正月明けの最初の週目の病院は混雑して殺気だった雰囲気でしたが、腫瘍内科やケモ室の待合室は混んでいても穏やかな空気が流れていました。


たくさん待ったとしても、穏やかな空気で落ち着きます。


主治医先生の診察では、年末年始の体調不良の影響について採血検査の結果を見せてもらいながら解説してもらえました。

肺炎などの兆候もなく、まずは安心。


副作用による体調不良が生命を脅かす原因と繋がっている危機感を、あらためて噛み締めました。

適切な対処さえしていれば大丈夫とわかっていても、兆候を見落とすとすぐにぶっ倒れて生命の危険があるという状況。


そんな診察での説明を受けて、あとはいつも通り、パドセブとランマーク。


ケモ室でパドセブの点滴を受けている間、子供の頃に飼っていたニワトリのことを思い出していました。


ニワトリのことを思い出したのは、昨日のブログにコメントをくださった高道さんへ返事を書こうとしたのがきっかけだったりします。


思い出したニワトリというのは私が子供の頃に飼っていたニワトリなのですが、知り合いの鶏肉屋さんにつぶしてもらったあと、鶏肉を持ち帰って食べたこと。ご近所にも配ったこと。そのニワトリをつぶした朝まで、エサをやって可愛がっていたなぁと、思い入れがあるニワトリでした。


もともとは縁日か何かで買ってきたという友人の親が捨ててこいと言われたというのを、友人から引き取って育てたヒヨコ達。


エサも、八百屋や米屋などを毎日放課後に回って、くず野菜や米糠などを集めていました。結構苦労しましたが、たくさん食べさせたかいがあって、立派な白色レグホン達になりました。


大きくなった彼らは、街の中の路地裏であっても、毎朝、鳴くので近所から苦情の嵐。

ついには処分して来いということになりました。


クラスメイトのお家が鶏肉屋さんで、朝早くにニワトリを持ってつぶしてもらいました。

処理してもらいながら、ずっと泣いていたわたしに、クラスメイトの親ごさんも戸惑っていたとおもいます。

「お代はいらないからね」

と、ずっしりした鶏肉になった包みをわたしてくれました。


ついさっきまで生きてエサをついばんでたニワトリが、鶏肉のかたまりになっちゃう。


生命というものは、そんなものかとその時に思い知らされました。


生きるって、そんなものだよなぁと、点滴がぽたりぽたり落ちるのを見ながら考えたりしました。