの生きている

今日という日が


どれほど


奇跡な1日であるか。


生きているという

ことだけで


どれだけ

幸せなことか。


そして


どんなに

苦しくたって


悲しくたって


死にたいほどに

辛いことがあたって


必ず

必ず


また心から

笑える日が来る


ということを。


幸せというものは

外にあるのではなく


どんな

状況、状態の時も


いつも

自分の

心の中に

あるのだ…


ということを。


大吾から

命を懸けて

教えてもらったこと。


必ず

みんなに

伝えていくから。



だから…


今日と

明日だけは


心のままに

泣かせてくださいね…


本当に

あなたに出会て

よかった。


母ちゃんのところに

生まれてきてくれて


本当に

ありがとう…



















私の心は今


大きな振り子のよう…



現在と過去の間を


ブ~ンブ~ン



大きく揺れ動く。



さっきまで


今を精一杯

生きていたのに


急に


8年前のことが


バンとよみがえり


一瞬にして


胸が締め付けられ

息苦しく


勝手に涙があふれる。



メンタルの講座で

あまりにも

ショック体験をしたら


体験したことが

その時感じた

感情が


意識から

一気に無意識に入る



学んだけど


まさしく

そうだと思う。


一気に無意識に

入ったもの…


大体

想像がつく。


だからこそ


その中を

見るのが怖い。


もう

あの感情には

触れたくない。



11月に入ってから


私の意識とは

関係なく


心の振り子の揺れが

おさまらず


それどころか


どんどん

大きな揺れとなり


過去に

戻ってしまう…


さっきも

愛犬の散歩しながら


いつものように

空を見上げた。


もう真っ暗で

夜空には

星が輝いていた。


すると


一瞬にして


8年前の

11月10日(金)に…


前の晩に


テニスシューズが

古くなったので

新しいのが

欲しいと


急に言いだし


今日みたいな

夜に

慌てて

買いに走ったっけ…


そして

10日に

喜んで履いていって


その1日

履いただけで


もう2度と

履くことは出来なく

なってしまった…


そう

思っただけで


涙があふれた。


慌てて

空を見上げて

唇を噛みしめ


堪えようとしたけど


もう

前がかすんで

見えない。


田んぼの間の

細い道で


我慢できずに

しゃがみ込んで

声をころして泣いた。


昨日

雨で散歩に行けず

動き回りたいだろうに

愛犬が


私の横に

ちょこんと座って

じっと待ってくれた。


こんな時

田舎はいいな…


誰にも

見られることはない。


夜空には

綺麗な星たち。


秋の虫たちの

きれいな鳴き声が

響いている。



また

振り子が

ブ~ンと大きく揺れ


現在へ

戻ってこれた。


さぁ

早く帰って

晩ご飯を作らなくっちゃ!


次男が

お腹をすかせて

待っている。


また

歩き始めたが


なぜだろう…


涙が勝手に

止めどもなく

流れてくる。


胸が苦しく


のどにつっかえて

言葉が


ポロッと出てきた。


「悲しいなぁ…」


それから


栓が外れたかの

ように


たくさんの想いが

涙と共に

あふれ出てきた。


そうこうしていると


我が家が

見えてきて


窓から

明かりが

見えている。


次男が

コタツに入って

ゲームをしながら


私が帰ってくるのを

待っているんだろうなぁ…



もう1度

夜空を見上げ


大きく深呼吸して


涙をぬぐった。



振り子が

現在で止まった。


「よ~し!

帰ろう!!


私を待っている

子ども達のために


今日も

美味しい

晩ご飯を作らなくっちゃ!!」


愛犬と競争して

家に帰り


「ただいま~!


遅くなって

ごめんなぁ~」



元気に

いつもの母ちゃんで


玄関の中へ

入って行った。




明日は


長男が生きた

最後の日…


心の振り子が

現在と過去の間を


どう揺れるのか…


現在でいられる

自信がない。


でも


どういうわけか

明日は


仕事が延長され


その後


メンタルのある日。


急いで

大阪へ…



心の振り子よ。


どうか

明日は


ひとりの時間に

なるまで


現在で止まっていて…























今月は

長男の思い出月間なため


もうしばらく


長男の話に

お付き合いくださいまませ(*^-^*)


長男の

ポシティブ思考の

話は


前回させて

いただきましたが


長男が

作った

ラーキールールが


まだありまして…


長男は

同じ数字が並んでいると


いつも

「ラッキーや~!」


と言って


よく喜んで


同じ数字が

並んでいるのを

見たら


絶対

いいことがある。



『ラッキーナンバー』


と呼んでいました。


なので


デジタル時計の

数字が


1:11 とか 3:33 とか…


特に4つ揃った(22:22)時なんか


「お~、すごっ!!」な~んて

単純に喜ぶ

ポシティブ長男 (^^;)


それが今


忘れられない

思い出の

ひとつです。


なので


つい


長男が

いなくなった今も


前を走っている

車のナンバーが

同じ数字続きなら…


私一人

心の中で


「ラッキー♪」と


思っちゃったり。


ふと目にした

時刻が

同じ数字続きだと


「おっ、いいことあるかも…」


なんて


喜んだり。


同じ数字が並んで

いるのを見る度


長男の

大喜びして

「ラッキー!!」って

言っていた姿を

思い出し


なんだか


長男と出会ったような

気がして


つい

ひとりで

同じ数字を見て

喜んでいる私。



よく考えてみると



祖父が亡くなったのは

11月1日。



私のお嫁入りの

車の番号が


『99-99』


その当時

家族は九(く)が四つで

『くるしい』だから

縁起が悪い…



言っていたけど…


長男方式で

考えると


めっちゃ

ラッキーナンバーやん♪


それに


祖母の誕生日が


T3年3月3日生まれ。


そう言えば…


長男の亡くなった時刻が


AM10:10



これって…


今、思い出したこと

なんだけど


全部、意味があるのかな…



実は

昨日のブログに

コメントくれた方が


衛藤先生の

誕生日のことを

書かれていて


知っていたのに

意識していなくて


昨日


初めて気づいた


同じ数字が

続いてるってこと。


衛藤先生の

誕生日は


2月22日


ハッとしました。


偶然なことかも

しれないけど…


メンタルに

学びに来たこと。


衛藤先生に

出会えたこと。



長男が

繋げてくれたんだ…


と、感じて


一気に

いろんなことが

繋がり


ブァ~っと

胸が熱くなりました。



命日が明後日と

なった今


いつも以上に

心のセンサーが

敏感に反応し


心が…


魂が…


揺さぶられています。



『ラッキーナンバー』


ただの数字遊び

なのかも

しれませんが


私には


長男からの

とっても意味のある

メッセージに感じています。


さぁ、私も


長男のラッキー作りを

真似して


自分自身で

ラッキーを作って

楽しんで


今日も


笑って

生きよう!!(*^-^*)







私達が結婚したのが

11月15日。


その翌年の

10月15日に長男は

生まれました。


そして


それから7年後

3月15日に

次男が生まれました。


『15日』繋がり…


偶然だろうか…


それも

次男の陣痛が始まったのは

長男の陣痛が

始まったのと

ほとんど同じ時刻。


違いは初産か経産か。

長男は生まれるまでに

5時間ほどかかりましたが


次男は

1時間半ほどで

生まれました(^^;)


そして

何よりびっくりしたのは


生まれたての

次男の顔が


長男の

生まれた時の顔に

そっくりだったこと。


同じ15日生まれで

陣痛が起こった

時刻も同じで


そして

顔もそっくり…


そして

体重も…


長男 3104g

次男 3114g


わずか10グラム違い。


まるで

生まれ変わりのようでした。



その時は

長男は生きているのに


生まれ変わりってどうよ…





ひとり苦笑いを

してしまいましたが…



今も


よく周りの人達に


「お兄ちゃんに

そっくりになってきたな~」


「びっくりするぐらい

よく似てるね」


などと言われています。


でも

本当にそう。


顔だけじゃなく

歩き方や自転車の乗り方



それに

字体までそっくり…





左側が長男のノート。

右側が次男のノート。


ノートに名前が

書いてなかったら

どっちが書いたか

わかりません…


これって

偶然?


そして


14日という日にも

繋がりがあり…


だんな様の誕生日が

7月14日。


私の親友の誕生日も

7月14日。


弟の誕生日が

9月14日


そして


私を

癒すために

我が家に

やってきた愛犬の

誕生日は

6月14日。


14日繋がり…


これも偶然?


そして

何より…


長男の

亡くなった日が

11月12日。


私の実母の

誕生日も

11月12日。


そう。


長男は

私の母の誕生日に

亡くなったんです。


これも

偶然なのだろうか…


必然なら


なぜ

確執のある

母の誕生日に

長男は亡くなったのだろう…


あの日以来


母の誕生日に

「おめでとう」とは

言う気にもなれず


何年か前

しびれを切らした

母が


「今日は何の日か知ってる?」



呑気に

長男の命日の日に

電話をかけてきた。


私は

怒りを抑えて


「お母さんこそ

今日は何の日か知ってる!?」


と、聞き返した。


もちろん

母は忘れていて


「忙しいから

忘れていたわ~」


と言った。


あまりの腹立たちさに


「11月12日は

あの子の命日だから

jこの日に

おめでとうって


言うことは

二度とないわ!」


と言って


電話を切った。


必然なら

どういう意味が

あるのだろう…


365日分の1日の確立…


偶然だろうか?


必然だろうか?



スピリチュアルカウンセラーの

江原啓之さんは


常に言っている。


「偶然はなく全て必然」



と…


長男の命日と

母の誕生日が

一緒なのは


母とのことを

見つめなおすためなのか

まだ答えは見つかっていません。


それ以外は


本当にそうだな~



感じる

今日この頃。



以前なら

きっと


「わぁ~ 偶然!!」



やり過ごしていたことも


今は


偶然の奥にある

必然を

感じられ


感謝になっている。



命日前の今


長男が私を選んで

生まれてきてくれたこと。


そして


私に

たくさんの

気づきを与え


先に

向こうに帰ったこと。


いや


それだけではなく


私の生まれた時から

始まる


全ての出来事には


全て偶然ではなく

意味がある

必然であり


そして


今の私がいるんだなぁ…


そんな想いが湧き

あがっています。


すべての出来事は

今の私になるために


どれ一つとして

欠かすことのできない

大切な出来事だったんですよね。



仏壇の前に

座りながら

改めて

そう思っています。



全ての必然に

ありがとう…










今日は

朝から


とってもいい天気

だったのに…


私の心模様が

うつったのかな…


どんよりした

天気になってきました。





私は

朝から


ちょいと涙腺が

緩みながらも


愛しの長男のため


せっせと

貢ぎ物 (^^;)




命日前だし


長男の仏壇横に

置こうと思って


お花を買ってきました。


『花より団子』の長男。



わかってます。

わかってますよ。




仏壇横の

お供えスペースには


あなたの好きそうな

お菓子を

どっさり買ってきてますよ。


でもすぐに

長女が


「あっ

ポテチいただき!」



持って行っちゃったけどね (^^;)



まあまあ

そんなことも

あろうかと…





あなたの大好きな


ケンタッキー風

ビスケットも


たくさん作りました。


どうぞ

召し上がれ。



・・・


・・・ ・・・


あのさ~


母ちゃんの想い


ちゃんと

届いてますか?



「げっ!

俺、花なんていらんし~」


でもいい。


「待て~!

俺の許可なく

お菓子、持っていくな~!」


でもいい。


「ケンタッキー風ビスケットかぁ…

俺、今は違うの食べたいな~」


でもいい。



なんでもいいから


あなたの声が

聴きたいな…


そう思いながら


仏壇の

長男の写真に

向かって

言った。


「へへ~ん。

どうや。


なかなか

思い通りにならんやろう~。


悔しかったら


何がしてほしいか

母ちゃんに

言いに来てごらん!」


「もしもし~

聞こえてますか~~?」



・・・


どんな言葉を

投げかけても


写真の中の

長男は


いつも

じっと私を

見ているだけ…


ひとり

おどけてみたけれど


何にも

反応してくれない…


シーンとした部屋。


私の声だけが

響いてる。



いたたまれなくて…


長男の写真を抱きしめた。


小さくて

硬くて

冷たい…



涙が止まらない…



そんな中


家の前の道を

親子連れだろうか…


小さい子どもと

お母さんらしき人の


楽しそうにお話をして

笑いあっている声が

聞こえてきた。



あ~


私にも

あんな時が

あったな~



長男と過ごした

日々が

よみがえってきて


ちょっと

心がほっこり。



どうか


今の親子が

いつまでも

笑い合って

楽しい時を

過せますように…



そう心から思った。



そうそう。


私達もだね。



写真を元の場所に

戻して


長男を見つめて

話しかけた。



「今日も一緒に

生きようね!」




大吾…



母ちゃんの想い


ちゃんと

届いていますか?












長男の命日まで

秒読み段階…


と、なりました。


どうしても

8年前のことが

ブアッと浮かんできます。


8年前の

最初の土曜日(4日)


家族ぐるみで

お付き合いを

している方達と


夜に

テニスコートを

借りて


みんなでテニスを

楽しむ計画を

立てていました。


ところが

運悪く

その日は


あいにくの雨で

予定は急きょ

なくなりました。


そのことを長男に

伝えたら


ものすごく

嫌がり


どうにかして

できないか!


と言うのです。


もちろん

そうしてあげたいけど

この天気では

どうにもならない


と、伝えると


じゃ、次の日曜日に

テニスしよう!!


と、長男。


次の日は

他の人の予約が

入っているから

テニスコートが

使えない。


あなたの気持ちは

よくわかるから

必ず

別の日に

コートの予約を

入れて


みんなで

テニスしよう。


て、長男に話をしました。


すると…


中1だった

長男が

幼い頃のように

泣いて怒り


「めっちゃ

楽しみにしていたのに!!


どうしかして

この土日に

テニスしようよ!!」


と、納得せず

ずっと言っていた。


あんな姿を見るのは

大きくなってからは

初めてだった。


その時は


どうして

別の日に必ず

テニスしようって

言っているのに


ここまで

泣いて怒るのか…


不思議だな~


て、思っていましたが


今なら

わかる気がします。


長男は

深い無意識の中で


自分の死が

近いことを

知っていたのでは

ないかと思うのです。


だから

『今度』では

ダメだったんです。


だから

あんなに

必死になって

この土日に

テニスしよう!!


て、泣いて怒って

行ったんでしょう。


もう2度とできないから…


そんなことなど

私は全く

思いもしてなかった。


次があるって思ってた…


当たり前に

次の日が同じように

やってくると思っていた頃…


長男の願いを

叶えてあげられなかった.


それから

だいぶ経った

ある日。


約束していた

友達家族も

長男が楽しみに

していたのだから…


と、約束通り

みんなでテニスをした。


ベンチに長男の写真を置いて。


ワイワイ楽しそうには

してけれど…


長男が

この場にいないことが

辛くて、悲しくて…


子ども達に

ばれないように


ボールを拾うふりをして…

トイレに行くふりをして…


声を殺して

泣きました。


そして明日(8日)は

8年前は

水曜日だった。


私が人生初

学校の研修会に

講師として呼ばれて


発達障害と

子育てに

ついて


話をさせて

いただいた。


何度か

そのことについて

話をして下さい

と、頼まれていたのですが


子どものことを

ネタにして

話をするのが

嫌で


ずっと

断っていた。


でも

8年前の

11月8日は

『長男をネタにする』

のではなく


私達親子の

頑張ってきたことを

知ってもらい


学校で

困っている

子ども達のために


少しでも


先生方に

対応法を

わかってほしいと

思って


講演をすることに

したのです。

この時

初めて

長男の特性と

子育ての大変さを


話をしました。


それまで

ずっと封印して

話してこなかったのに



個人情報を

守ってくっるなら…


と、引き受けたミニ講演。


その数日後に

長男が亡くなった時


私が

長男の話で

講演なんかしたからだ…


と、どこにも

責めることができなくて


私自身を

ずっと責めてきた。


ただ

別の見方をすると


その日は

平日で

長男は塾があったので


帰りが遅かった私は

講師代もいただいたので

外食いこうか~!


と言って


ラーメンを食べに行った。


講演がなかったら

絶対、行くことなど

なかった平日の外食。


だんな様も一緒に…って

誘ったんだけど


俺は疲れているから

家で食べると

言って、一緒に行かなかった。


その日の外食が

長男と食べる

最後の外食だったのに…


長男の


「母ちゃん。おいしいな~」


て、言って


大喜びをして

食べている姿を


今でも

忘れられない。


最後の外食と

なるなら


もっと

いいものを食べさせて

あげればよかった…


その日以来


そのラーメン屋さんは

食べに行くことが

できなくなってしまった。


昨日の食べたもの

やったことでも


「何だったっけ?」



忘れることが

往々にあるのに


8年前のことは

いまだに


鮮明に

覚えている。


いや…


忘れることが

出来ないんだ…


命日まで

秒読み段階と

なった今


一瞬にして

8年前に

戻ってしまう。



はぁ…



さぁ!


『長男の思い出月間』


いっぱいいっぱい

思い出して


泣いて

笑って


笑って

泣いて…


心のままに 過ごそう。