ここんとこ、毎日のように通院していて、その日が何の診察を受けるのだったか、検査を受けるのだったか混乱しそうになってきました。
自分で用意した「疼痛緩和記録」ノートには、はみ出すくらいのメモを書き込むようになりました。
このノートが無いと、服薬するタイミングや量を間違えること必至です。
さて、今日はイベントやトラブルが山のようにありすぎたので、それらいっぺんにブログにまとめて投稿するのはいったん諦めてまずは治療記録をまとめてしまいます。
そう、今日の腫瘍内科の診察は、事前の採血検査のオーダーが入っていない純粋に相談だけの設定の日でした。
どんな話題が飛び出すかわからないので、こんな時は妻も仕事を休んで付き添ってくれました。
診察室に入ると、まず主治医先生は疼痛に対する緩和治療の話をまとめてくれました。
緩和治療の方針はふたつ。ひとつ目はNSAIDs、アセトアミノフェン、オピオイドを使っての疼痛コントロール。ふたつ目は鎮痛剤では取れない箇所を狙い撃ちする放射線照射です。
鎮痛剤については、今日までのレスキュー薬使用量の記録からオピオイド鎮痛剤であるオキシコドンのベース量を日量60mgから、80mgに増量することにしました。
アセトアミノフェンも緩和ケア外来の医師と相談して、日量2,000mgから3,200mgへの増量は決定です。
あと、タリージェの増量については、副作用で頭の回転ができないと仕事に差し支えるので今回の増量は見送りました。
鎮痛剤の使用量については、私の仕事優先したいというリクエストを最大限に考慮してもらえています。
実際のところ、量を決めるのは難しいはず。
疼痛緩和記録をきちんとメモしてきているのが、やっぱり重要。
患者である私と、腫瘍内科の主治医先生の協力関係がこの難しい治療計画を立てるのに役立っています。
また、主治医から相談するように指示を受けた他の診療科の医師の協力はこれから不可欠なものになっていくんでしょう。
そうやって診察室では、まず緩和治療の話をしました。
そのあとは、今後の全身化学治療の話です。
今日は妻が一緒にいるところで、主治医先生にはっきり確認をとりました。
「パドセブは中止なんですよね?」
主治医の回答も明瞭でした。
パドセブは中止です。
わたしの主治医がわたしにとって良いところは、論理的にはっきりと答えてくれることです。
パドセブが中止となったことと、このタイミングで放射線照射がスケジュールに入ったことで、今後の方針を検討する時間の余裕が少しできました。
放射線治療の影響がなくなるまで、化学治療をしづらいからです。
次の治療法を検討する余裕ができたことで、また画像検査などをしていくことになりました。
わたしに残された人生の時間の猶予とどれくらいかな?とちらっと頭をよぎりました。
疼痛緩和さえできたら、もう少し動き回れるはず。
旅に出たいなぁ。
今後はひとりで旅はできなくなるとしたら、妻と2人でいろんな景色を見て回るのも良いかもね。
診察室を出たあと、妻とそんなことをはなしをしました。
あと、そうそう、診察室を出た後、骨転移に対処するためのお薬「ランマーク」の注射をしてもらいました。
分子標的薬てわ、正式名称はデノスマブ。骨が溶けた後に、また骨を作らせるお薬です。
31回目になります。
このお薬がどこまで効いているのかは個人個人では分かりにくいのですが、ちゃんと効くというエビデンスがあります。
骨の病変箇所が少しでも補わられて、元気な骨でいてくれたらいいな。
ちゃんと毎日を生きて、ここにいるよ!
こうやって日常を生きていられることに喜んでいます。
そして、この日常が平安でありますように。
ずっと祈っています。
すべてのことにありがとう!

