スポーツを語ろう-ZE!! -10ページ目

個人的な「WBCの展望」

はじめにひとつ…


あくまで個人的な展望なので…「こんな考え方もあるんだな」程度の認識で…


大谷翔平はもちろん、ダルビッシュ有らの加入などで注目度急上昇のWBC。数日後には開幕するが…


もっとも、何を見させても序盤で刺激的なシーンでも見ない限り「気分は布団の中」な私ではまだウェイクアップ・モードなどではないが…それでもひとつだけ「今からでも注目すべきでは?」という部分がある。それは、若き三冠王「村上宗隆」がこの大会でどれほどの結果を残すか、どんな活躍をするのか、である。


この大会…投手陣や大谷翔平には私自身さほど注目していない。彼らだったらある程度やれるという目論見が立つからである。個人差もあるとはいえ、飛ぶボールなどやや過酷とも言える環境の中…その飛ぶボールに屈しないだけの制球力や緩急などの投球術を身につけたことでピッチングの幅を広げ、海の向こうでも何人かは結果を出した投手陣…

そして大谷に至ってはもはや説明する必要性すらあるまい。

メジャーの猛者に至るまで満遍なく打ち崩してきたその打棒…これはもう実証されているのだから、WBC本番で思うような結果を出せなかったとしても「今回は調子悪かったね」「(シーズン前の開催ということで)調整が難しかったのではないか」「(初のWBC参加で)難しい部分もあるよそりゃ」ですむ可能性も濃厚だからだ。むしろ心配なのはこのWBCでどんな結果が出ようとそれがその後のシーズンにどういう影響を与えるかの方である。何しろ例年と違うペースでの体作りを強いられているのだ。それが初めてとなれば何らかの形で歪みが出てもおかしくはない。まして好結果が出ればともかくそうじゃなければなおさらである。何よりただでさえ大谷の場合は二刀流での負担が懸念される。

※ただし、心身両面において規格外のタフさを誇る大谷のことである。何食わぬ顔で「フツーに」こうした懸念を嘲笑うかのようにWBCもその後のシーズンもそつなくこなす可能性についても併せて考えるべきでも当然あるが…


では、なぜ村上か…?


見当のついている人もいると思うが…村上の場合はまだ世界のトップレベルのピッチャーとの対戦が少ない(いや、まだゼロか?)


加えて、国際球対策(オリンピックでの経験があるかもしれないが)や、メジャーリーグの一線級が誇る強力なファストボールはもちろん、ツーシームなどの揺れるボール、沈むボールなどにどれほど対応できるのかも未知数だからである。


第3回、第4回大会か…?優勝から遠ざかっている日本…特に打線が振るわないことは周知の通りであるが、とりわけ第4回大会では沈むボールにかなり泣かされた、とか。

その、多くの日本人打者が泣かされてきた沈むボール、飛ばない国際球…


これを村上が弾き返すことができるかできないか…

それも格下のチームからばかりでなく、一線級の投手からでも満遍なく打てるかどうかというのは、単にWBC単体大会での日本球界ばかりでなく、メジャーを目指すまでにレベルアップを考えるであろう日本人打者にも大いなる希望を与え得るのではないかという一筋の光が見えそうな気がするのだ。村上がもし彼らを打ち込めば他の打者にも「俺たちにもやれるぞ」という勇気と手応えを与えるばかりでなく、村上が打ち込んだデータから様々なことが検証できる。当然そうすることでメジャーへの成功への近道をグッと手繰り寄せることができる。メジャーリーグでの成功の呼び水となりうる、いや仮にメジャーに行くとかではなくても単純に各打者が飛躍的な進歩を遂げる可能性に繋がるのである。


もちろん逆もまた然りだ。日本のボールとは感触の違う国際球をあまり打ってない…沈む球、揺れる球の経験も少ない(と思われる)…

それゆえ、いかに若き三冠王・村上と言えどこうした条件を跳ね返せる、という保証は現時点では…

『ない』。

大谷の例があるから村上でも打てるのでは?という見方も出そうだが、こればっかりは実際にやってみないことには計算が立たない。

でも、だから村上なのである。「村上が打った!俺らも続け!!」となるのか…はたまた「村上こけたら皆こけた」となるのか…

ここで結論を言えば単なるWBCの結果だけでなく、日本人打者全体の今後がこの大会での彼の活躍によってある程度行方が占えるのではないか、というのが私の見方である。いささかオーバーかもしれないが、そこの部分にひとつの大きな分岐点の存在すら感じるわけだ。

※このような考えが巡りめぐって彼の耳に入ってプレッシャーにでもなった、というのでも困るが…

いやいや、彼ならその程度のことなど重圧にはなるまいがね…そんなことが重圧になるような男があの若さであれほどのお手柄をあげられるはずはないのだから…


既に吉田正尚が海を渡った今、村上を見るまでもなく「まずは吉田から」という考え方もあるだろう。

吉田は吉田で期待も受けて然るべきだし、そこは本人次第だ。だがまさしく前人未踏の22歳にして史上最年少の三冠王に輝き、「若者離れした」佇まいや考え方を持つ村上の活躍こそが一番わかりやすいのではないかと思われる。

そこの部分だけは、今からでもものすごく興味深いものを感じるのだ。


イチローや松井秀喜以降日本人野手の評価が下がり、秋山や筒香も苦戦。鈴木誠也は通用しているようでそれに吉田がどう食い込むかというような流れになっている今…村上が将来メジャーに挑戦するか否かはまた別にして、今からでもメジャーでの活躍を楽しみにする、イメージするようなファンが少ないはずなどないだけに…勝敗や覇権の行方とは別に私には単なるWBCでの結果云々以外の部分でこの大会での、特に村上の活躍が今後球界全体に何らかの波紋を起こすのかどうか、というのが現時点でも少し気になるのである。





「神宮球場再開発反対運動」から感じるスポーツビジネス取扱者のあり方の見直しの必要性

https://www.huffingtonpost.jp/entry/jingu-stadium-petition_jp_63c68fc8e4b0d6724fd0e217

再開発による神宮球場の取り壊し…

これ、どうやら想像を遥かに超えるくらい反対派が多いらしい。しかし私から言わせれば、
『そんなのは当然だ!』
『いったい…真剣に野球観戦し、自分達と観戦を共にしてきた“戦友”を「再開発して街を新しくしたいだけ」しか考えない連中のためになんでおめおめ好き勝手に壊されなきゃならないんだ!』
と、なるからだ…

確かに、神宮球場の歴史は古い。

だから当然、あちこちにガタがきている、構造上問題も多い、という言い分は出てしかるべきだろう。
しかしそんなのは改修工事を重ねればすむ話だ。記事のなかにもあったが、何年も何年も観戦を通じて喜怒哀楽を共にしてきたスタンド、そしてそれに対する思い入れ…その積み重ねで大事なものとして染み込んできている、という人が多いのだ。その結果その思い入れが強い人たちほど、スタジアム自体が家族同然、人によっては体の一部、生活の一部、というくらいの思いになる。
だから、それが消滅するとなれば「身を切られる」くらいの感情にもなる。もちろん全く使い物にならなくなった、危険ばかりで安全性が全くない、はたまた横浜スタジアムのように連日満員ということもあって観客動員を増やす必要性も出てきた(それだってやりようによってはスタンド増設ですむ話。実際横浜スタジアムではほとんど球場本体にメスを入れることもなく増設ですんだ)とかでも言うのなら別かもしれないが、まだ使えるなら改修をすることで『復活をしてほしい』それがその人たちの願いなのだ。
野球観戦した人でなければわからないと思うが、それをなんだと思っているのか!?実際私のもとにもいろんな声が入ってきた。
「アメリカのフェンウェイ・パークやリグレー・フィールドにも匹敵する歴史的建造物であることを考えてほしい」「甲子園球場クラスの存在感を誇るということをもっと意識すべき」「(神宮球場の場合)第2球場もアマが使える球場が少ないので復活させてほしい」「今のものに手を加えるな、とは言わない。しかし『単に取り壊します』ではファンが納得できない」など轟々だ。しかしどれもこれも当然の感情。

せめて取り壊す理由があるというのならその理由だけでも説明することで最低限の責任を果たした上で、少しでもファンを納得させてから実行に移すべきだ。しかしその姿勢もないということは『ファンのこうした感情をないがしろにしている』以外の何物でもない、そう捉えられても仕方あるまい。

もし私の想像通りなら、現実問題や野球ファンをはじめとして神宮球場を愛する人たちの気持ちなどいっさら考えず、単に憧れだかなんだかで「こんな町にしたいな🎵」「あんな球場にしたいな、ルンルン🎶」程度の『おとぎ話』にも匹敵する程度の幼稚な願望の延長に過ぎまい。その再開発にどれほどの人、どんな人たちの賛同を得た上で実行しようとしているのかも不透明だ。

もういい加減…スポーツを取り扱う人たちというのはもっとファンの目線や感情を真摯に受け止められる人にお願いしたいものだ。こうした問題も確かに「スポーツビジネス」ではある。しかしスポーツビジネスは、『一般ビジネスとは性質的に大きな相違点がある』。何より販売業などの単なる購買取引などとは違い、「選手とファンの感情が交錯するもの」である。そうなってはじめていい形で成り立つビジネス…といいきってもいいだろう。
そこに、単に偏差値ゲームの勝者だかになっただけの、己の食いっぷちや好き嫌いしか優先できない「ビジネスクレイジー」には入ってこないでもらいたいのである。自分の稼ぎや点取りしか考えないようなヤツにスポーツ界を健全にするなんて絶対に無理なのである。そのくらいの解釈をしないと、そのジャンルの全てが歪んでくるのである。

だから、取り壊しまで考えるような連中にはもう一度見直してほしい。
『本当に取り壊してまで再開発をする必要があるのか』
『ファンの思いは置き去りにしてもよいのか』

せめて、どうしても取り壊す必要があるのなら聞く側にとって納得のいく説明を用意すべきだ。

それができないなら、そんなの即刻やめてしまえ。
そしてとっとと退散するがいい。

そんなプラン、そんなセルフマンなんて
“真っ当な人なら”

『(ほとんど)誰も必要としてないのだから』

Rocky


忍耐や反骨心ばかりの指導崩れよさらば!これからの教育は指導を受ける側の観察・把握に基づく多様性を

東海大菅生、体罰受けた部員と保護者から「荒立てないでほしい」校長の判断で都高野連に報告せず
https://news.yahoo.co.jp/articles/6e6662f288ed87464bb6de55cf6d189cae5aca86

…まぁ…こんなケースは論外だとして…

やっぱり今でも、「無駄に厳しいだけ」の指導を普通にやっているようなチームも多いと思うが、恐らくそのほとんどは「忍耐や反骨心」ばかりが人を(強く)育てる、と思い込んでいるのだろう。

しかしだとしたら、これは視野の狭い話である。

確かに忍耐や反骨心で人が育つケースも枚挙に暇はない。だが裏を返せば、そんな指導しかしないようならそれは『そのやり方でしか指導ができない』といってるようなものでもある、ということだろう。

「忍耐や反骨心」で心の弱さがある程度克服できる、そしてそういう選手は確実に存在する…
それは事実だとして、しかしその一方で、「そのやり方ではかえって逆効果」というケースもあるはずなのだが、ここに気づいてない指導者が多いのではないかということである。いや、もちろんそういうケースであってもある程度の忍耐や反骨心を煽る教育も必要にはなってくる。
だから、あらゆることを考えてそういう指導が最も有効だとでも考えたのなら、それしか他に方法がないとでも考えたのならそれはそれでいい。そのやり方で通せばよい。
しかし問題なのは、まず

『それが度を超えたケース』

そして、「忍耐と反骨心を煽るだけの指導」
それが『万民に通用するようなやり口ではない』ということについても考えるべきである
ということ。
無駄に厳しいだけの『軍隊のトップ』のような感覚しか持たない『単細胞指導者』にはこの発想が絶対に欠けているのではないかと思う。

人の性格同様、ベストといえる人の伸び方、伸ばし方もまた十人十色でそれぞれ違うはず。これは当然指導される側にも当てはまってしかるべきだろう。
つまりそういう連中は、「一人一人の長所短所やもって生まれたレベルなどに合わせた指導」を意識していないのである。「ただ厳しくしてれば勝手に人は育つ」というマニュアルボケしたようなワンパターンの教育しか考えつかないただの単細胞でしかないのだろう。(もっとも現代ではさすがにそこまで『最悪の意味で』思考のシンプルな指導者のなり損ないも少数派だと思うが)

特に現代ではスマホの普及などで指導される側も情報をたくさん集め、またそのなかで自分のあり方に対する発想もその分膨大になったデータの積み重ねなどから得たたくさんのヒントによってオリジナルの自分を形成する手法が増えてきているからそれだけ一人一人の個性もますます多種多様化している。
だからごく基本的な軸となる部分は別にしてもそういったようなワンパターンなやり口はどんどん当てはまらなくなっている。そんな今だからこそ指導される人々に対して一人一人の能力や特性、価値観などをつぶさに観察した上で見抜くことが不可欠になってきている。そしてそれはスポーツに限らない。勉強をはじめとする学校教育や会社の社員教育にしても同じことである。
それが故に、判で押したように第二次対戦前のような「軍隊然とした指導」『ばかり』を一方的に当てはめ、押しつけるようなやり口など通用するはずなどないということにいい加減気づくべきである。そしてその上で「どうすればもっとこの子の特徴を余すことなく最大限に伸ばせるのか」ということを第一義に考えなければならない。
そうじゃなければ、正しい伸ばし方をすれば貴重な人材になるはずのものが埋もれたままで終わってしまったり、最悪の場合いい面が生かせぬまま潰えてしまうことだってある。当然そのなかには才能の宝庫のような将来性のいっぱい詰まった好素材の持ち主もいるはずだが、そうした逸材も含めてもしそうなってしまったらもったいないではすまないまでの大損失に繋がりかねない危険性も孕んでいるのだ。

だからこれからの指導者にはよりきめ細かい教え子の観察・把握が絶対に欠かせないものとなる。

意味のない「ただ厳しいだけ」のやり口では、それで伸びる人間もいる反面脱落者も多数出かねない。
実際過去、野球界とかであれば「もう少し育て方が違えば…」「指導者にさえ恵まれていればもっと…」と言われるようなケースも多かったが、もしその脱落者の中に『ダイヤの原石』がもしあるようなら、これほど残念なことはないはず。もうそんな「有能な脱落者」を出さないためにも、これについては今から早急に意識すべきだろう。