自宅のことを思い出し、持ち物のことをたくさん思い出すようになっていた母。

 

「家の様子を見てみたい」

 

と、しきりに言うようになっていた。

 

入所中の特養は感染防止の制限が多少残っていながらも、希望に対しては柔軟に応じてくれるように条件が緩和されていた。

 

こちらの、母に対する気持ちも徐々に和らいでいたところ。ならば、ここで一度母を実家に連れて行ってみようと思った。

 

 

相談員さんにそのことを話し、外出の許可をいただく。

 

「そういうの大切ですよね!」

 

と、共感してくれた。

 

 

当日は自分1人で母を連れて行くことも可能だったが、念のため妻にも付き添ってもらうことにした。

 

いつも酒に酔った母がいて、嫌な思い出ばかりだった実家。今は酒を断つことが出来ているとは言え、そんな所に母を連れていったら、過去の記憶が思い出されて平静を保てなくなるかもしれない。そんな不安が大きかった。

 

 

特養に母を迎えに行き、車に乗せる。施設の外に出る機会はあまり無いようなので、母は外の空気を吸えるだけで楽しそうだった。

 

施設から実家までは約30分。母は何度も通ったことのある道だが、記憶は曖昧なままのようだ。目印になるものを説明しても釈然としない様子だった。

 

実家のすぐ近くまで進むと

 

「あ、もうここなのね。分かった。」

 

と思い出す。家の近所まで来ると、細かい記憶までしっかり思い出されてくる。どの家に誰が住んでいて何をやっているとか…。その辺りの情報はすぐに思い出せるらしい。さすがは主婦。

 

 

そして実家に到着。母の反応はというと…

 

意外とあっさりしていた。

 

まるで”数日間の旅行から帰ってきた”ような感じだった。もしかしたら記憶と現実が異なっていて、頭の中でのすり合わせに手こずっていたのかも知れない。

 

当たり前だが、自立して生活していた頃よりも足腰がかなり弱っている。慣れていたはずの玄関に入るだけでも、しっかりと両側からの支えがないと歩くことさえままならない。

 

「足が上がらない。ここ(道から敷地への段差、玄関の上がり框が)こんなに高かったの…」

 

と戸惑っている様子だった。

 

 

ほぼ全てを処分してガランとした実家。どこまで思い出すか分からないけれども、これから現実を母に見せていく。