昨日のように主治医先生との「議論」を繰り返している中で、常に意識させられるのは何を目的に延命治療を続けるか?ということ。


ここの延命治療という行為と、生きる目的というものを逆転させてはいけません。

よくSNSなど世の中では、「目的がないのに延命するなんて無駄」なんて、どこの優生思想が復活したかのような主張とも言えない暴言を目にすることがありますが、そうではありません。


目的があるかないか自体は、問題としてません。

目的がなくたって、目的を探し続ける状態だって構いません。


大事なのは、目的が明確であればあるほど「尖った治療」を選択できるという患者と主治医の間の合意が取りやすいということだったりします。


で、毎回のように患者である私に対して、主治医の先生は「議論」をふっかけてくれるのです。


今日は自宅でリモートワークと言いながら、午前中は朝のメールでの文書やり取りや指示を飛ばすのに30分くらいかけたかとは洗濯機を回した後、そのまんまベッドで熟睡してました。


午後になって、これまで何ヶ月にとおよぶ主治医先生との議論の流れを思い出しながら、ポツポツと仕事の整理などしていました。


尖った治療の選択っていうのは、切り捨てるところは切り捨ててある意味で博打とも言えるものを勝ち取ることかなと思い返します。


そして、少しでもダメならとっとと撤退する。

損切りは大事。


わたしの仕事においても、こうした治療の方針に照らし合わせながら切り捨ててしまうところはガンガン捨てたりしてます。

安全に仕事できる内容のものと、少し冒険する仕事のいくつかを手元に置いておく。


そんな仕事の整理をしてました。


その中で、新人の研修に関することはもう少し冒険をしても良いなぁと思い始めたので、人事部にいる知己に交渉メールを書いて飛ばしたりしました。


一番大きなのは、ヨーロッパの学生さんのインターンシップ受け入れプログラムとか。


ちょっとやってみたかったのよね。

若い学生さんを相手にするお仕事。


提案が通るといいなぁと、思いながら書いて飛ばしたメール。


その前後に日本人の学生さんのインターンシップ受け入れも組んであるので、みんなごちゃ混ぜにして楽しい研修を提供できたらいいなぁ。


わたしだけはネットの中からになるのだけど、それでも期間中、一回くらいは職場に顔を出して若い人たちとホームパーティとかやりたい。


そんなことを、主治医の先生に喋りながら、

「それでは」

と尖った治療を今後も提案されることを期待するのです。